第6話 佐見国明と榎本国明


「ーーーって~~」


目覚めは最悪だった。ずきんずきんと脈が打つ度に頭が痛む。要するに二日酔いだ。


だ~か~ら~、何か食べさせてくれてればよかったんだっ


すき腹にどぶろくを二杯も飲んだのだ。具合だって悪くもなろう。藤木は頭を抱えてうつ伏せに転がった。


国明め~~~っ


ここにはいない男に藤木は悪態をついた。そしてふと、夕べのことを思い出す。


そういえば、誰かがずっと優しく髪を梳いていてくれたような気がする。誰だったのか。

名前を呼んでくれた、藤、と。低く柔らかい声、大好きな、切なくて胸が痛くなるあの声…


佐見?


そんなわけない、すぐに藤木はその考えを打ち消した。

佐見はここにはいないのだ。いない人間がどうやって自分の名を呼ぶのだ。ましてや温かい手で頬を包むなんてことができるわけない、というより、佐見はそんなことをしない。恋人でも何でもないのだから。

そこまで思いいたって藤木はヘコんだ。


佐見なわけないよ…


落ち込んだすえに見た、幸せな夢だったに違いない。また泣きたい気分になってきた。


佐見、佐見、佐見に会いたい…


「藤」


突然、頭上から佐見の声が降ってきた。


「さっ佐見っ」


がばっと体を起こした途端、ずきんと痛みが走る。


「っったーーーーっ」


頭を抱えて再び沈没した藤木の上から不機嫌このうえない佐見の声がした。


「おれは佐見ではない。何度も言わせるな」


腕の隙間から見上げると、榎本国明が立っている。眉間に皺をよせ、国明はどかりと藤木の枕元に座った。


「すずやかな気分というわけではなさそうだな」


コイツ~~~っ


カチンときた藤木は夜着の上に転がったまま国明を睨んだ。


「誰のせいだと思ってるのさ」

「酒のせいだ」


国明はしれっと答える。


ムカツク奴ーーっ


藤木が起き上がって文句を言おうとすると、国明がふっと優しい目で笑った。


「薬湯を持ってきた。少し苦いが我慢して飲め」


そして片手で藤木の背を抱き、薬湯の椀を取り上げる。拍子抜けした藤木はされるまま体を預け、椀を受け取った。

国明の顔が間近にある。何故かどぎまぎしてきて、藤木は慌てて薬湯に口をつけた。確かに苦い。が、体が楽になるなら許容範囲だ。一息に飲み干してふぅっと息をつくと、国明が唇の端を指で拭ってくれた。その感触に藤木ははっとする。


国明の手の温もり…


「あの…あのさ、国明…」


もごもご言い淀む藤木に国明は首をかしげた。


「えっと、夕べのこと、僕ちょっとあやふやなんだけど…」


蚊の鳴くような声で藤木は聞いた。


「君…もしかして、ずっと僕の事、介抱してくれてたとか…」

「なんだ、覚えておらぬか。朝まで添い寝をしておったというに」


藤木を胸に抱いたまま、からかうように国明は顔を覗き込んできた。


「まぁ、藤はぐーぐー寝ていたからな。可愛い寝顔だったぞ」


藤木は真っ赤になった。


やっぱりコイツ、むかつくっ


ちょっとでも感謝した自分が馬鹿だった。佐見ならこんなことは言わない。顔も声も同じだが佐見とは大違いだ。腕を突っ張って国明の胸から逃げようとするが、国明は藤木をますます抱き込んでくる。くつくつ肩を震わせ笑っているのが余計癪だ。


「国明っ、君ねぇっ」


怒鳴った途端激痛がはしり、藤木はまた頭を抱える。


「あった~~っ」


ふいに藤木の頬が温かい手に包まれた。


「夕べは藤がおれを助けてくれた。何事もなくおれが当主をつげたのは藤のおかげだ」


打って変わった静かな目で国明が藤木を見つめている。引き込まれそうな漆黒の瞳を藤木も見つめ返した。

頬に触れる手の温もりに、やはり夕べ自分の髪を梳いてくれたのは国明なのだと思う。宴会の席に戻らず、ずっとついていてくれたのだろうか。当主をついだ晴の席だというのに、酔っぱらって寝ている自分の側にいてくれたのか、酔っぱらった…


