評議員二人(メルクリウスの青い砂 MIND/FRAGMENTSより)
※青い砂ファンディスク内の小話のひとつで、ノディさんとハスラーの一幕です。
ノディさん=ユリウスで、このころはアキームと一緒に直轄区に赴任しています。
ハスラー(アルベルト)はシュガードロップとかにはちょこっっっとだけ出てきている、べリス自治区(中東)の評議員。ユーリとは同い年。
セントラルコートの森は、森と呼ぶには樹木のまばらな、ゆったりとした芝生の庭である。連邦評議会ビルはその奥にあった。ビルと名がついてはいるものの、どう見ても屋敷といった風情の3階建ての建物である。
車を降りると、気持ちの良い秋風が頬を撫でた。
高い日差しに白壁が眩しい。
「いやぁ、アルベルト。良い天気だねぇ」
人を馬鹿にしたようなとぼけた調子に、顔を見なくてもどんな顔をしているのだか見当がついてしまう。無視してそのまま玄関ホールに入ろうかとも思ったが、さすがにこの場所でそれもまずかろうと、アルベルトは嫌々足を止めた。
「やっぱり秋はいい。モスクワの秋には及ばないけれどね」
「……珍しく遅刻せずに顔を出したと思ったら、田舎自慢か」
「ははは、その通り!」
いつもながら、嫌みの通じない男だ。満面の笑みのノディは、真昼の太陽の下では殆どクリーム色に見える白金の髪を気持ちよさそうにそよがせて、いかにも自信満々だ。
ユリウス=ノーマ・バート議員ほど、「あだ名」の方が浸透しきっている評議員も少ないだろう。彼の長いフルネームはうっかりすると忘れそうになる。いや、実際に忘れている者は多いはずだ。何しろ、閣議に自分で顔を出すことが殆どないのだから。
「お前、歩いてきたのか?」
「そうだよ。官邸からはそう遠くないよ」
「……手ぶらでか?」
「ああ、それなら……」
「王子ーっ!」
大丈夫だと続けようとしたのだろう言葉が、叫び声で遮られる。殆ど悲鳴のような声に、何事かと振り返る。
「おお、早かったねぇ! アキーム」
一体何事か、こちらに向かってくるノディの部下は、書類ケースを背負って必死の形相で、こともあろうに自転車をこいでいる。
「……なんだ、あれは」
「アキームだよ」
「そういうことではない」
「忘れ物を届けてもらおうと思っただけさ」
「……自転車でか?」
「お戯れもいい加減にしてください!」
恐ろしい勢いで二人の前に自転車が止まって、気の毒なトッカルの次官だか秘書官だかが主に詰め寄る。ノディと同じプラチナブロンドを、対称的に短く刈り上げた青年は、汗で曇ったスクエアフレームの眼鏡を外して拭きながら、疲れた息を整えている。
「たまには運動も良いものだ」
「……そういうことはご自分で、閣議の無い日にお願いします!」
「あははは、そう目くじらを立てないでおくれ」
「王子!」
「いや、ほら、悪かったと思っているよ、アキーム。だから、次からは車を使ってOKというルールにしよう」
「まずは、忘れ物をせずに官邸を出るようにしてください!」
「ははははは、それはもちろん善処しているさ」
「………………」
この男についてはるばるトッカルから赴任してきた官僚達は、他の自治区の者より苦労が……いや、無駄な苦労が多いに違いない。重ね重ね、気の毒なことだ。
頭の痛くなりそうなやり取りを続けるトッカル人達をしり目に、アルベルトはそのまま追及せず玄関ホールへ向かった。怒る部下の様子を面白そうに眺めていたノディだったが、それに気付くと慌てて続く。当然、主の忘れ物を背負ったままの、その、アキームという青年も。
「それでさぁ、アルベルト」
「まだ何か話があるのか?」
「面白い話を小耳に挟んでさ、今日はそれを聞きに来たのだよ、わざわざ」
影が映るほどほど磨き込まれた石床のホールを速足で歩くアルベルトに追いついて、改めて隣に並ぶ。冗談めかして言ってはいたが、こんなふうに妙に必死になるノディはたいてい、ろくでもないことをたくらんでいるのだ。
「面白い話?」
「そう。君のところで、面白いものを見つけたそうじゃないか」
嬉しそうに細くなった瞳は、彼の見事な金髪に嫌みなほどピッタリなアイスブルー。
「何でも、【JUPITER】絡みの話だとか」
「……っ!?」
驚いた自分の顔を見て、この、苦労知らずの同い年はますます邪悪な笑みを浮かべる。
「そういうことは、私にも相談してほしいなぁー……って、思うんだけど、ねぇ?」
冗談じゃない。
お前にだけは言えるものか。
アルベルトは短く調査中だと答えると、不満の声を上げるノディを置いて廊下の向こうへ歩き始める。
午後の閣議が、そろそろ始まろうとする時間だった。
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