はじめから始まるニューゲーム
OOP(場違い)
TOKYO NIGHTMARE
1.サラリーマンは不幸な現実を見る
「なんていうかね。将来性に欠けるんだよね」
「…………なるほど」
企業戦士・
「これからも友達でいようね」と、何食わぬ顔で手を振り、終電10本前の電車に乗るため改札を潜るもう彼女でない彼女に、俺は死んだ笑顔で返事をした。
友達でいられるはずがないだろうとか、チョコ作りが間に合わなかったからフッたんじゃねぇだろうなとか、そもそも俺はあの場面で何を「なるほど」などと宣っているのだ、そんなだからナメられるのだ、勝手な理由でフるんじゃねぇとか怒鳴り散らしてやるべきだったんだとか、いくつものどす黒い情念と邪心とを、沸々と腸で煮詰めながら、寒空の下を歩く。
適当な居酒屋でひとり時間を潰し、終電ぎりぎりの電車に乗って自宅最寄り駅の改札を抜けた頃には、どす黒い想いの数々も、いくらかは窓の外を染める真っ白な雪と中和して、落ち着いてきていた。
まぁ、まだ結婚適齢期は先だ。
久住達也、24歳。今は仕事に生きるのさ。
「急で申し訳ないんだがね。大阪支部に転勤せよ、とのことだ」
「…………なるほど」
「要するに辞令だ」
「……………………なるほど」
言われんでも分かるわ。そんなツッコミも出なかった。
14日、彼女にフラれる。15日、大阪への転勤辞令。
部長のデスクの前にしばらく立ち尽くし、自席に戻って、ふうと溜め息を吐く。溜め息と一緒に魂も抜けてしまったのではなかろうか。喉を壊した部長を気遣っていつもよりガンガンにかけられた加湿器によって、俺の脱け殻はふやけ、その日1日はほとんど仕事にならなかった。
まぁ、まだ転勤まで1か月ほどある。
それまでは、この東京本部でやれるだけのことをやってやるさ。
とりあえず明日は休みだし、自分への慰めのため、久々に好物ばかりの夕食でも自分で料理してみるか。
「あんた、ガス料金コンビニ払いだったっけ? ガス止められてるよ」
「…………なるほど」
やたら顔のでかいオバハン大家に、そっけなくそれだけ言われた。
そういや面倒で後回しにしてたんだっけ……。郵便物も確認してないし、たぶん催促状とか停止警告とか、送られてきてたんだろうな……。
14日、彼女にフラれる。15日、大阪への転勤辞令。16日、ガスを止められる。不幸記録の更新が止まらない。もはや明日何があるのか楽しみになってきた。そんなわけあるか。
我が家はIHではないので、こんなんじゃ料理もできなければ風呂にも入れない。風呂はまぁ、ネカフェでシャワーを借りればいいとして、今日1日をどう過ごしたものか。
何もかも上手くいかない。万年床に寝そべってスマホをいじり、冷蔵庫に大量にストックされた冷凍チャーハンをチンして食い、お湯の出ないシンクで凍えそうになりながら洗い物をする。あっという間に正午だ。
「ああー!! クソクソクソクソクソ!!」
枕に顔を埋めて叫ぶ。
何もかも上手くいかない。
何もかもだ。理不尽じゃないか、こんなのって!