「ん…?」


夕べの記憶を辿る藤木の背に、嫌な予感が走った。


夕べ酒をでっかい盃に二杯ものまされて、そして国明が嫌味なオヤジに因縁つけられて、アタマにきてスマホ出して…


「あーーーーっ。」


藤木は大慌てでポケットを探った。突然大声をあげた藤木に国明は目を丸くしている。


「バッテリーがっ」


アプリを終了させた記憶がない。しかも昨日、かなり長い間留守録の再生をしてしまった。わずかとはいえアプリを立ち上げたままの電力消費はもったいない。充電器もないのにバッテリーがあがったら、というか、そもそも電気がないのだ。もうお手上げだ。藤木はスマホを取り出した。どのくらい減ってしまったのか。もし残量がなくなったら、なくなってしまったら


佐見の声が聞けなくなってしまう…


「…あ…れ?」


バッテリー残量…フル?


昨日あれだけ電源入れてたのに?フラッシュもたいたのに?こっちにきて三日目、いくらなんでもフルってことは…


「…フル…だよね…」


壊れているんじゃなかろうな、と藤木は色々触ってみるが、電話がかけられないこととネットに繋がらないこと以外はまったく正常だ。


「バッテリー…減らない?」

「…藤?」


スマホを手にぽかんとしている藤木に痺れをきらした国明がとうとう声をかけた。


「藤」

「凄い、国明、凄いよ~っ」


思わずがばりと国明に飛びつく。途端にずきんと頭が痛んで藤木は呻いた。


「あたたた」

「何が凄いのだ?どうした?」

「ふふっ、神の恩寵ってヤツ」

「…?」


痛みに顔を顰めながらも藤木は笑った。

バッテリーが減らないなんて普通ではありえない。しかし、現にフルのままだ。スマホの故障ではなく、本当に減らないのだとしたら、もしかしたら藤木はまだこの世界の流れに完全に取り込まれたわけではないのかもしれない。藤木の世界とまだどこかが繋がっているのだとしたら…


