メルクリウスの青い砂 MIND/FRAGMENTSシナリオより
新しい剣(メルクリウスの青い砂 MIND/FRAGMENTSより)
※青い砂ファンディスク内の小話のひとつで、たぶんこの辺のお話がシュガードロップ・ブレイクアウト系列のお話のきっかけになってるやつです。(この話はそのまま「真夜中の虹」のあたりのお話で、エリン&ゲオルグ本人の初出だと思われます)
文章は発行当時のままなので、ニュアンスちょっと違ったりしますけども。
先帝の命と引き換えに生まれたその赤子は、生まれて10ヶ月も立たぬ間に3度、死神に相対した。
最初は病で、その次は事故で、そして、その次は──
闇夜、アヴァロン城の長い回廊。
石の廊下に、黒い疾風が走った。
短く途切れる叫び、それから、ごとりと、何かが落ちる音がする。
血飛沫、それは、皇女を攫おうとした不埒者の腕だ。
「………………」
殺した相手の顔を確認し、無言のまま立ち上がった青年の腕には、訳も分からず眠る皇女が抱かれていた。
──そう、3度目は、養育を任されていた近しい使用人の手によって。
そしてそれにより、1度目と2度目も暗殺未遂だったことをアヴァロン大公……彼女の父ゲオルグ・アヴァロンは悟ることになる。
「エリン!」
闇色の衣の裾を翻し、風のように戻った青年の名を呼んで、まだ喪の明けぬゲオルグが走り寄る。マーゴットを受け取り、彼女が無事であることを確認すると、父は娘を抱いたまま床に崩れ落ちた。
「……養育係の一部に、ハミルトン公爵の手が回っているようです」
「な……」
「あり得ることです。大公殿下」
言いながら、目深に被ったフードを脱ぐ。絹糸のような金髪がこぼれ落ち、青年の白磁の頬にかかった。
「私は……」
「すぐに皇女殿下をアーシュラ様の乳母の元に出して下さい。あの屋敷の者ならば、信頼できる」
「しかし……」
淡々と告げるエリンの足下で、ゲオルグは思い詰めた顔で娘をじっと覗き込む。
日に日に妻の面影を濃くする愛しい娘。手放すことは辛いが、失うなんてもってのほかだ。
「私が共に参ります」
「エリン……お前がか?」
「アーシュラの忘れ形見を失うわけにはいかない」
「………………」
エリン・グレイは先帝アーシュラの影である。幼少の頃より片時も彼女の傍を離れず、守り、従ってきた。影は皇帝の一部であるとされるため、本人のことは誰も、エリン本人すらも話そうとはしないが……妻からは彼が従兄であり、幼なじみでもあるのだと聞いたことがあった。
「ゲオルグ様には、皇女殿下のための新しい剣を用意していただきたい」
「な……それは、どういう……」
「剣が必要です。決して折れない、決して裏切らない、マーゴット殿下をお守りするための新しい影の剣が」
青年はゲオルグの前に跪き、青と紫のふたつの目で彼をまっすぐ見つめてきっぱりと告げた。
歴代の皇帝に全て影の剣があったとはされていない。エリンとアーシュラの関係に少なからず嫉妬していた時期もあるゲオルグははじめ、マーゴットにはそれは必要ないと思っていた。
「……お前が行くと言ったのは?」
「私はいずれ老いて戦えなくなる。皇女殿下と共にはゆけなくなります。
だから私が今は殿下を守り、剣を鍛えましょう」
「エリン……」
あまり長く話したことも、近くで見つめたことも無い妻の影。
青年は考えの読めない不思議な顔をして微笑んだ。
「……それに、アーシュラがあなたのものであるように、私は永遠にアーシュラだけのものだ」
「………………」
秘密を守れる女を母とした、この子の弟を。
決して切れない血の絆でつながった、彼女のための新しい剣を。
その日ふたりは、娘が12歳になったらこの城に戻すことと、そして、新しい剣をエリンの元に届けることを堅く約束して……そして、皇女マーゴットはその日のうちに、エリンの手により城を離れることとなった。
生まれたばかりのジェラルドがエリンの元に届けられるのは、それから1年あまり後のことである。
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