煙る街(メルクリウスの青い砂 MIND/FRAGMENTSより)
※青い砂ファンディスク内の小話のひとつで、ロディとマーゴットの幕間です。
アヴァロン家の目の色問題なんかは砂本編ではあんまり触れられてなかったので、ここでちょっと補足してる感じです。年代はGC.640前後あたりなので、ロディ30歳くらい。
見えない太陽が沈む直前、淀むように灰色の陰を深めていく街に、ビルの群れが雨に霞んで、滲む。寝室の大きな窓の前にひとり佇んで、マーゴット= エディス・ヴィラ・アヴァロンは、ぼんやりと雨をみていた。
豊かなハニーブロンドに、帝室直系の証である、紫水晶の瞳。
それは、アヴァロンの祖が直系血族による帝位継承のシンボルとして自らの遺伝子に刻ませた、人工の深い紫色であり、彼女が生まれながらに背負った宿命の色であった。
先帝(母)に生き写しといわれる彼女の髪と目を、父であるアヴァロン大公は溺愛した。彼岸の彼方へ去った最愛の妻の残した、彼女自身の生まれ変わりとして。
そして、叔父であるハミルトン公は彼女を憎んだ。かつて、自らの即位を阻んだ姉の、彼にとっては忌ま忌ましい姉の……生まれ変わりとして。
「……明かりくらい、つければよろしいのに」
ゆっくりとドアが開く音。気遣いを含んだ優しい気配に、マーゴットは振り向いた。
「ふふ、こちらの方が景色がよく見えるから、好きですの」
白い軍服の肩に廊下の光を背に受けた、彼女のフィアンセの影がふわりと微笑むのがわかる。陰になっていて表情は見えなかったが、マーゴットはほっと安堵の息をついた。
「今日は、お早いお戻りでしたのね」
「はい。久しぶりにどこか外で食事でもと思っていたのですけれど……」
残念そうにそう言いながら、青年はゆっくりと歩み寄る。
「この雨ですものね」
「はい、間の悪いことです」
「雨、お嫌いですか?」
「姫は……お好きなので?」
「ええ、ひどく雨が降っていれば、舞踏会を辞退する口実になりますでしょ」
他人事のようにマーゴットは笑ってみせる。本当は、彼女がそれらを辞退することは殆ど無かった。
「……そうですね、でも、私は、雨は苦手です」
「まぁ……」
「雪は得意ですけどね」
「ふふふ、あの子のようなことを仰るのね、ロディス様も」
「ジェラルドですか?」
「はい……元気にしているのかしら」
弟の名を聞いて、姉は少しだけ寂しげに目を伏せた。
自分の側に居なくて良いということは、弟にとっては自由と同義。今は喜ぶべきなのだろう。分かってはいた。
けれど、今まで生活の全てを共にしてきた弟が傍らに居ないことは、そう感じることの身勝手さに対する自己嫌悪も含めて、彼女にとっては大いなる不安であった。
「大丈夫ですよ、姫。手紙も届いているのでしょう?」
「……はい」
頼れる味方の居なくなった時は、自らの滅びのときであると、力なき皇女はその魂に刻んでそれを知っていた。そして、彼女にはそれは許されない。彼女の死は、父や弟や、自分に仕えてくれる者たち全ての身をも、滅ぼすことになるのだから。
だからこそ、彼女は現在唯一の支えであるロディス・カスタニエを頼った。
お互いの関係が計略の中にあることは承知の上である。
けれど、彼女は確かに恋に落ちていたのだ。
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