帰れる。


確証はないが、本当に帰れるかもしれない。希望が出てきた。


「僕が帰れる確率…パーセント」


藤木は小さく声に出した。正直確率はわからないけれど、100パーセントだと信じたい。

嬉しくなってスマホを抱き締めていると、いきなりぼすんと国明に抱き込まれた。


「わけのわからん奴だ」


国明は不機嫌そうに言うと藤木を抱き込んだ腕はそのままにそっぽを向く。藤木が見上げると妙に子供っぽい拗ねたような顔がそこにあった。


わけわかんないのはどっちだよ…


思いのほか抱き込む力が強くて、藤木は国明の腕の中でじっとするしかなかった。






秀次が朝餉の膳を運んできても、国明は藤木を離そうとはしなかった。


「あのさ、国明…」

「殿…」

「ん?食べさせて欲しいか?」


片膝を立て腰を落としたまま片手で国明は膳を引き寄せた。


「誰がそんなこと言ったのっ。じゃなくてっ」

「ほう、今朝は床節か。柔らかく煮たか?」

「だーかーらっ」

「殿…」

「何だ秀次、もう下がってもよいぞ」

「だ~~~っ、下がらなくていいっ、下がらないでって秀次っ」

「照れるな」

「照れてないッ」


埒が開かん、と秀次が額を押さえた所に、今度は野太い声が響いてきた。


「殿はいずれへおわすやーーーっ」


どすどすと足音が響いて忠興が姿をあらわした。


「御前失礼つかまつ…とっ殿ーーっ」

「忠興叔父」


国明が渋い顔をした。忠興が真っ赤になってまくしたてる。


「どこへいったかとお探し申せば、あろうことか御渡り様の御寝所にて油を売っておるとはっ」

「ああ~、わかったわかった。今、参る」


やれやれ、といった風に国明が立ち上がった。


「秀次、後は頼むぞ」


そう言いおいて国明が部屋をでると、藤木に一礼した忠興がそれを追った。


「跡目をついだ祝いじゃゆうて、近隣の庄からも武家やら民やら集まっておるに、肝心の殿がおらねば…」

「今更であろうに、おれは十五の時から当主のことを務めておる」


廊下を遠ざかる二人の声が聞こえてくる。


「形は大事じゃ。だいたい夕べの宴にも抜けたまま戻って来ず、御渡り様の寝所に」

「人聞きの悪いことを申すな。叔父貴。御渡り様の天誅がくだるぞ」

「いや、そりゃ勘弁」


聞くともなしに聞いていた藤木はぶっと吹き出す。秀次も肩を震わせている。つい藤木はぽろりともらした。


「国明って、ホント気侭だねぇ」

「御渡り様の前なれば、と某は存じまするが」


穏やかな、それでいて含むような笑みを返され、藤木は戸惑った。よくわからない。秀次はいつもの慇懃な顔に戻り、膳をすすめる。


「今朝方、床節があがりましたゆえ、柔らかく煮させてござります」


あわびに良く似たその貝はやわらかく、二日酔いの藤木でも美味しく食べられた。青菜も昨日より小さく刻まれている。

食べながら藤木は国明のことを考えていた。

宴席で厳しい目をしていた国明、楽しそうに自分をからかう国明、一晩中側にいてくれた国明、そういえば、夕べ国明は何か言っていなかったか、何か…


「やっぱりよくわからない奴…」


小さく呟き藤木は残った床節を口に放り込んだ。


佐見の声をして、佐見と同じ顔をして、佐見よりあけっぴろげな国明、藤木は不思議な気分だった。




国明に手をひかれ、藤木は桜の咲く山道を登っている。

昼を一刻程過ぎた頃、来客から解放された国明が突然、よい所へ連れて行ってやると強引に藤木を馬上に引っ張り上げたのだ。あたふたする郎党どもを振り切って国明は馬を駆けさせた。 全力疾走に藤木が悲鳴をあげたのはいうまでもない。


「着いたぞ」


そう言われて馬から抱き降ろされた時にはもうふらふらだった。国明は馬を手近な木に繋ぎ、座り込んでいる藤木に手を差し出す。


「おぶってやろう」

「…自分で歩く」


いちいち言うことがカンに触る。むっつり顔で立ち上がろうとすると足がもつれた。


「わっ」

「だからおぶってやると言っておるに」


国明が楽しげに藤木を抱きとめる。向かっ腹をたてた藤木が身を捩ると、くっくっと笑いながら離してくれた。


「こっちだ」


今度は手を絡めとられる。何で手を繋ぐんだ、と思わないでもなかったが、国明の手の温もりが心地よくて藤木はそのまま手を引かれた。そして今にいたる。

山道は緩やかで、部活で走り込んでいる藤木の苦にはならなかった。

両脇は見事な桜並木だ。七分咲きの桜がはらり、と薄紅色の花びらを散らしていた。だが、藤木がよく目にする桜並木とはやはり風情が違う。桜の種類が違うのだ。染井吉野の並木を見なれた藤木には新鮮だった。

春の午後の光は明るく、風は穏やかだ。国明の折烏帽子や深緑の直垂にはらりはらりと花びらが散る。ふいに、秀峰の桜並木が藤木の脳裏に蘇った。

満開の染井吉野の花吹雪、その中に立つ黒い学生服、あれはどの春だったか、佐見の黒い学生服に花びらが散っている。広い背中に、癖のある黒髪に、染井吉野の花びらが散っていて、ぼぅっと見とれていたら突然佐見が振り向いて名を呼んでくれた


