成人式

ーー平成10年1月

大学2年生だった俺、山本幸昌は成人式に出席をしていた。

男性はスーツや袴姿で成人式に参加し女性達は艶やかな着物を身に纏っている。

成人式は大きな混乱もなく順調に進んでいた。

元々、俺の生まれ育ったこの町は岐阜県の西濃にある小さな田舎町。町内に中学校は2校しかなく成人人数もさほど多くはない、よほどでなければ荒れる事はないだろう。

何より、この成人式会場の横の建物は警察署なのでよほどの馬鹿でなければ無茶をするような奴はいなかった。


町内のお偉方達の長い長い話しも終わり、壇上に立った成人側の代表が大人になって決意表明的な何かを語り始めた頃から俺は眠くなってきた。


ーー…昨日は大学の友人と遊びすぎた。はぁ、長いこんなに長いなんて、みんな真面目に聞いてるのかこれ?


ホール内を見渡してみるが薄暗くみんなの顔が判別できない


ーー成人式なんてどうせ形だけのものなんだから早く終わってくれ


そう思う俺の願いが神様にも届いたのか成人式はそれからすぐに終わった

さて、これからどうしようかと成人式も終わり薄暗さから解放されたホール内を見回す。


悩んだのは別に俺が小、中学校の時に友達がおらず話ができる人間がいないかった訳ではなかった

俺の住んでいた地区には幼稚園から中学まで一緒だった幼馴染の女子や、男で同い年の親戚もすぐ近くに住んでいたし、俺の母親は自宅でピアノ教室を開いていた為に習いに来ている同級生の女子も少しはいた。クラスの男子とも普通に遊んではいた


ーーしかし、俺は小学校の頃かなり不思議な生活をしていたような気がする


下校から夕方までは男子の友達と遊び、夜になるとピアノを習いに来ていた女子と本を読んだり話しをしたりして遊んでいた。女子達もあまりその事は気にしておらず、子供だった俺もそれが当たり前で普通の事だと思っていた。ただその事実は小学校の同級生の女の子達が俺の事を男の子として見てなかった事にかなり年数が経ってから気づいた。

小学校当時の俺は背も低く、体型も痩せ型だったうえに性格もおっとりとしてなよなよして内向的だった。要は坊ちゃん的な存在だったのだろう、クラスの男子からは普通に「ゆき」と呼ばれていたが女子からは「ゆきちゃん」と呼ばれていたのを覚えている。中学校になってからもその呼び方はあまり変わっていなかった。

それを思うと俺のあの立場でよく男子から苛められなかったなと思う…。

確か、たまにおちょくられたりはしていた気もするけど、俺があまりその事を気にしていなかったていうのもあるだろう。だいたい子供の頃から俺はよほどな事がない以上、他人を見た目や偏見で嫌う性格ではなかった。それは大人になった今でも変わっていない

内向的で自分から行動するタイプではなかった俺なのに男子や女子と遊んだ記憶があるのは全部向こうから誘ってくれたものだろうそれに対して俺はよほどでない限り断らなかった。

多分、それは俺が内向的ではあったが本当は遊びたくてしょうがなかったのかもしれない。

結局誰かいないと寂しかったのかもしれない。だから遊ぶ相手が男子であろうが女子であろうが関係なかった。

それに、今さらながら思うが小学生の同級生女子って俺に対してのガードが色々甘かった特に、幼馴染の同級生とはかなりきわどい時期にお風呂へ一緒に入った事がある気がする…

幼馴染もその話題には触れていないが……。


そんな感じでホール内を見渡していた俺に案の上、声が聞こえてきた。

「ゆき、久しぶり。元気だったか?」

声のする方を振り向く俺は小中学校以来の懐かしい顔に自分の顔が綻んだ。

「るっしー、久しぶり」

久しぶりに見るその顔は5年経っても何も変わっていなかった。るっしーとはもちろんあだ名で本名は来栖悟史。来栖のると悟史のしをとっただけのあだ名である。そもそも同級生でとびきり変なあだ名をつけられていたのは一握りほどしかいなかった

「まあね、そっちこそ元気だった?」

「俺か、まあな」

「そっか、」

そこで俺の会話は閉ざされた

「ゆきちゃん、久しぶり。家が近くなのに全然、顔見ないから心配してたんだよ」

大きな声で横から口を出してきた幼馴染の女、岡野真里。

「この前、地区の行事でゆきちゃんのお母さんにあったら最近全然、家に帰ってないって」

ーーなんで俺の母親は真里に余計な事を喋るんだ

「帰るのが夜中の2時や3時になるだけで帰ってない訳じゃないけど…」

「ふーんそう、何やってるの?」

疑いの眼差しで真里は幸昌を見てくる。

ちなみに俺はこの幼馴染が苦手だった。この場合の苦手とは嫌いという意味ではなく…。

どう言ったらいいんだろうか?性格が真逆だったと言った方がいいのかな、内向的な俺に対して彼女、真里は外向的だった。幼稚園、小、中学校とよく喋っては表舞台に出ていた。でも俺は彼女にも色々助けられていたからあまり強くは言えないし感謝さえしている

背丈だけは俺の方が伸びた分見下ろす形にはなったが。

それにしても、幼馴染の真里も二十歳になって可愛いらしくなったなと俺はもう一度彼女を眺めた。胸もそこそこ大きなものを持っている、中学の時も成長が早いなぁと思った事はあったが、ただ、中学生の俺の印象と二十歳になってからの印象はまったく違う意味合いで捉えていた…

