3.勇者は自己暗示の夢を見る
「勇者様。そろそろ魔物の群れに接軸しますが」
「は、早くない……?」
「そうか? むしろ今日は結構ゆっくりだと思うけどな」
バッツの言葉が左耳から入って脳を通過せず右耳を抜けていく。もはや俺の意識には、今、魔物の群れというのがどんな凶暴なものなのか、という心配しかない。
最悪、仲間3人に任せばいいのだろうけれど……こんなに勇者様勇者様と慕われているのに、そんな下手なことできないし。こいつらの話を聞いている限り、普段の『勇者様』はとてつもなく強いらしいし。
「グルォォオオオオォォオオォォ!!」
鼓膜が破れなかったことの方が不思議な爆音が、洞窟の中で反響する。
数秒遅い気もするが、とにかく耳を塞ぎ、音の反響によって生じている振動が、肌を伝って臓物を揺さぶる、得も言われぬ不快感に耐え続ける。
やがて音の反響は止み、仲間も耳から手を離した。
「……教会のオッサンが言ってた、祈りができねー理由ってのはこれのことか」
「シンプルに騒音被害ってことだね」
「アタマ痛ぇ……なんだよこれ……」
「大丈夫? 回復魔法かけるね」
マールが俺の額に人差し指を当て、「ほいっ」とか言うと、ぐわんぐわんと脳みそを揺さぶっていた不快な頭痛は瞬時に消え失せた。
魔法の力の偉大さに感嘆し、マールに感謝の言葉を述べる。
しかし……それにしても。
……さすがに確信した。これ、絶対ただの夢じゃねえ!
「あ、あんな声の主と戦うとか、マジで言ってる? 死ぬでしょこれ?」
「ははは、勇者様は冗談がお好きですね」
「昔、こんなケチな洞窟なんか比にならねぇサイズのドラゴンを一人で首
「ドラゴン!? 首刎ねた!?」
子供の頃、トカゲのしっぽ切ったことはある。だけどそれはドラゴンなんかじゃないし、もちろん首を刎ねるなどといった動物愛護団体に家を焼き討ちにされそうな罰当たりなこともしていない。
肌にビリビリ響く大声で怯んだのは俺だけのようで、他の3人はまるでいちご狩りに来た大学生サークルの如き和やかムードだ。ビビリ倒してるのは俺だけ。
ぴちょん、と岩からの湧き水が足元の水溜まりに落ちる音を聞くたびに寿命が1年ずつ縮まっていくような思いをしながら、身動きの取りにくい洞窟を、広い方へ広い方へと進んでいく。
曲がりくねった道とも言えない道を進み、とうとう俺たちは、ほぼ自然のままの洞窟でひときわ目を引く人工的な扉を発見した。
ダイヤ、ルビー、サファイア……。一般庶民の俺からすれば、宝石の名前というよりも有名ゲームのサブタイトルの方で馴染みの深い高級な石の数々が、子供がぺたぺたシールを貼るような気まぐれさで、扉を雑に飾り付けていた。
「よぅし、それじゃあ行きましょうか」
「待って、心の準備が……」
いちおう敵の本丸だというのに、友達の家みたいに堂々と気軽に扉を開くマール。
当然俺の弱弱しい呼び止めなど耳にも入っていない様子。バァン、と派手に開け放たれた扉の向こうでは、もぐらっぽい獣が数匹、威嚇するようにじりじりと部屋の奥から出てくる。そのさらに奥に、1体、大型のちょっとグロテスクなもぐらがふてぶてしく胡座をかき、よだれを垂らして荒い息を吐いていた。
でかいモグラをボスモグラ、数匹いる比較的小さいモグラを雑魚モグラと呼称しよう。雑魚モグラのサイズは、遠目だが、だいたいうちの大家の飼ってるドーベルマンくらい。この時点で生物学的にいろいろおかしいのだが、ボスモグラのサイズはというと、うちの大家の庭にあるジャングルジムの2倍くらいだ。
うちの大家がなぜ犬を飼う時にドーベルマンを選択したのかとか、うちの大家の庭にはなぜ公園とかにあるのと全く同じジャングルジムがあるのかとか、あの家に住んでからずっと疑問に思っていることなのだが、目の前に浮かんだ『五体満足でこのモグラを倒せるのか?』という疑問の前に、全てどうでもよくなる。
「グルォォッ!! グルオオオォォォ!!」
「いつものように、先陣をお願いします。勇者様」
「俺いつも先陣切ってんの!?」
「噂通りの、軍師ばりの作戦指揮も新入りに見せてほしいな」
「そのうえ作戦指揮!? 噂にまでなってんの!?」
……本当に生きてこの夢から覚められるのかな、俺。
ええい、ままよ。
どうせこのまま突っ立ってても、痺れを切らしたモグラどもの先制攻撃をくらうだけだ。こっちから仕掛けた方がいい。
作戦指揮なんて、高校時代のバスケ以来だぞ……。しかもどちらかといえば弱小チームだったし……。
いつもの悪い癖、ネガティブ思考をなんとか振り切り、自らを鼓舞するためにもと、声を張り上げて指示を出す。
「でかいモグラには俺が突っ込む。バッツは俺の援護! サンチャオは雑魚モグラの処理を! マールは部屋の入口に立って、雑魚モグラどもが逃げないように塞ぎつつ、魔法とかで支援して!」
『了解!』
正直、ノリと雰囲気だけで指示を飛ばしてみたのだが、仲間の熱い返事を聞く限り、頓珍漢なことは言わずに済んだみたいだ。
自分で言ってしまった以上仕方ない、と腹を括って、そして今の俺は勇者なのだから現実とは身体能力も違ったりするだろう、と高を括って。
俺は背中に差した聖剣とやらを少々まごついた動作で抜いて、構え、走り出した。
「うおおおおおお!!」
俺は勇者なのだ!
いける! やれる! 倒せる!
俺は勇者様なのだから!
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