95 レギオン、攻撃開始


 AM0:20

 ラスベガス上空



 ローターから来る凄まじい爆音を響かせ、隊列を組んだ白い天使が、砂漠の街に降り立った。

 AH-64D アパッチ・ロングボウ。

 純白の機体に、交差した鍵のマーク。


 バチカンの持つ軍事力、パチュリー第5部隊。

 通称レギオン。

 

 カルトロスの強権により出撃命令を出された大隊の第一陣が、都市南側からメガ・ケサラン向けて、低空飛行で迫っていた!


 5機のアパッチ、そして、指令機のブラックホークが、眼下に燃えるホテル群を後目に、進み続ける。

 先頭を飛ぶ一機が、指令機に向け無線を発した。


 「アルファ1よりマリア、作戦空域に進入」

 ――マリア了解。

   アルファ1、アルファ2はニュー・フォーコーナーを直進し、エリアA2へ。

   アルファ3、4、5は、後方エリアB3、ホテル・ニューヨークニューヨーク後方にて待機。

 「アルファ1、了解」


 無線を切った直後、3機が急旋回。

 前を飛ぶ2機が、そのままストリップの上を飛び続けると、交差点上空でホバリング。

 機体の下にぶら下がる、強力な機関砲を眼前の敵に向けて。


 相手は、コモ湖のある場所から全く動かないが、周辺の建物からは次々に、爆発による火の玉が噴き出している。

 しかし、こちらに気づいたのか。

 身体をぐるんと回転させ、目玉をヘリに向けた。

 と同時に、地中から突き出た触手のうねりもまた、一段と動きを活発にする。


 百戦錬磨の操縦士でさえ、この状況には心臓が止まりそうだ。

 それでも握ったハンドルを、視線を、機関銃をそらすことは許されない。

 

 「神よ、我が御心をお守りください…」

 

 左手で十字を切ることで、何とか平常心を保っている状態だった。

 

 ――マリアより全機、モルガナイトより攻撃許可を承認。

   コード、ウィンスペクター。

   アルファ1、アルファ2、攻撃を開始せよ。


 賽は投げられた。

 先陣を切る2機のアパッチの銃口が、巨大な白い毛玉に向けられる。

 

 「アルファ1、了解。

  目標、正面、メガ・ケサラン。

  距離 700……発射!」


 バババババ……


 等間隔でメガ・ケサランに撃ち込まれる30ミリ機関砲。

 銃口が光るたび、滾った薬莢が通りに打ち捨てられた車やバスの上に落下し、押しつぶしていく。

 それが二機同時ともなれば、ダメージは絶大だ。

 しかも、昼間のコブラより強力な機関銃。


 全ての弾丸が、逸れることなく、メガ・ケサランの眼球周辺に撃ち込まれた。


 だが――


 「なっ…!?」


 パイロットは、その光景に言葉を失う。


 ――どうした! 状況を報告せよ。

 「全弾命中、しかし、目標の外皮に損傷無し!」

 ――了解。

   アルファ1、アルファ2は離脱。

   アルファ3、アルファ4は目標正面からの攻撃を続行。

   アルファ5は、後方より回り込み、目標頭頂部への攻撃を開始せよ。

   

 先の2機が戦線を離脱し、待機していた3機の攻撃が始まった。

 しかも今回は、2機が誘導、1機が弱点への集中攻撃という算段だ。

 

 急旋回した2機に代わって、新たに2機が同じ場所に。

 そして、もう一機がモンテカルロ・ホテルの影に隠れながら、メガ・ケサランの後方に回り込むと、高度を上げ、眼下のつむじに照準を定める!


 「アルファ5、目標頭頂部への照準確認」

 ――了解。射撃開始!


 再度、重厚で連続した射撃音が、夜の街に響き渡る。

 アルファ5の銃弾も、敵の頭頂部に確実に着弾している。

 しかし――


 「アルファ5、全弾発射。

  しかし、目標頭頂部に変化なし!」

 ――どういうことだ?