「バイトだよバイト」

「そうなんだ、あんまりお母さん心配させたら駄目だよ」

「ああ、分かった」

「あとね、何かあったら私に絶対相談してちょうだい。話しぐらいは聞いてあげるから」

真里は俺の隣にいる悟史に今度は話をしている

ーー相談か…。


あの時、幼馴染の言葉をもっと真剣に聞いていればこんなに苦しまずに良かったのかもしれない

真里にその後のことをしっかり相談していれば。彼女はきっと俺の性格を見抜いていたから…。


真里との会話が終わり疲れた表情でこちらを伺う同級生るっしー、

「それで、なんの話だった?」

「ああそっか。これから中学の同級生で飲みに行くんだけど、ゆきもくるだろ?」

「行くよ、それじゃ車に乗せてってくれ」

「わかったよ」

そう言い悟史は自分の車を取りにいった。

この時の俺はまだ小、中学時代の同級生に自分の今の姿は面には出さない様にしよう。内気なゆき、ゆきちゃんでいようと猫を被るつもりでいたがそれはもろくも崩れさった。


悟史の運転で飲み会の会場についた俺はさっきの成人式会場で時間がなくて会えなかった面々と久しぶりの会話を楽しんでいた。

「しょうちゃん。懐かしい久しぶり」

俺が男性相手にちゃんづけをするのは生涯でただ1人この同級生だけだと思う。名前は森正二、俺が小、中学の中で一番好きな人だった。男が好きと言う言い方は誤解を招くので訂正しておくと要するに安心感と親近感があり今で言う飲み屋のおやっさんのような感じを俺はしょうちゃんに持っていた。

「ゆきか、懐かしいなぁ元気か?」

「元気だよ」

「そうか、でも全然変わらんな体型も…ちゃんと食ってるのか飯」

「食べてるって、ただ太らないだけ」

俺は食っても胃下垂なので基本太ることは無かった。

食べても体重の増加が少なくすぐ戻るので大学1年の時に友人と試しにどうやったら太るのかを検証してみたことがある。結果は1日6食を1週間続ければ太る事が分かった。ただ食べるものはハンバーガー、ピザ、ラーメン、とんかつ等油っこい物ばかり食べての話で、しかもその間は激しい運動をしないというおまけつきだったので諦めた覚えがある。体をどこか壊しそうだし、まずお金がもたない。

しょうちゃんとの会話を終えた俺は次に中学時代にゲームやサバイバルの事を話したりして遊んでいたグループと会話を始めたが…なんでだろう凄くしらじらしい感じを受けた。


ーーおかしいな、こいつらとは一緒に広島に旅行行った事もあるんだが…


なんか冴えない感じだったがありきたりな話をして俺は自分の座敷テーブルへ戻り隣の男子同級生とまた飲み始めた。しばらくテーブル周りの同級生と飲んで話をしていた俺に誰かが話をしてきた

「ゆき、久しぶり…なんか高校行ってから結構遊んでるんだって?」

ここでお酒を飲んでなければ、そんな事ないよとか言って謙遜する事も出来たんだが

もともとお酒があまり強くなくすぐ酔ってしまっていた俺は小、中の同級生が知らない一面を遂に見せてしまう事に

「あーえっと、誰から聞いたそれ」

そうするとその同級生は中学時代に俺と広島旅行に行ったグループを指差した

ーーやっぱり、あいつか

そうさっきのグループの中に1人だけ俺と同じ高校で大学も一緒の奴がいたのだ

ーー白々しかったのもそのせいか…

「まぁ、遊んでるって言われたら遊んでるかな、女の事だろ?」

「おお、ゆきから女って言葉が出てくるなんてな成長したなお前」

「……まあね」

「やっぱりかあの高校、女が多かったもんな。不良も多かったけど」

「不良が多かった感じはしなかったけどな、それでなんのようだ」

「まぁそう急ぐなよ」

そう言うと同級生は俺が飲んでいた空になったコップにビールを注ぐ

俺は注がれたそのビールを飲みながら同級生の言葉に耳を傾けた

「ゆき、大森有佳知ってるよな」

「ああ知ってるよ今も来てるだろ?」

俺は辺りを見渡し彼女を探した。成人式が終わり飲み会に参加してない同級生も少々いたが、彼女大森有佳はいた。

「有佳も結構男と遊んでるらしいぞ、声かけてみたら。ゆきやったらOKって言うと思うぞ」

ーーそれって俺だったら確実に大丈夫だから誘えって言ってるようにしか聞こえないが

「そうか、それじゃ今から話してくるよ」

「今かよ。今は結構周りに同級生がいるぞ」

「問題ない」

俺は座っていた席を立って有佳の元へと真っ直ぐに向かった。

酔っていたせいもあったが、その当時に高1の彼女と別れたばかりで女がいなくて寂しかったのもあった。

俺はテーブルを挟んで有佳の前に座った。彼女の周りにも当然同級生がいた。

「あら、ゆきちゃん久しぶりね」

「久しぶり、ゆか」

「どうしたのゆきちゃん私に何か用事?」

「ホテル行こう今から」

何の躊躇いもなくストレートにぶつけた

「…ゆきちゃん、それ本気で言ってる?」

「本気だけど」

「それあいつから聞いたんでしょ」

有佳はさっきまで俺と話していた同級生を指差した。

「ああ」

「…わかったわ」

「でも今日は駄目、彼氏が家に住んでいて帰って来いってうるさいから」

「わかった」

「携帯教えて後から必ず連絡するわ」

そして俺は彼女に携帯番号を教えて自分の席へと戻った。

有佳が座っていた周りの同級生には、このやりとりは、確実に聞こえていただろう。この手の噂はすぐに広まる。

たぶんこれで同級生が懐いていた俺への小、中学校のイメージはだいぶ変わってしまったかもしれなかった。

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同.級.生 yuki @yukimasa1025

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