98 決着
AM 3:45
ストリップ南側、旧ホテル・ルクソール前
不穏の予兆か、先ほどまで砂漠を照らしていた月が、空と同化した黒雲に隠れてしまった。
ネオン輝くラスベガス、メインストリートたるストリップの栄華も、もはや数時間前の過去。
ガス爆発により、原形を留めないほどに破壊されたリゾートビルが、通りの両端に積み上げられていた。
道路にも、横転していた車やバスが転がっており、そのはるか先にメガ・ケサランの丸いフォルムが、黒煙と炎の中でゆらゆらと浮かんでいる。
エジプトをテーマとしているホテル・ルクソールも、自慢のピラミッドビルは骨組みだけを残し、入り口で観光客を見守ってきたスフィンクスも、頭が折れ街灯を押しつぶしている。
キッ…
そんなホテルの前を走る、ストリップの中央車線に現れた2台のマシン。
アストンマーチン ラピードSと、コンバーチブルタイプの、フォード マスタングGT。
道のど真ん中に並んで停車すると、中から降りてきたのは――
「やっぱり、よく見えるわね~」
エリス達。
「よし、さっき打ち合わせした通りで行こう。
メイコとナナカは、ここからメガ・ケサランを観測して頂戴。
リオは、アンナのアストンに同乗。
アヤの運転する車の、少し後ろを走ってエスコートしてほしい」
車を降りた各々は、メガ・ケサランとの最後の戦いのために準備を始めた。
エリスもまた、腕を交差させ、目を閉じて心の中で解除の呪文を唱え、その右手にアトリビュートを出した。
古今東西の武器を具現化できる宝具、サロメ。
その基本形体であるマウザー拳銃を。
「本当にやるのね?」
銃の状態を確認するエリスに、アンナは話しかけた。
「ここで怖気づくぐらいなら、私はノクターンを作って無かったし、そもそも牡牛のリーダにすらなって無いわ」
「それに、信頼できる仲間がいる。 怖くはないわ」
「フフッ…」
「どうしたの?」
「あなた、牡牛にいた時より生き生きしてる気がする」
「そう?」
首をかしげるエリスの後ろで、ボンネットを勢いよく下ろしたあやめ。
両手を払うと、エリスの方を向いた。
「マシンの調子はオッケーよ」
「それじゃあ、行くわよ!」
そう叫ぶと、エリスはマスタングに、アンナとリオはアストンマーチンに乗り込むと、2台は通りを500メートルほどバック。
スタート位置に揃った。
マスタングのエンジンが始動し、あやめはクラッチを切ったまま、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
唸り声に呼応して、メーターの針が半円状を一気に駆け上がっていく。
後輪が悲鳴を上げながら、アスファルトに恐怖にも似た焦らしの刻印をきざみこむ。
「カウント、始めます!」
無線を通し、メイコの声が、閑散としたラスベガスに響き渡る!
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
瞬時に刹那に包み込む沈黙。
ろうそくの火を消したように。
それを壊す合図は――
「GO!!」
キャアアアアアッ!
クラッチを繋がれたマスタングから、狂った嬌声が放たれた途端、マシンはロケット・スタート。
一気に速度は100キロオーバー!
真剣な眼差しを眼前に突き刺しながら、あやめはギアを切り替え、アクセルを踏み続ける。
その横で、エリスが銃口を真上に向けたマウザーが、自動的に不可視の弾丸を装填。
チャンスは一発。
メガ・ケサランの姿が大きくなるにつれて、振り切れた恐怖、ナチュラル・ハイとでも言うべき無意識の興奮が、2人のアクセルをも、制御不能な彼方へと追いやっていく。
だが!
「エリス!」
フォーコーナーに差し掛かろうとする時だった。
あやめの声に、名を呼ばれた彼女は、奴の変化に気づいた。
メガ・ケサランの目玉が、こちらを向いている!?
「気づかれた!」
触手の1つを、鞭のように地面にたたきつけた瞬間、こちらに飛んでくる影。
路線バスだ!
巨大な車体を横たえ、転がりながら、2人の乗るマスタング向けて落ちてくる。
否、バスだけではない。
路上に乗り捨てられた乗用車や、ホテルのがれきが、降り注いでくるではないか!
この角度なら、直撃して押しつぶされる!
簡単に避けることすらできない!