 「着弾はしているが、ほとんどが、つむじの周辺に集中している。

  おそらく、それが原因かと思われるが……」

 ――了解した。

   まもなく第二小隊が到着する。全機離脱せよ。

 「了解!」


 結局、最初の部隊は、メガ・ケサランに何の損傷も与えることができずに、戦線を離脱する結果となった。

 この状況には地上のアンナ達、そしてエリス達も苦虫を噛んだ。


 5機のアパッチが国際空港上空へと逃げた時、第二小隊が先ほどと同じく、南側よりストリップ上空をなめながら進入。

 先陣を切るアパッチが、交信を開始した。


 「こちらブラボー1、作戦空域に進入。指示を仰ぐ」

 ――マリアよりブラボー、全機に告ぐ。

   装備を法義式済み30ミリ機関砲から、対バケモノ用誘導弾に切り替え、目標を最大攻撃で迎撃せよ。

 「了解。

  目標、正面、メガ・ケサラン。

  距離 850……発射!」


 今度は両翼に装備されたドラムから、ミサイルが次々に発射されていく。

 メガ・ケサランの身体は、たちまち炎と爆熱に包まれた。

 これほどの巨大とまではいかないほどにも、妖怪やモンスターへの最大攻撃を想定して作れらた武器だ。

 過去、ノルウェーに出現したサイクロプス、レーニア山に飛来したサンダーバードを撃破した実績もある。

 威力は絶大。


 それでも、メガ・ケサランの前には効果はなかった。


 「全弾命中。しかし、目標への損害は見られません」

 ――ブラボー、戦線を離脱し陣形を整えよ。

 「了解!」


 再度、ベガスに新たなアパッチが5機飛来。

 最後の第三小隊だ。

 指揮機は5機を分散し取り囲ませ、頭頂部を周辺に一斉攻撃を仕掛けさせる方法に打って出た。

 それも、ミサイルをまだぶら下げている第一小隊の5機を、再度正面から攻撃させながら。


 南側から直進してきた5機は、それぞれ展開。

 メガ・ケサランの後ろ半分を陣取り、ミサイルの照準を頭頂部に定めた。

 一方の第一小隊は、国際空港から飛来。

 ニューフォーコーナ上空から、一直線に並んでメガ・ケサランの前に。


 「チャーリー1よりマリア、スタンバイ完了」

 「ブラボー1、準備完了しました」

 ――了解、攻撃を開始せよ!


 一斉に10機のアパッチが火を噴いた。

 弾き出されるミサイル。

 これだけを受ければ、例え幸運の女神でもひとたまりもあるまい。


 「なにっ!!」


 メガ・ケサランの周りでうねる触手。

 それらがピンと、天に向かって伸びると、先端を発光。

 刹那、ミサイルがすべて爆散したのだ!


 「チャーリー1よりマリア、全弾破壊された!」

 ――怯むな! 撃ち続けろ!


 すかさず、ヘリはミサイル攻撃を続行。

 しかし再度、触手が発光。

 すると――!


 「うわあああっ!!」


 ミサイルがメガ・ケサランを逸れ、四方八方に散会。

 ラスベガスの街めがけて降り注ぐ!

 商店が、バスが、ホテルが、次々に爆発炎上していく。


 数発がマンダリン・オリエンタルのガラス張りの高層タワーを破壊。

 根元から折れたビルが、ホバリングしていたアパッチの上に覆いかぶさりながら地上に叩きつけられたのだ!

 

 「マリアよりモルガナイト! チャーリー4がやられた!」

 ――なんですって!?

 「どうやらメガ・ケサランは、触手からある種のシールドを放っているようで…」

 

 ブラックホークが報告をした直後!


 「なんだと!」


 メガ・ケサランの触手が、パリスホテルのエッフェル塔を根元からもぎ取り、正面の第一小隊向けて投げつけたのだ!


 「射撃中止! 退避!」


 無線で叫ぶブラックホーク。

 間一髪で全てのヘリが、攻撃を避けたが、アスファルトに鋭角に突き刺さった鉄塔を見て、パイロットの誰もが恐怖をこみ上げる。


 ■


 遠くから様子を見ていたアンナも、歯ぎしりするしか術がない。

 乱発されたミサイルが、ラスベガスを更に地獄に変えていたからだ。

 ほとんどのホテルタワーが倒壊し、見渡す限りの炎。


 「ヘリ部隊でもダメなら、もう、あの手しかない……」


 地獄に仏か。

 グッドタイミングで、アストンマーチンの無線が甲高く鳴った。

 

 「モルガナイト!」

 ――こちら空母トロワ。

   ハリアー、後3分で作戦空域に入ります!

 「了解」


 空爆のために急遽呼んだハリアーが、なんとか到着したのだ。

 バチカンとして打てる、最後の一手。

 アンナは再度、大隊指揮機に連絡を入れた。


 「モルガナイトよりマリア。

  メガ・ケサランに向けて、3分後に航空攻撃を開始する。

  直ちにそこから退避せよ!」

 ――空爆!?

 「私が独断で用意した、裏の手だ。

  これでだめなら、本気で神に祈るしかあるまい。

  繰り返す、直ちに作戦空域から退避せよ!」

 ――了解、撤退する。


 間髪入れず、今度はナナカ達に。


 「ナナカ、聞こえる?」

 ――はい!

 「聞いての通り、もうすぐ空爆を始めるわ。

  奴の魔力で、何が起きるか分からない。

  至急、そこから離れて、空港北側のトーマス&マックセンターの駐車場に移動して頂戴。

  指定していた緊急用のセーフティーエリアよ。

  空爆の影響も、そこまでならないはず!」

 ――了解しました!


 交信の直後、街中にとどまっていたアパッチが、一斉に踵を返して飛び去った。

 それまでやかましかった爆音も鎮まり、再びメガ・ケサランの咆哮が聞こえてくる。

 奢った勝利の勝鬨。

 そうであると信じて。


 「頼んだわよ…」

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