藤…と。


「藤」

「わぁぁっ」

「何だ、騒々しい」


藤木はばくばく鳴る胸を押さえた。まったく心臓に悪い。佐見のことを思い出していたら、同じ顔と声で名を呼ぶのだから。国明は一人で狼狽える藤木を怪訝な顔で見ていたが、くいっと傍に引き寄せた。


「ここだ」


言われて目をやった藤木は思わず歓声をあげた。


「うわ、すごい…」


桜並木のとぎれたところは小高い岡の斜面だった。緩やかな傾斜の草原が続き、その先には海が見える。波がきらきらと光っていた。


「気持ちいい~」


藤木は草の上にすとんと腰をおろすと伸びをした。隣に国明が座る。風に吹かれて桜の花びらが二人に降りかかった。


「気に入ったか?」

「うん、すごく」

「そうか」


にこっと笑って見上げると優しい目にぶつかった。時折、国明はこういう目をする。


に…苦手なんだけど…


こんな目をされるとどうも落ち着かない。誤魔化すように藤木は目を景色に写した。足下では春の野草が小さな花をつけている。時折吹く風にゆらゆらと揺れていた。


「母上はここが好きだった」


ぽつり、と国明が言った。


「お母さん?」

「おれが十の時に死んだ」


え、と藤木は国明を見た。佐見の母親の顔が浮かぶ。佐見のところは両親とも健在で、お祖父さんも元気で…


「おぬしは笑うかもしれんが、おれの親父殿は変わっていてな。十五の時に見初めた女を妻にして、他には手をつけなかった」


いや、それって当たり前っていうか、他に手つけたらヤバいだろう、にしても十五だぁ?なんつーマセたガキだ、お前の親父はっ


思わず心で突っ込んだ藤木には気付かず、国明は遠くを見るようにしている。


「おれもそのようにありたい」

「えっ、国明って、十五で結婚したかったの?」

「…誰がそんなことを言った」


むっと眉を顰める国明に藤木は慌てて手を振った。


「え、あ、だってさ」

「父上と母上のようにおれも人を愛したいと言ったのだ」

「ごっごめん」


謝りながらも藤木はふっと引っ掛かる。昨日、今日の姫君を嫁に迎えるとかいってなかったか。藤木は恐る恐る聞いてみた。


「じゃ…じゃあ、京の姫君って…国明の好きな人…?」


言葉に出すと胸の奥がまたちくりと痛んだ。国明の顔がみるみる曇る。


「…国明?」

「会ったこともない女だ。頼みもせぬのに本家が余計なことをする」


国明は吐き捨てるように言うと、草の上に仰向けに寝転がった。


「母上は体が弱くてな、子はおれ一人だ。普通は妾腹の兄弟が幾人もいるものなのだが、それもおらぬ故、おれさえ押さえれば榎本をとれる。だから本家が煩く絡むのだ」


フツー「妾腹の兄弟」なんてそうそういないんだって…


この時代の倫理観に藤木は頭が痛くなる。チラと隣に寝転がる男を見た。

佐見と同じくらいの年で、同じ顔をして、でもこの男はなんて重いものを背負っているんだろう。

なのにいつも自分にいうのだ、大丈夫だ、藤、と。


「大丈夫だよ、国明…」


何が、とは言わない。姫を案外気に入るだろうとか、そのうちいい人みつかるとか、そういう事は言いたくなかった。だが、何かを伝えてあげたい。

藤木は国明の手に自分の手を重ねた。自然と微笑んでいた。国明が驚いたように藤木を見上げる。


「大丈夫だから…国明…」


ね、と手を握ってやると、国明の頬が僅かに赤らんだ。こうして見ると同い年なんだなぁ、と藤木は思う。


「そうだな…」


国明は藤木の手を握り返すと自分の方に引き寄せた。


「そうだな、藤がいるからな」

「うん、僕は神様だからね」


藤木もくすくす笑った。海からの風が心地よく頬をなでる。ちらちらと花びらが舞った。


「藤のことを聞かせてくれ」


国明が体をおこした。


「藤は公家か?武家にはみえぬが」

