2.勇者はファンタジーな夢を見る

 現状把握。


 この夢の中では、俺は勇者様であり、俺含め4人の小隊パーティを率いて、全国で悪事を働く魔物を倒す、という仕事をしているようだ。

 特に魔王を倒す旅をしているとか、そういうことはないらしい。この世界で深刻な魔物被害が出るたび、その国とか地区に向かって魔物を駆除する……と、まぁ、RPGの勇者というよりは、街に現れる怪人を倒す戦隊ヒーローみたいなモノだ。


「急な出張で、あまり詳しく聞かされていないんだけれど。今回の任務は何をすればいいの?」


 さっき自己紹介してもらった、『魔術師』のマール。普段はラージスロープという地区で魔物の駆除をしており、一月後にラージスロープへ向かうことになっている俺を迎えに来たのだという。

 自己紹介の時は敬語でかしこまっていたが、やりにくいから固くしないで、と言うとすぐに砕けた言葉遣いになった。人付き合いのフットワークは軽いらしい。


「教会の近くに洞窟があるんだが、魔物が増えた影響で、祈りが出来ないんだとよ。ま、宗教モンの言うことは俺にゃ分かんねーけどな」


 言葉遣いの荒い男は、バッツといって、鎧で覆われた姿見た目通り『戦士』らしい。背中に背負ったどでかい斧で戦う。

 重そうな鎧を纏ってはいるが、そんなにガタイがいいという訳でもなく、何なら顔だけ見れば金髪ベビーフェイスな優男だ。なんか色々と、俺の夢の設定、ガバガバだなぁ。

 男2人女2人のパーティだし、俺もあまり女性と話すのが得意とは言い難いので、こいつとは仲良くしていきたいものだ。


「バッツ。私たちは神の御加護を受けて魔物たちと戦う力を得られているのですよ。いかなる信仰と言えど、軽んじることは許されません」


 やたら丁寧な口調のチャイナ娘は、サンチャオ。『格闘家』だ。海の向こうの国から武道の修行のためにやってきたらしい。

 拳につけているメリケンサックから察せられる通り、戦闘では剣や斧などは使わず、体術で戦うスタイルのようだ。

 今日合流したばかりのマールと違い、バッツとサンチャオは、仕事仲間という関係に留まるとはいえ、俺とは長い付き合いらしい。


「……すげぇ重いんだけど。この聖剣……」


 そして、『勇者』である俺。


 仲間は俺のことを『勇者様』としか呼ばないが、俺にもマールとかバッツみたいな、ファンタジックな名前はあるんだろうか。パーティメンバーで俺だけ『たつや』とか浮きすぎてるだろ。


 街を離れ、教会に話を聞きに行き、そこから洞窟へ向かって草原を徒歩で移動しているのだが……本当に、妙に感覚がリアルだ。夢の中だとは思えない。

 不意に風が吹いた瞬間、鼻腔をくすぐる心地いい草の香り。その草を踏む足の音。その足を進めるたび背中で揺れてガチャガチャ鳴る剣の重み。

 ……この夢の中で『ゲームオーバー』になったら、本当に死んでしまうのではないかしらん。


「俺、ホントに魔物と戦えんのかな……」

「勇者よぉ、今日お前ホントどーしたんだ? んなこと言ってるあいだに、目的地見えてきたぜ?」

「うそぉ!?」


 足元に生い茂る草はだんだんと途切れ、焦げ茶色の地面が顔を覗かせる。やがて足裏の草を踏む感覚はなくなり、硬い地面を踏むコツコツという音が誰もいない街の郊外に響く。

 不意に、汐の香りがした。


 海だ。


 草原は途切れ、焦げ茶色の岩が露出した地面が下り坂を形作っている。その先に、小さな浜辺と、水平線がぼんやり霞んだ、雄大な大海原が見えていた。


「この辺りだよね?」

「はい。ちょうど我々の立っているこの地面の下が空洞になっており、そこが目指すべき魔物の住処のようですね」

「地下に巣穴を作る魔物……グルモール等でしょうか」

「何にせよ、ちゃっちゃと済まそうぜ」


 俺抜きでどんどん話が進んでいく。グルモールって何。ジャスコの仲間か。

 こんな360度どこを見渡しても草と木と岩と海しかないところに、グー〇ルマップもなく置いていかれてはたまらないので、とにかく必死に、先行する仲間についていった。

 岩石の形作る下り坂を駆け降りて、砂浜へ降り立ったのも束の間。すぐさま、その下り坂の内部、洞窟の中へと、大人ひとりが身を屈めてやっと入れるほどの穴を潜り抜けて入ってゆく。


 ひんやりした洞窟の中で、いくらかほふく前進で進み、やっと普通に立って進めるくらい天井が高い場所に着く。

 入口から入ってくる光は途絶え、洞窟内部で鉱石が放つ奇妙な光のみが光源となっている。


「マール、照らしてくれ」

「了解」


 軽くマールが杖を振ると、小さな光の玉が四方八方に飛んでいき、洞窟の内部に光を灯す。


「……ブルートゥースって、こんなに進化してんの?」

「ブルートゥース? いや、今のはイルミノートって魔法なんだけど……」


 こんな冗談、通じるわけもなかった。


 笑って誤魔化しつつ、時折通行の邪魔になっている岩を力自慢のバッツに破壊してもらいながら、洞窟の奥へと進んでいく。

 日頃の運動不足が祟って、こういう不安定な足場を進んでいくだけで疲労感が溜まっていくのだが、ほかの3人の平気そうな様子を見るにそんなことは言うわけにもいかず。


「……早く覚めねーかな、このユメ……」


 俺は肺胞を酷使する荒い呼吸をしながら、聖剣をバッツに持たせる理由付けを考えつつ、3人を追いかけるのだった。

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