2日目・未明~最終対決!

97 逆転の奇策

 AM 3:12

 トーマス&マックセンター駐車場



 空港北側に広がる大規模駐車場。

 そこは前もって、牡牛部隊の合流場所としてアンナが指定していた、緊急用のセーフティーエリアであった。

 無論、アンナの運転するワインレッドのアストンマーチン ラピードSが、集合場所に到着した時には、彼らの乗っていたレンジローバーやアウディの四駆が、まるで神経衰弱とでも言わんばかりに、等間隔に且つ、3列に揃えて停車していた。


 ただ1台、見慣れない真っ赤なオープンカーを除いては……


 

 「エリス! 生きてたのね!」


 車を降りたアンナは、ナナカ達と話をするエリスを見て、驚きと共に明るい声で彼女を迎えた。


 「何とかね。

  まあ、バチカンの大老たちが聞いたら、さぞ悔しがるでしょうねぇ。

  さながらUEFAカップで、ユヴェントスが決勝敗退したかのような具合に」


 古巣への、ちょいと意味不明な皮肉も健在だ。

 それが一層、アンナの心を落ち着かせた。

 同時に、緊張の糸がほどけた少女がもう1人。


 「アンナっ!」


 コードネームで呼ぶことすら放棄し、ただ単に自分が慕う師が五体満足で帰ったことを嬉しがるナナカ。

 その胸に抱きつくと、声を上げずに、ただ一筋の涙を流すのだった。


 「よかった…生きてて…」

 「ナナカ、心配かけたわね」


 優しい言葉で、幼く柔らかい金髪を撫でるアンナの顔は、母そのもの。

 2人には信仰や任務、そして相棒以上の何かで繋がっていたのだろうが――今は、それより大事な課題が残っていた。


 「さあ、ノクターン。

  この際だから、我々牡牛部隊は、敵に塩を送ってでも、この怪奇事件を解決する所存だからね」

 「それは、こっちも同じよ。 モルガナイト。

  残存する兵力を借りてでも、あの毛玉を燃えるゴミに出してやる」


 現在、メガケサランはコモ湖跡地から微動だにせず、沈黙を守っている。

 あの後も、ラスベガス中心部ではガス管の爆発が多発しており、消防隊は未だに現場へと近づくことができない状態だ。

 1時間前にはとうとう、郊外の住宅街にも毒牙を伸ばし、多数の民家で火の手が上がっているという。

 その上、メガ・ケサランの影響か、一切の通信機器が使用不能となっており、米軍すら状況を報告できない。

 

 この現状を打破するため、さっそくアンナ達牡牛部隊と、ノクターン探偵社の合同作戦タイムが始まったのだ。


 「分かっていることは2つ。

  メガ・ケサランの弱点…いいえ、巨大化したケサランパサランの弱点が、どういうわけか、頭頂部にある渦巻き型のつむじ、その中心部であること。

  奴の触手は都市のガス管に入り組み、大規模な火災を起こしてるだけでなく、シールドのような結界を張ることができる、ということ」

 「この2つを以て、レギオンによるメガ・ケサラン掃討作戦を行った。

  ……ってのがアンナの、いや、バチカンのハイライトってことで、よろしいか?」


 エリスが聞くと


 「JDAMを使った空爆以外は、それで合ってるわ」

 

と、アンナは答えたが、当のエリスはあっけらかんと


 「いっそのこと、空爆もカルトロスのせいにしたら?」

 「ちょっと、私を八つ裂きにさせる気?」

 「いいじゃん?

  元々、レギオンの出撃は、元老たちとカルトロスの勇み足だったんでしょ?

  マハロから全部聞いたわ。

  それに、一発目はメガ・ケサランに打撃与えてるんだから、そこを誇張して上手く報告書にかいちゃえば…ね?」

 「あー…それもそうね。

  また、ネス大司教に呼ばれて説教されるのも癪だから、そうするか」


 勝手に合点する2人だったが、ナナカは咳をコホン。

 

 「しかし、どうするんです?

