94 マールスを使用せよ
重低音の咆哮を上げるケサランパサラン。
その奥で燃え盛る、ホテルの残骸を前に、目撃者を気取っていた通行人たちは皆、一目散に、反対側へと走り逃げ出す。
悲鳴を上げ、転び、そしてカメラを構えながら。
その中で、アンナは愛車のアストンマーチンに乗り込み、エンジンをかけるとアクセル全開。
まっすぐ、メガ・ケサランの方へと走っていく。
「大人しくしてなさいよ……」
すぐ前の交差点。
落下してくる瓦礫を避け右折。西進すると、ハイウェイ15号線をまたぎ、その先にある鉄道線路との立体交差まで逃げ切り停車、車外に飛び出した。
倒壊したベラッジオホテルの向こうで、メガ・ケサランは依然と輝きを放ち、触手を伸ばしていた。
封鎖措置が取られたのか、ハイウェイには車がいない。
「エリス…いや、あいつなら逃げ切れるはず」
過去の仲間を気遣う中で、彼女のスマートフォンには、今の相棒から電話が。
――アンナ…よかった、無事で。
涙声のナナカに、彼女は安堵すら覚えた。
「ナナカ!」
――今、どこです?
「ハイウェイ15号線の38番出口よ。
ケサランパサラン…いえ、メガ・ケサランは、そのパワーを暴走させ、ニューフォーコーナ周辺を焦土と化したわ。
そっちは?」
――ハイ・ローラー裏手の駐車場で、マハロたちと一緒にいます。
アン……失礼、モルガナイト、レギオンのヘリ部隊、第一陣が間もなく、行動空域に到達します。
3分後に、攻撃開始。
「了解。後の指示は偵察機と、大隊指揮機に一任する。
牡牛の全部隊は、各自セーブゾーンへと帰還せよ」
そう言うと、アンナは電話を切った。
攻撃部隊への一任。
弱点は既に、攻撃部隊へと知らされているはず。
それでも、彼女には不安材料があった。
果たして、ヘリだけでメガ・ケサランを討伐できるのか。
爆発音の響く街を睨み、アンナは愛車に乗り込むと、無線を引っ張り周波数を変える。
交信の相手は、ヘリではない。
「モルガナイトより、フロリダ湾で待機中の偽装空母へ」
昼間に攻撃を加えた部隊。
彼らがいる、別の偽装空母だった。
――こちら、偽装空母トロワ。
状況は、マハロから聞いている。
「私の記憶が正しければ、その空母には整備中の戦闘機がいたはずよね。
ハリアー GR-V。
バチカンの法義式済み兵器を搭載できる、艦載攻撃機が一機」
――ああ。既に修理は終わってるが、それが?
アンナは続ける。
「そいつを、今すぐに発進できるか?
ハリアーに搭載している、“マールス”を使いたい」
――JDAMだと!?
「モンスターや、強力な魔術師を一掃するために開発された、GPS誘導式の精密投下爆弾。
これなら、奴を倒せる。
メガ・ケサランの弱点は、頭頂部のつむじなんだからね」
――バカを言え!
奴がいるのは人口密集地だ。
教会の許可なく、そのようなところへの空爆は……
相手に負けじと、アンナも叫んだ。
「状況が変わってるの!
ヘリ大隊の攻撃が失敗すれば、残る手段は、マールスを使った、ピンポイント空爆しかない!
既に、出撃コードは、カルトロスを通じて出ているはずよ!」
――しかし!
「全責任は、私が取る!
つべこべ言わず、速やかに、ハリアーを発進させなさい!
コード、ウィンスペクター!
攻撃ポイントは、ベラッジオホテル付近の標的X」
――り、了解!
言葉だけの気迫に圧倒された通信員は、それだけ言うと無線を切った。
「早く逃げなさいよ、エリス。
もうすぐ、本当の戦場になるんだから!」
アンナの右手、南側に星よりまばゆい光を、空に見る。
来た。
ヘリ部隊の光源だ。
発行体の中に、点滅する赤い光があるのが、その証拠。
今度は、無線を大隊指揮機に繋いだ。
「モルガナイトより大隊指揮機へ」
すぐに、ヘリ搭乗員が答えた。
――モルガナイト、どうぞ。
「既に連絡があったと思うが、標的はフェニックス・インペリアルホテルから、Xへと変更。
相手は推定身長50メートルの巨大生命体。
昼間に、空母トロワより派遣された部隊が交戦した標的、これの母体であると推測される。
尚、只今より標的Xを、メガ・ケサランと呼称する」
――了解。
こちらも、状況を視認している。
攻撃方法を最大攻撃から、連続攻撃へと変更。
会敵時刻を0020に修正する。
「了解した。
コード、ウィンスペクターを継続。
以降の攻撃は、そちらと既に滞空中の偵察機との連携のもと、臨機応変に行ってほしい。
もう一度言うが、敵の弱点は頭頂部にある、渦巻き状のつむじ。
また、その側面に対しての物理攻撃も、ある程度有効である」
――分かった。
神の御加護を。
聖職者同士の挨拶で、無線を終えたアンナでだった。
ここからは未知の領域。
バチカンの装備、その威力は彼女も知っている。
しかし、運を司る相手に、対バケモノ用兵器がどこまで通用するか。
不安と期待の入り乱れる中で、彼女は車内から状況を見守るしかなかった。
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