そう思った次の瞬間に、バスは一筋の光に貫かれ、エリス達の頭上で爆散。
ヘッドライトやマフラー、降り注ぐ機械の雨を、あやめの見事なハンドル捌きで駆け抜けていく。
サイドミラーを見たエリスは、背後を追随するアストンマーチンに、1人の影を見た。
窓から身体を乗り出し、箱乗りでアトリビュート ガーディアンを構えるリオの姿だ。
アッシュブロンドをなびかせ、涼しい顔をしている。
その後も、落下してくる障害物を次々に撃ち落としてくリオ。
右手で構えるウィンチェスター銃に、工場で見せた戸惑いも揺らぎもない。
華麗なスピンコックで魔弾を装填すると、間髪入れず、自らの瞳で狙いを定めた的に向けて引き金をひく。
くっきりとした弾痕に貫かれた標的は、次々と砕け散り、通りへと落ちてくる。
ハンドルを、ちょいと曲げれば簡単に避けられるほどに小さく。
だが!
「リオ! アンナ!」
アストンマーチンの前に落下した大型トラック。
急ブレーキを踏んで回避したが、車体はスピンして静止。
だが、2人は無事だ。
アンナが、無線を引っ張って叫んだ!
「大丈夫…そのまま走り続けなさい!」
一拍置き、フッと笑いながら彼女は付け加えた。
神の御加護を。
職業病の挨拶を言う寸前、彼女が嫌っていたことを思い出して。
「私たちの幸運、アンタに託したわよ…ブラッドベリル!!」
その無線に、彼女は答えることなく、真剣な眼差しで前を向き続けた。
ジャンプ台と化したエッフェル塔が、どんどん眼前に近づいてくる。
道路への食い込み具合は、まさに奇跡だった。
塔の三分の一が、道路をめくり上げ、自然な発射台となっていたからだ。
「突っ込むわよ!」
「ええ!」
マスタングのメーターは吹っ切れていた。
200キロは超えているか。
座席へと押し付けるGが、その身体にのしかかってくる。
メガ・ケサランの触手が動いた!
7本の白い腕が、突き刺さったエッフェル塔を引っこ抜こうと取り巻いた!
引き返すなんてできない。
2人は覚悟を決め、引き剥がされた道路に最高速を維持して突っ込んだ!
視界が夜空に向って伸びていく。
それと同時に、メガ・ケサランの触手がエッフェル塔を一気に、地中から引き抜いた!
激しい揺れがマシンを襲うが、あやめは顔をしかめながらも確かなテクニックで、マシンを走らせ続けていた。
だが、道路は剥がれ落ち、タイヤはいやがおうにも鉄骨の上に叩きつけられる!
破壊された衝撃で、塔下部の展望台が破損し、剥がれ落ちていたのは不幸中の幸い。
あやめは、叫びながらアクセルに右足をのせ続けた!
スキール音が鼓膜を揺れ動かす!
「行くわよ!」
エッフェル塔が、触手の怪力で引きちぎられようとしている。
鉄骨が悲鳴を上げている。
車の下には、もう綿毛の姿。
おびただしい妖気が、化学繊維のように肌を刺してくる。
速く、もっと速く!
遂に、マスタングはエッフェル塔の土台、アーチ部分からジャンプ!
エリスとあやめの身体が、車から宙に放り出され、それぞれが闇夜に舞い上がる!
反発する重力と、見失ったあやめの心配の中で、エリスの赤い瞳は、しっかりと眼下のメガ・ケサランを捉えた。
これも幸運だろうか。
雲に隠れていた月が顔を出し、そのまばゆくも優しい光で、相手を照らし出す。
差し出した右手、マウザーが照準を合わせた。
華奢な体、腰まである茶髪が、丸く白い月の影になりながらも、ただ彼女の瞳は、狙うべき相手、その弱点を見定める。
何故か、彼女には不確実な確証があった。
私の一発は確実に、この妖怪を貫き、奴は消える、と。
カンと呼ぶには抽象的だが、そいつはエリスにとって、ガーターのないレーンで投げるボウリングのように、約束された勝利に見えた。
たとえ、あやめやリオの姿がみえなくとも。
この引き金を、アトリビュートの力を、私の意志と共に叩きつけるだけ。
だから、もう迷いはない。
「堕ちろ! ベテシメシの闇へ!」
乳白色の煙と共に発射された透明な銃弾。
垂直な弾道を描きながら、約束された軌道を走り、そして―――
キャアアアアアアアアア!!
シールドを破られ、頭頂部のつむじを打ち抜かれたメガ・ケサランは、白目をむき、女性の悲鳴に似た断末魔を、街から砂漠へ、広範囲に響かせた。
刹那!
「うわあああああああああああっ!」
メガ・ケサランは鈍い爆発音をさせながら、真っ白な閃光を解き放ち、ラスベガスの街を包み始めた。
崩壊したビルを、めくり上げられた道路を、巻き込まれた罪のない一般人を。
そして、爆心地の下へ、まっさかさまに墜落していくエリスでさえ――。
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