  その頭頂部への一撃とやらを」

 

 エリスは淡々と


 「そりゃあ、叩き込むしかないわね。

  弱点に渾身の一撃を」


 などと言ってみせたが、問題は既に出ている通りだ。


 「簡単に言いますけどね、ヘリで近づけば、撃墜される危険だってありますよ?

  奴はヘリに対して、またバリアを張るに決まってる」


 そう、ヘリや戦闘機と言った航空兵器で近づくことは不可能な上に、既存の銃や爆薬も通用しない。


 「エッフェル塔よ」

 「え?」


 意味が分からないナナカに、彼女は続けた。

 

 「さっきの攻撃で、メガ・ケサランは反撃のために、パリス・ホテルのエッフェル塔を振り回し、地面に突き刺した。

  南側を走る、ストリップの路面にね。

  この道路は、中心部へ向けて延々と直線である上に、アスファルトがめくれているから、ジャンプ台にはちょうどいいし、車ならメガ・ケサランの足元から近づくことになるから、死角が生まれる可能性が高い。

  加えて、逃げるために頂戴したマシンは、私達が乗っていたのと同じ、コンバーチブルのフォード マスタングGT。

  その心臓はアメリカの伝統、V8エンジン。 パワーに過不足はないわ」

 

 「おい、まさかと思うが…」


 傍で聞いていたマハロの言葉に、エリスはフッと笑い


 「その、まさかよ。

  ストリップを滑走路にして、あの車で宙を舞い、奴の真上から弱点を狙撃する。

  私のサロメ、その力が最大限に発揮できるマウザーの姿でね!

  アトリビュートのパワーなら、妖怪の生み出す結界を、容易く突破できる!」


 彼は大声をあげた。


 「スタントからの長距離射撃だ!?

  絶対にできっこないぜ!

  例えあの世から、アニー・オークレイを呼んできたとしてもな!」

 「アニーでもできないって言うのなら、私がアニーを超えるまでよ!」


 エリスの勢いに、マハロは口を噤んだ。

 だが、アンナは顔を真っ青にして言うのだ。


 「待って。

  あのマシンと、ストリップの状況からして不可能とは言えないわ。

  でも、打ち込むには、あなたが50メートル以上の高さまで舞い上がる必要があるってことよね?

  それって――」

 「最悪、いいえ、単純に私が死ぬってことになるわね」

 「なっ…!!」

 「モルガナイト」


 エリスは、アンナをわざとコードネームで呼び、諭した。

 

 「牡牛部隊のリーダーが、バチカンの裏切り者を案ずる必要性なんて、どこにもない。

  それに、あなた達ご自慢の対バケモノ用兵器が全く通用しない時点で、もう、バチカンのできることは全部終わったの。

  後は、私たちに任せて、そこで祈ってなさい」

 「だとしても、あなたが飛ぶことないじゃない!

  リオのガーディアンを使えば……」


 それに際しても、本人は残酷な現実を、アンナにつきつける。

 

 「そうしたいところだが、私のアトリビュートは狙撃対象を、この目で視認し、正確な弾丸軌道を脳内に、辛うじてでもイメージしないと、確実な効果は得られないんだ。

  やみくもに撃っても、銃の意志が、私の気持ちとシンクロして、ある程度は当たるし、過去に銃弾を撃ち込んだことのある相手なら、その記憶を頼りに、これも銃の方が私の意志に介入して、弾道を補正してくれる。

  でも、今回はむやみに銃弾を撃ち込める相手じゃない上に、私は貨物駅の戦闘で、ケサランパサランの頭頂部を、この目で正確には見ていない」


 「そんな…」


 リオは、手元にアトリビュートであるウィンチェスター銃を具現化させながら言った。


 「このガーディアンで標的を完璧に狙撃するなら、私をヘリコプターで、メガ・ケサランの頭上に運び、そのつむじを視認させるしかないんだ。

  でも、それが無理なのはアンナ、アンタもしってるだろう」

 「……」


 難しい顔をするアンナに、リオは続ける。

 