ガス止められたのは自業自得だよな、と自分の中の誰かが呟いたのを意図的に無視して、大家に怒られないように、控えめに四畳半を暴れまわる。
引っ越してから4年も経つのに1,2回しか開けたことのない押し入れとかを開けてみたり、未だに開封していない段ボール箱を開けてみたりする。学生時代に大枚はたいて買った本革の指ぬきグローブとかが出てきて、テンションが下がる。
さんざん散らかしたあと、箱の奥底に、平べったい機械を発見した。
おお。スーファミじゃん。
おお。ライフイズクエストじゃん。
引っ越しの際に、ほとんどのゲーム機器やソフトは売っ払ってしまったのだが、ガキの頃死ぬほどやりこんだライフイズクエストだけは手放せなくて、このゲームソフト1本のためだけに、重たくてかさばるスーファミまで一緒に持ってきてしまったんだっけ。
周りの友達がみんなアドバンスやらプレツーやらに夢中だったとき、親がゲームを買ってくれなかった俺はひとり、誰が買ったのか家に元からあったこのパチモン臭いRPG、ライフイズクエストをやっていた。
ストーリーはけっこう大人向けで、エンディングで魔王を倒してもみんな救われるわけじゃなくて。そういった部分が当時の俺には深く突き刺さった。
俺はガスと電気代を別々に払っていたこと、そして電気代のほうはちゃんと支払っていたことに感謝して、さっそくスーファミをテレビに繋ぐ。オリンピックがどうのこうのと騒いでいる地上波放送をビデオ3入力に切り換えて、ライフイズクエストの差込口をふーふーやってから差し込んだ。
小学生の頃に全クリしたデータがまだ残っていて、懐かしさと切なさが五分五分に入り交じった言いようのない感傷が胸を締めつける。
このデータはまだ残しておこう。
俺はセーブデータ2を新しく作成し、初めからゲームを始めてみることにした。
『かくして時渡りの勇者は命を落とし、世界は絶望を繰り返すのみとなった』
「…………なるほど」
電気もつけず、10時間くらいぶっ続けでやって、調子に乗ってろくに薬を買わずに3体目のボスに挑んだところ、泥仕合の末あえなく死んでしまった。
勇者たつや、死す。
「……もうどうでもいいや」
誰に聞こえるでも聞かせるでもない、ただ誰かが聞いて心配してくれたらなぁというしょうもない期待を孕んだひとりごとを呟いて、俺は万年床にダイブし、ぐっと目を瞑った。
#
「ホーリーギルド・ラージスロープ支部より勇者様をお迎えに上がりました、二級魔術師のマールです」
「…………え?」
目を開けると、俺の目の前には、どこかで何度も見たことのあるような風貌の女性が立っていた。
どこかで何度も見たことのあるような……そんな表現は適当でないかもしれない。目の前にいる女性が、ファンタジーものによくある魔法使いのような格好をしている、と言った方がよっぽど適当に思われる。
先の折れたとんがり帽子、
辺りを見渡す。
……都内で暮らす俺にはあまり親しみのない、全面木材で造られた建物。
右を見ればバーカウンターのようなものがあり、左奥の壁には、掲示板らしきボード。そこには物騒にも、ジャックナイフが何本も突き刺さっており、多くの掲示物がそれで刺して留められていた。
窓の外には……本の中でしか見たことのない、赤い煉瓦の三角屋根とか、大型乗合馬車とか、中世ヨーロッパ的なオブジェクトがいくつか見える。
「………………」
「どうかしましたか? 勇者様」
「おいおい、仮にも世界を救う使命を持ったお方が、こんな大事な時にボーッとしてんなよ」
「お気分が優れないのですか……?」
首を傾げるマールと名乗った女性と、俺の隣に並び立つ、これまた奇抜な格好の男女。粗雑な言葉遣いの男はぴかぴか光る鎧を身にまとっている。丁寧な口調の女はカンフー映画のような、丁寧な龍の刺繍が入ったチャイナ服を召し、恐ろしいことに、拳にはメリケンサックなんて着けていらっしゃる。
「…………なるほど」
分かったことが2つ。
ひとつは、ここが夢の中であること。
夢にしては、妙に感覚がリアルな気もするけれど、まぁ間違いないだろう。
今窓に映る自分を見て気付いたけど、俺の格好もいつの間にか、上下スウェットから、大剣を背負って紋章入りの服を着た、『勇者様』の服装になっちまってるし。
そしてもうひとつ。
懐かしいRPGを遊んだその夜に、こんなファンタジーな夢を見るなんて……。
俺はとてつもなく分かり易いやつなんだ、ってことだ。
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