「あ~、あのね~」


藤木は苦笑いした。どう説明していいものやら。


「僕の世界にはもうそんなのないんだ。ただの高校生だよ、僕は」

「高校生?それは神官か何かか?」

「えっと、じゃなくってね」


この時代の人間にどう言えばいいのだろう。しかし、国明にはちゃんと自分のことを伝えたかった。


「たぶん、僕は未来から鎌倉時代に迷いこんだんだと思う。あ、君たちの時代の事、僕達は鎌倉時代って呼んでるんだよ」

「未来?来世のことか?藤はこの世のものではないのか?」


単語が通じていない。確かにこの世界のものではないが、来世と言われても困る。


死んだわけじゃないしね、僕は。


藤木はうーんと唸った。


「君たちの子供の、その子供の、ずっと先の子供達の時代ってことだよ。僕にとってはここは800年くらい昔の世界なんだ」


国明はじっと耳を傾けている。


「もう武士とか戦とかなくてね、身分とか一族とか、そんな面倒なのもあんまり関係ない。そりゃ、すっごい金持ちとかは別だろうけど」


藤木は空を見上げた。青い空、春の穏やかな空、遠くで海が光っている。つい三日前には、同じような空を佐見と歩きながら眺めたのだ。


「心配してるかなぁ、皆…」


ふいに、秀峰の仲間の顔が浮かんだ。


「僕ら、テニス部の合宿だったんだよ、ここに来たの…」


ぽつ、ぽつ、と心を辿るように藤木は話した。


「上城と堂本、慌ててるだろうなぁ、やっぱり祟りだって騒ぐだろうな。もう家に連絡いったかなぁ」


いつの間にか独り言になっていた。国明はじっと聞いている。


「母さん、姉さん、泣かなきゃいいけど…心配性だし…健太も…佐見んちはどうしたかな…」


はっと藤木は我にかえる。


「あ、ごめん…国明…」

「いや、もう少し聞かせてくれ、お前の家族や仲間のことを」


国明は柔らかく目を細めた。


「藤には姉と弟がいるのだな」

「うん、そう。あ、そうだ、待って」


それから藤木はいいことを思いついたとポケットからスマホを取り出した。


「えっと、たしかデータ、残ってたと思うんだけど」


タップして、それから画面を国明に見せる。国明がぎょっと体を引いたので藤木は笑った。


「大丈夫だよ、これ、写真っていうんだ。まさか君、ホントに魂捕られると思ってる?」

「い…いや、だが、得体がしれぬ」


きまり悪げな国明が妙に可愛くて藤木はくすくす笑った。


「姿を写すだけ。僕らの世界じゃ普通だよ。皆、写真撮ってる」

「…そうか」


国明が画面を覗き込んできたので、藤木は説明した。


「これがね、裕子姉さん、こっちが弟の健太だよ。二月のテニスの練習試合の時のやつ」


パソコンに移そうと思って残しておいた写真だ。


「藤に似て美しいな」


ぷっと藤木は吹き出した。


「なにそれ、そんなに真面目にいわないでよ。まぁ、姉さんは美人かもね」


スライドして次の写真を画面に出す。テニス部のメンバーが写ったものだ。合宿一日目に撮った。


「これがね、テニス部の仲間」


立石と中丸がにかっと笑っている。次の写真にスライドした。


「藤がいる…」

「あ、中丸がね、撮ったんだ」


国明は不思議そうに目の前の藤木と画面を眺めた。


「同じだな」

「そりゃそうだよ、写真なんだから」


鎌倉時代の人間には不思議なのだなと改めて実感する。次の写真を画面にだした藤木はハッとそれを見つめた。


「佐見…」


中丸が撮ったのだった。自分と佐見が話しているところが写っている。


「これが佐見、か」


藤木は国明を見た。見れば見る程、恐ろしいくらい同じだ。いくら時代が違うとはいえ、こんなことがあるのだろうか。国明が顔をあげた。


「おれに…似ているか?」

「…そのまんま…」