 「私も、エリスに無茶なことをしてほしくない。

  その点は、アンタと同じさ。

  だが、アカシックレコードと無関係って見方が強くはなったけど、あの化け物をこのまま放っておくわけにはいかないし、仮に米軍が介入しても、奴は倒せない」


 あやめが言う。


 「同感ね。

  幸運を呼び起こす妖怪、そして、運を基礎に人間の生死すら操れる妖怪。

  ケサランパサランの基礎情報が、突然変異で書き換えられたとしたら……。

  生命体に必ず内包されている、死という概念が、奴には、もう存在しないのかもしれない。

  エビデンスなんて大層なものはないけど、雪女の血が、そんな気がするって言わんばかりに疼くの」

 「それって……」

 「アンクル・サムが、怒って核弾頭フットボールを蹴り上げたとしても、奴を殺せる保証は全くないってこと。

  自分の国を死滅させる覚悟で、自分たちが抱え持つ全ての核を、あの毛玉に撃ち込んだとしてもね」


 そう言い切ると、あやめはエリスの肩に手を置いた。


 「あのマスタングは、私が走らせる」

 「アヤ!?」

 「車の運転なら、私の方が秀でてるでしょ?

  あなたは、ケサランパサランの狙撃に集中して!」

 「何言ってるのよ!

  50メートル以上の高さから落ちたら、車どころか、あなただって無事じゃ済まないのよ!

  死ぬかもしれない、いいえ、死んじゃうのよ!

  それだけは…やめて頂戴!」

 

 声を強めるエリスに、あやめは優しい微笑みを向けて言う。


 「言ったでしょ? ノクターンはチームだって。

  こういう大事なところで、独りよがりになって閉じこもっちゃうのが、エリスの悪い癖よ?

  私たちがいれば、奴の奇跡を超えられる。 そう思う」

 「……」


 黙るエリスに、今度はリオが。


 「そうさねぇ…1人より3人、か。

  毛玉を撃つことはできないが、道中をサポートすることぐらいはできるかもな」

 「リオ」

 「私たちはノクターン。

  唯一無二の、怪奇事件専門探偵。

  私たちに不可能なことなんてない。

  D.Cで私と出会った時、確かそう言ったよな?」


 加えて、メイコも。

 

 「やっちまいましょう!

  所詮は大きな毛玉です!

  あの上にでも落ちれば、まあ…クッションかなんかにはなるでしょうよ」


 アハハと、能天気な笑いが、最終的にエリスの表情を緩めた。


 「全く……ううん、皆と出会えて、本当に良かった。

  今は、それをものすごく感じるよ

  ありがとう」


 柔らかく、そして熱い空気。

 旧知のアンナも、この中には入れない、否、入ってはいけないとすぐに判り、頭を掻きながら首を横に振る。


 「この様子じゃあ、私たちはしゃしゃり出ないほうがいいわね」


 エリスは彼女に対して頷くと、続けて廃墟から顔を出す、メガ・ケサランを見ながら言い放った。


 「天からの雷で、山の頂を焼き尽くす……作戦名は、ベテシメシ。

  奴に、そして私に、一番ふさわしいコードネーム」

 「牡牛にいた頃から好きって言ってたもんねぇ…サムエル記が。

  よし、了解した」


 アンナは燃え盛る街を背に、そして整列する諜報員たちを前に、叫んだ。


 「これより、商売敵ではあるが、ノクターン探偵社、および探偵社社長、エリス・ヨハネ・コルネッタと連携し、ケサランパサラン最終殲滅作戦、コード・ベテシメシを発動する。

  なお、この作戦は私の一存で報告書から抹消し、以降、この作戦は歴史上いかなる時間軸にも存在せず、バチカンもその実態を公認しないものとする。

  よって各員は、その場で待機し、標的たるケサランパサランを刺激せぬよう、細心の注意を払え。

  私と部下一名を同伴し、ノクターン探偵社の動向を観察する。

  以上!」

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