96 空爆


 ネバダ砂漠上空を、1人猛然と進む戦闘機がいた。

 バチカンのハリアー GR-V。

 既存の機体をベースに、対妖怪、魔術用兵器を搭載可能としている。


 月明かりの下に、燃えるベガスの街が見えた。

 既に戦闘ヘリ部隊も退避している。



 「クリアード・アタック」


 空爆の準備は整った。

 操縦者が状況を確認し――


 「ファイア。レディ……ナウ」


 操縦桿のレバーが押され、細長い漆黒の塊が両翼より、メガ・ケサランの頭上めがけて落とされた!



 マールス。

 対妖怪・魔術用JDAM。

 つまりはGPS誘導爆弾である。

 


 どんどん高度を下げ、加速していく2発の塊。

 衛星とリンクし、爆弾に搭載されたカメラは正確無比に、メガ・ケサランのつむじの真ん中へ向けて迫っていく!


 街の遠景から、メガ・ケサランへ、そして――!


 「コンプリート!」


 爆弾は正確にメガ・ケサラン頭上で炸裂。

 遅れて爆風と衝撃波が、がれきの山と化したリゾートホテル街を走り抜けた!

 パームツリーが激しく揺れ、倒壊を免れたビルのガラスが一斉に割れ、地上へ降り注ぐ。

 効果は絶大だ。

 アンナも、牡牛部隊も、そして、エリス達ノクターンも、それを感じていた。


 ■


 難を逃れたエリスたち4人は、メガ・ケサランから2ブロック離れた先の交差点にいた。

 ヘリが攻撃を仕掛ける直前、彼女らは路上に乗り捨てられていた、真っ赤なコンバーチブルのマスタングを拝借。

 ここまで逃げていたのだ。


 すぐ角にウェスティン・ホテルを有する区画。

 猛烈な風を受けながら、再度メガ・ケサランを見上げたエリスはつぶやいた。

 

 「アンナの奴、マールスを使ったな…」

 「なんですか、それ?」とメイコが聞いた。

 「巨大な妖怪や、強力な魔術に対して使われる、バチカンのGPS式の爆弾よ。

  過去何度か使用され、その全てで威力が実証されているけど」


 その先、言いたいことは、右隣にいたあやめが代弁してくれた。


 「内に秘めたパワーが未知数だと分かった相手に対して、そんな爆弾が有効かどうか分からないわね。

  この状態なら、私だけでなく、八咫鞍馬の連中でさえ白旗を上げるわよ。

  なんたって、自分の周りにバリアを張ったんだから」


 だが、その心配とは打って変わって、マールスの威力は絶大だった。

 メガ・ケサランの真っ白な毛は焼け焦げ、微かに肉の焦げた臭いが、通りを駆け抜ける。

 触手を周りのホテルに叩きつけながら上げる断末魔も、どこか悲痛。


 「意外と効いたじゃん?」

 呆気なさに、リオが溜息を吐き

 「やっぱり餅は餅屋…か」

 などと言ってのけたが――


 直後、真っ黒に焼けた体毛が、ビデオを巻き戻すかの如く、白く無傷に。

 焦げた臭いも同じく、鼻をひくつかせても感じない。

 

 そう、治癒能力は巨大化しても健在だった、と言うことだ!


 「なっ…!?」

 「やっぱり、ケサランパサランに死角なし、か」


 更に、メガ・ケサランは、天に向けた触手の先端を光らせた。

 それも、先ほどより明るく、紫色に。


 「何をしてるんだ?」

 

 リオの疑問に、エリスとあやめ、そしてメイコが答えを見つけた。

 メガケサランの周囲に、光る膜が見えた。

 紛れもない。

 結界だ!

 

 「おい…アヤ…」

 「リオにも見えるってことは、相当のパワーね」


 刹那、ハッとして、あやめは叫ぶ。


 「エリス、すぐに空爆を中止させて!」

 「まさか!!」

 「ええ、そのつもりでしょうよ!」

 

 メガ・ケサランは、第二波が来ると読んでいる!?

 遠く空に聞こえる、微かなジェットで、エリスの表情は蒼白に変わる。

 JDAMすら通用しないとなれば、否、体内の運をコントロールして、爆弾のGPSを狂わせる可能性だってある!


 彼女はすぐにスマートフォンを取り出し、アンナに電話を掛けようとした――が



 遅かった。


 

 ハリアーから、マールスが2発、落とされる。

 第二波攻撃開始。

 先ほどと同じく、どんどん、つむじに向けて落ちてくる爆弾。


 搭載カメラが、メガ・ケサランの姿を捉えた、次の瞬間!


 ガンッ!!


 トタン屋根にでも当たったかのような、軽く鈍い音が響くと、爆弾が毛玉の遥か上空でバウンド。

 結界が二千ポンド級爆弾を、はじき返したのだ!


 「車に乗って!」


 エリスの叫びで、全員が一斉にマスタングに飛び乗ると、運転席のあやめがロケットスタート。

 ただ一直線の道路を、百キロ近いスピードで、メガ・ケサランを背に逃げていく。


 ベガスの街中で宙を舞う爆弾。

 

 背中に衝撃を受け、大きな爆音を耳にした時、車はようやく止まり、彼女らは絶句した。

 遥か向こう側にあがる火柱。

 マールスの一発が、巨大観覧車ハイ・ローラーに直撃。

 主軸が外れた炎の車輪が、地面に落ちるとそのまま横倒し。

 眼下のショッピングモールを押しつぶして、大爆発を引き起こした!

 何重にも響く爆発音と火柱に、エリスでさえ、目をつぶるほど。


 もう一発は、ストリップを挟んだ反対側にあるホテル・ミラージュを直撃。

 こちらも巨大な火の玉の中に、鮮やかな鉄筋建築が消えていった。

 衝撃波が、周囲を巻き込み、被害が無かったホテル・アンコールのビルを穴だらけにしてしまう。

 辛うじて被害の少なかった北側も、こうして破壊の限りを尽くされ、壊滅。

 

 砂漠の中の奇跡の街は今、全てのラックを吸い取られ、死の淵に追いやられてしまったのだった!


 「このままじゃ…誰も手に負えなくなるっ!」


 身体を震わせながら、エリスは車のトランクにもたれかかって、弱弱しく吐き捨てるしかなかった……。

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