第16話 危険予測の妖精さん

 あらゆる所に危険は存在する。

 交通事故の様な目に見える事故だけでは無い。

 仕事においても、家庭においても、軽作業から重作業まで、危険はあちこちに潜む。

 

 時に人は油断する。慣れたルーティンワークでミスを犯す。

 その油断が事故へ繋がり、ヒューマンエラーの原因となる。

 原因は油断だけでは無い。疲労、錯覚、確認不足等、様々な要因が有る。


 油断した結果、心身を損なう恐れがある。些細な油断で、命を落とす危険を孕む。

 自身が傷つく事、他人を傷つけてしまう事、どちらにおいても非常に損な出来後に他ならない。


 その為、必要になるのが危険予測行動。

 先ず、その行動の中にどんな危険が潜んでいるかを予測する。

 次に、問題点が有れば、その原因を予測する。

 更に、その原因を対処する方法を模索する。

 そして、問題を起こさない様に、留意して行動を起こす。


 言うのは簡単だが、これは訓練が必要である。

 危険予測行動を行う事で、自己の安全に係わらず、他者の安全を守る事にも繋がるのである。

 

 

「な~んか、小難しい事言ってるけどさ~。これって要は注意しろって事でしょ?」

「裕子ちゃん。静かに聞こうよ」

「だって、退屈だもん。誰よこんなセミナーに行こうって言ったのは」

「私を誘ったのは、裕子ちゃんじゃない! 馬鹿なの?」


 裕子ちゃんに誘われて、とあるセミナーに参加しました。

 暇だったので付き合ったんですが、この言いようです。

 どう思います?


 結局、飽きた裕子ちゃんに連れられ、三時間のセミナーを一時間も立たずに退席し、現在カフェでお茶してます。

 裕子ちゃんには、我儘娘の渾名を授けてあげよう。

 こんなんでも裕子ちゃんは、高校時代に全国模試でトップを取った事が有るそうです。

 妖精さんよりも、ファンタジーな出来事です。


 何だかんだで長話して、カフェを出ると突然の雨。


「うそ~! 雨の予報なんて無かったよね!」


 騒ぎ立てる裕子ちゃん。

 しかし、私はちゃんと折りたたみ傘を持ってきました。


「あんた、何で傘持ってるのよ!」


 そんなこと言われてもね。

 持ってけって言われたんですよ、妖精さんに。

 

 玄関を出ようとした時に、その子は折りたたみ傘を持ってフワフワ飛んで来ました。


「ねぇ。雨の予報なんて出て無いよ。傘なんて必要?」


 その子は、コクコクと頷きます。

 私はその子の言葉に従い、折り畳み傘をバッグに入れました。

 別に大した荷物になる訳では無いですし。

 結果、持ってきて良かったなと言う状況になった訳です。


 実はこの子の言う事を聞いて助かった事は、何度もあります。

 一時間早く出発しろと言われて自宅を出ると、何時も乗る電車がトラブルで運休になった事が有ります。

 この子のおかげで、遅刻を免れれました。


 点滅している信号を急いで渡ろうとした時に、目の前を塞がれました。

 そのせいで、信号に間に合わなかったんですが、その時丁度スピードを出していた車が通り過ぎたんです。

 信号を渡っていたら、その車に轢かれていたと思います。

 

 他にも色々と助けられています。

 この子は、色々な危険を予測して私を助けてくれます。

 うっかり者の私には、欠かせない存在です。


 名付けて危険予測の妖精さん。

 この子のおかげで、今まで忘れ物や遅刻をした事がありません。

 前の夜に次の日の準備を欠かさない習慣が出来ました。

 電車の運行状況をチェックする癖がつきました。

 提出するレポートは、誤字や間違いをチェックする癖がつきました。

 細かい事かも知れませんが、そんな小さな事の積み重ねが大事なのかも知れません。


 直観的に判断を下さなければいけない時は有ります。

 ただ、準備期間が有るのなら、予測し行動する事で、無駄やミスを省く事が出来ます。

 この子には、日々大切な事を教えられています。

 

 ですけどね。裕子ちゃんの襲来は教えてくれません。

 妖精さんの予測を超える裕子ちゃん。

 やつは、何者なんでしょうね。今日も食材を持って自宅に押しかけて来ました。 


「あんたさ、結構めんどくさい事考えてるのね。馬鹿ね」

「私は裕子ちゃんみたいに、美味しい物の為だけに生きているんじゃ無いよ」

「私のおかげで、美味しい物にありつけてる癖に、生意気!」

「裕子ちゃんのおかげってより、お料理の妖精さんのおかげよね」

「食材を提供したのは、私じゃない!」


 ほんと、めんどくさい人です。

 そして裕子ちゃんは、ビールを飲み始めました。

 酔っぱらったら、恐らく絡まれます。


 危険予測の妖精さんは、私をツンツンと突きます。

 わかってるよ。悪質な酔っぱらいは、寝かしてしまいましょう。

 音楽の妖精さんお勧めの、睡眠用CDの登場!

 裕子ちゃんは船を漕ぎだし、やがて寝息を立て始めました。  

 大してお酒が強くない裕子ちゃんの、扱いやすい所です。


 危険予測の妖精さんは、尚も私をツンツンと突きます。

 うん、大丈夫!

 このまま寝かせて風邪ひかれては困ります。

 裕子ちゃんを横にして布団をかけてあげます。

 

 明日の朝、寝起きの裕子ちゃんを相手するのは面倒なので、事前に朝シャン用のタオルや着替え等を用意しておきます。

 お料理の妖精さんには、朝食二人分を頼んでおきます。

 子猫達が余計なちょっかいをかけない様に、飼育の妖精さんに頼んで私も寝ます。


 予想通り、翌朝裕子ちゃんは慌ててました。

 シャワーを浴びて、私の服を着て、一緒に食事をして、私のメイク道具を使ってメイクして、一緒に大学へ向かいます。

 遅刻しない様に自宅を出れたのは、全て私のおかげです。 

 感謝してよね、裕子ちゃん。


 危険予測の妖精さん曰く、今日は夕方から雪だそうです。

 天気予報とは違いますが、一応傘を持っていくことにしましょう。

 それと寄り道をせずに早めに帰る事にしましょう。

 裕子ちゃんにも伝えます。信じて無かったですけど。

 痛い目を見ても、わたしのせいじゃ有りません。

 

 とっても助かる危険予測の妖精さん。

 今日も笑顔で、私を助けてくれます。

 ありがとうって声をかけると、笑顔を返してくれます。

 そんな姿も愛おしい。そんな存在です。

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