第1話 雪の妖精さん

 私の周りには妖精さんが居ます。

 妖精さんは、手のひらサイズのデフォルメされた様な二頭身の姿で、何時も私の周りをひらひらと飛んだり、ぽてぽてと歩いたりして着いて来ます。


 妖精さん達は周りの人に見えてません。何故か私しか見えない様です。

 前に家族や友人に妖精さんの事を話した事は有りますが、首をかしげるだけで理解はされませんでした。

 逆に変な事を言ってる様に心配され、両親は私を精神科に連れていこうとしました。

 困った両親です。


 誰にも見えない、私しか見えない妖精さん達。

 別に誰にも理解されなくても良いのです。

 だってここに居るんだから、妖精さん達は。


 妖精さん達は可愛くて、賢くて、誰よりも勤勉で、誰よりも楽しい事が好きで、ずっと私の側に居てくれる、大切で愛おしい存在。

 妖精さん達も私を好いてくれている様で、何時も私に寄り添ってくれます。


 妖精さん達は、言葉が喋れない。

 いや、厳密には妖精さんの喋っている言葉が、私には理解出来ない。

 だけど、私の言葉は妖精さんに伝わるし、妖精さんの気持ちを私は感じる事が出来ます。

 言葉とは違う別の方法で、私達はコミュニケーションをしているのです。

 何だろう。念みたいな物かな? 良くはわからないけど・・・


 私が最初に妖精さんに出会ったのは、小学校低学年の頃。

 私は北海道の製紙工場が盛んな街で生まれて育ちました。

 雪の降り始めた朝、学校に行く為に歩いていると、積もった雪の上にひらひらと舞う白い綿みたいな物を見つけました。

 よく見ると、手のひら位の小さい人形が、躍る様に雪の上を飛び跳ねていたのです。


 私はすごく驚いたけど、飛び跳ねている子をじっと見つめました。

 暫く見つめていたら、その子が私が見ている事に気が付き、私に近寄ってきました。

 その子は満面の笑みで私に笑かけて、ペコリと可愛くお辞儀をしました。


 私はお辞儀を返して、その子に言いました。


「ねぇ。あなたはだぁ~れ? 触ってもいい?」


 その子は口をパクパクさせて何か言ってましたが、当時の私には理解出来ませんでした。

 でも笑顔で頷く様子を見て、触って良いんだと思い、私はそっと手を伸ばしてみました。

 触ってみるとその子はとても冷たく、身体は雪の様に白く綺麗で、朝の光を浴びてキラキラと輝いていました。


 チョンチョンと私がその子を突くと、その子はくすぐったいのか、けらけらと笑いながら雪の上を転げまわります。

 私も釣られて笑いだしてしまいました。

 私は何度もその子を突き、その度にその子は笑いながら、雪の上を転げまわります。


 やがて、その子は私から少し離れて、ぴょんぴょんと飛び跳ねて私を見ていました。

 私は、「おいで。一緒に遊ぼ!」って言ってるのかと感じました。


 その子は、時折私の方を振り向きながら、雪の上を飛び跳ねて行きます。

 誰も踏んでいない新雪をザクザクと踏み、私はその子を追いかけました。


「ねぇ。あなた誰? もしかして妖精さん?」


 その子はコクリと笑顔で頷きます。

 私はその日学校の事を完全に忘れて、一日中妖精さんと遊びました。

 どの位時間が経ったか分からないけど、気が付くと私は自宅近くの森の中に居ました。

 日が沈んだ頃には沢山の大人達が私を探しに来ました。


 大人達に連れられて家に帰ると、お母さんとお父さんに物凄く怒られました。

 妖精さんの事を説明したら、馬鹿言うなと更に怒られました。


 あくる日、学校に行こうと外に出ると、妖精さんは私の事を待っていたかの様に、笑顔を浮かべて雪の上を飛び跳ねてます。

 私はしゃがんで妖精さんの頭を撫でました。


「ごめんね。今日は遊べないの。昨日沢山怒られたから。また今度遊ぼ」


 私が言うと妖精さんは首をコクリと傾げて、再び私の周りを跳ね回ります。

 私は少し悲しくなり、もう一度妖精さんの頭を撫でて言いました。


「ごめんね。遊べないのよ。学校行かなきゃ。今度またね」


 私の表情を読み取ったのか、妖精さんは私に飛び乗ってきました。

 冷たい体を頬に摺り寄せてきます。妖精さんの身体はとても冷たかったけれど、不思議と私の心は温かくなっていました。


「もう、仕方ないね。学校まで一緒に行く?」


 私は、妖精さんを手のひらに乗せて、突いたりお喋りしながら、学校へ向かいました。

 妖精さんは、手の上でキャッキャとはしゃいでいました。


 学校の前まで着いて、私は妖精さんを新雪の上に降ろします。

 妖精さんは悲しそうな表情を浮かべながら、私に手を振ってくれました。

 私も少し悲しくなり、手を振り返して校内に入りました。


 教室に入るとクラスメイトに昨日の事を心配されます。

 クラスメイトに妖精さんの事を話したが誰も信じてはくれず、私はその日以来不思議な子と思われる様になりました。


 授業が終わり、学校を出ると校門の横で妖精さんが待っていました。

 私はクラスメイトにさよならを言い、妖精さんを手に乗せます。


「待っていてくれたの? 一緒に遊ぶ?」


 妖精さんは私の手の上で体いっぱい使って、遊ぼうと言っている様な仕草をします。


「森に行くと心配されるから、公園に行こ!」


 私の住んでいた街は、冬になると公園に柵が張られスケートリンクが作られます。

 だけど、ほとんどがアイスホッケーをする男子達に占領されてしまいます。

 だから私と妖精さんは、出来るだけ踏み荒らされていない辺りで追いかけっこをして遊びました。


 日が暮れると、妖精さんにお別れをして家に戻ります。

 朝は妖精さんと一緒に登校し、帰りは妖精さんと遊ぶ。そんな毎日を私は繰り返しました。

 一度妖精さんを家の中に招待しようと試みましたが、妖精さんは温かい所が苦手なのか、家の中には入って来ませんでした。


 猛吹雪の日は外に出る事が出来ません。

 ある日、私が寂しく独り部屋で勉強をしていると、氷がびっしりと張った窓を叩く音が聞こえました。

 窓から外を覗き込むと、大量に増えた妖精さんが、窓一面に張り付いていました。

 流石に私は、腰を抜かす程驚き叫び声を上げます。

 増えた妖精さん達は、驚く私をみてお腹を抱える様に笑っていました。


 やがて、春が来て雪が解けていきます。

 何時も私を迎える様に玄関で待ち構えている妖精さんは、段々と姿を現さなくなりました。


「あの子は、雪の妖精さんだったのかも知れない」


 雪の降り始めと共に姿を現し、雪の終わりと共に去って行った妖精さんを、私は雪の妖精だと思う事にしました。

 雪の妖精さんが去ったからと言って寂しくなる事は無く、別の妖精さんが次々と私に集まる様になりました。


 妖精さん達に囲まれて成長し、高校を卒業した私は、東京の大学に合格し上京しました。

 私の所に集まって来た妖精さん達は、上京しても着いてきてくれました。

 おかげで、上京や初めての一人暮らしは、少しも寂しさを感じる事が有りませんでした。


 何時も賑やかに、そして可愛く私の周りを飛び跳ねている妖精さん達。

 一人暮らしの生活は、妖精さん達によって支えられ、疲れた時には癒しを与えてくれます。

 多分、私は世界一の幸せ者なのだろう。

 私と妖精さん達の暮らしはこれからも続いて行きます。

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