泣きそうになった。どうしてこんな男が存在するのだろう。どうして自分の前にいるのだろう。好きになった佐見ではないのにどうして…


「そっくりだよ、佐見国明に」


国明が目を見開いた。


「国明というのか、その佐見も」


藤木は滲みそうになった涙を誤魔化すように目をしばたいた。努めて明るい声を出す。


「そう、佐見国明。君と同じ名前でしょ?びっくりしたよ。顔も声も同じで、おまけに名前まで…」

「佐見は藤の想い人か?」

「なっ」


突然のことに、藤木はカカーッと赤くなった。


「何、いきなり、なっなんのことっ」

「そうか、おぬしの想い人であったか」


わたわたと焦るが、ここまで真っ赤になっていると誤魔化しようがない。諦めて藤木は一つ、ため息をついた。


「そうだよ、僕は佐見が好きだよ。でも、恋人とかじゃない」


こんどは国明が驚いた顔をした。


「なにゆえか?藤は佐見を好いておるのだろう?佐見が嫌だと言ったのか?」

「違うよっ。ってか、なんか傷付くな、その言い方っ」


藤木はムッとする。


「言えるわけないじゃない、僕が佐見を好きだなんて」

「なにゆえか?」


国明は同じ言葉を繰り返した。心底不思議だとその顔は言っている。


「なにゆえ佐見に言わぬ」

「あっあのねぇ、僕も佐見も男同士でしょう?言えるわけないの」

「おぬしは美しいぞ。藤ほどの者に好かれて嫌な男はおるまい」

「うつく…」


藤木は絶句した。


その美しいって何だ、だいたい、嫌な男はおるまいって、なんで男なんだ、男っ。


「だから、男同士だっていってるじゃないか。普通じゃないでしょ、そんなの」


国明はますます訳がわからんという顔をしていたが、急に何かに思い当たったようだ。


「ああ、子をなさねばならんからか?ならば妻を娶ればよい。藤が面倒ならば、妻は取らずどこかの女子に子を産ませればよかろう。金子をとらせて育てさせ、しかるべき年頃にひきとればよい」


違う、違い過ぎる、この感覚…


藤木は目眩を感じた。だが、国明は至極真面目だ。


「僕の時代でそんなことしちゃダメなの。もーっ、乱れてるんだからッ」


この時代の倫理観ではしかたがない、と頭ではわかっていてもなんとなくムカついて藤木は国明を睨んだ。


「だいたい、国明だって御両親みたいな恋愛したいんでしょ。だったら…」

「佐見はうつけだな」


国明がじっと藤木を見つめる。


「おぬしに好かれておるというのに、とんだうつけではないか。おれならば…」


炎が宿ったような瞳だ。その視線の強さに藤木は怯んだ。


「国明…?」

「…おれならば」


ざっと風が吹いた。うす紅色の花びらが二人の間で渦をまく。ふっと国明が視線を外した。


「戻ろう…藤…」


立ち上がった国明は先に歩き始めた。藤木は慌てて後をおう。


黙ったまま二人は山道を下った。国明の後ろを歩きながら、藤木は両手を握りしめた。繋がれていない手がひどく寂しかった。






館に帰るなり、すっ飛んできたのは秀次と忠興だった。ぎゃんぎゃんと文句を並べたてる二人にはさまれ、国明は明後日の方向へ目を泳がせている。


「そもそも殿は自覚が足りんのじゃ。御渡り様だけじゃのうて、御身にも何ぞあらば事じゃというに」

「然り。これからはせめて郎党の数人はお連れ下され」

「賊なぞ、おれ一人でも蹴散らせるわ」

「そういう問題ではござらんっ」

「だがなぁ」


国明はちらっと藤木を横目で見ると、悪戯小憎のような顔をした。


「せっかく藤と二人きりの逢瀬に、お主らも不粋な」


にんまり笑って藤木の肩を抱く。


「「殿ーーーっ」」

「国明ーーっ」


怒号が響き、水軍の長は首を竦めた。



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