3

そんなある日



誰かが教室に僕を連れて行った


廊下で遊びだした



僕は


『あぶないよ…やめてよ。』



そう叫んだのに

誰にも声が届かなかったんだ。



そして次の瞬間

廊下の脇にあるトイレに飛び込んでしまった。




「うわぁ…トイレに入っちゃった。」



「汚い~!

トイレはバイ菌いっぱいだよ?」



子供たちが誰も拾いにきてくれない。



すごく…不安になった。



嫌だよ…またあの寂しい場所に帰るのは嫌だ。



大好きだった空が、寂しい色で広がって

僕を押しつぶそうとしているように感じてしまうあの空は嫌い。



誰か…助けて…




「こら!みんなで何やってたの?

すごい音がしたよ?」



「先生~!ボールがトイレに入っちゃったの。」



「ん~?本当にそうなのかなぁ?

ボールは勝手にトイレに入っちゃったの?

お外からコロコロやって来て?」




違うよ…

僕はみんなと遊ぶのは好き


でも…


ここでは危ないって

何度も叫んだんだ…。



誰にも聴こえなかったみたいだけど


僕は…注意したんだよ?




「みんなは、このボールくんと遊べなくなってもいいのかなぁ?」




先生は僕をみつけてヒョイと片手で持ち上げた。


「あ!先生汚い!!」



「バイ菌だらけだよ?」



「触っちゃダメだよ!!」




子供たちが慌てて叫んだ。




「大丈夫よ。

先生は大丈夫。


ちゃんと綺麗に洗って

う~んとう~んと綺麗に洗って。

先生も手をキチンと石鹸で洗いますから。



うん…そうね~

それでも、みんながバイ菌が気になるなら

消毒もしとこうか?


そしたら…

みんなはどうする?」




みんなが僕を見つめていた。


1人の女の子が手を挙げた。



「はぁい!

みんなでボールに謝る!

ごめんねって。」



「それから、外で遊ぶ!」



「そうね。

それが一番素敵な答えね。」



先生は微笑んで僕を石鹸で洗いだした。



それから、笑いながら

消毒をしてくれた。



「ごめんね。」



ってまるで僕に話しかけるみたいに。




その時

先生は何かに気がついた。



僕に書かれた薄くなった名前。



「あれ…?

これ…あの子のかな?」



「先生~ボールもう遊んで平気?」



「あ、ちょっと待ってて。

これね…もしかしたら、この前転園しちゃったあの子のかもしれない。」


僕を抱えたまま

先生は誰かに電話していた。



電話に向かってなんどか頭を下げて切った。

ニッコリ笑って僕を抱えて再び教室でまっている子供たちの元へ



「みんな~。

この前お家のお引越しでお別れしたシンジくん、覚えてるかな?」



みんなが一斉に手をあげた


「覚えてる!!

元気かなぁ~?」



「そのシンジくんの忘れもののボールでした。


サッカークラブで練習しててそのまま置いて行ってしまったんだって。


すご~く探していたんだって。

今、お母さんに電話したらね…


みんなが大切にしてくれるなら

大事にしてくれるなら

このボール

幼稚園のみんなのモノにしてもいいって言うんだけど…どうする?」



ドキドキした。


いつも大切にしてくれていたあの子

僕を探していてくれたんだぁ…。



「シンジくん

すごくサッカー上手だったよね?」


「このボールがあったからかなぁ?」



「…すごく大切にしていたよね?」


「返して…欲しいよねぇ?」



先生はみんなを黙って見つめていた


僕も黙って見つめていた



「返してあげた方がいいと思いま~す!」


「ボールもきっと帰りたいって言うかも。」



僕は嬉しい気持ちと

みんなと別れる寂しい気持ちで複雑だった


「じゃあ、みんなでシンジくんにお手紙書いてボールと一緒に送ろうか!」



先生が笑顔で言った。


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