2日目・深夜~メガ・ケサラン誕生。ベガス完全崩壊!

92 ラスベガス崩壊!!


 ラスベガス全体で、異変は既に起き始めていた!



 ダウンタウンではスロットマシーンが一斉に誤作動。

 ありったけのコインを吐き出しても、リールが回り続け、ルーレットの銀玉が自分勝手に走り出し自爆。

 終いには、ビニオンズやフリーモント、複数の建物のネオンサインがスパーク!

 火花が飛び散る通りを、悲鳴がこだました。


 中心部のカジノでも、同様の事態が起き客もディーラーも大混乱。

 監視モニターも次々と爆発。


 ホテル・マンダレイベイでは、氷で作られたアイスバーに異変が。

 キーンという耳鳴りの直後、壁から彫刻から、グラスまで。

 カナダ産の自然氷でできたバーの備品が、次々とひび割れ破砕。

 客は防寒具と手袋のまま、店を飛び出していく。


 ホテル・ミラージュでは、入り口に開かれた泉で火山が突如噴火!

 無料ショーの先駆けとして知られる、火山ショーの舞台装置だが、開園時間でないにもかかわらず、泉の至る所から炎が噴き出したのだ!

 まるでガスバーナー。

 その美しさに、通行人は嬌声を上げてスマホを向けるのだが……。


 ブレーキを失い制御不能となった巨大観覧車、ハイ・ローラーの足元でも異変が。

 ホテル・ザ・リンク。

 展示されている時価総額1億ドル以上、約250台のクラシックカーが一斉に悲鳴を上げた。

 突如エンジンがかかり、クラクションを吹きながら、左右に揺れ出す。

 かと思えば、数台が動き出し、会場内を暴走。大事故を起こしていく。

 ロールスロイスが黒のシェビーSSに乗り上げ、カスタムされたクラシック・フォードが横転。

 ハリウッドに恨みでもあるのか、薄汚れたハービーが、ブルースブラザーズのフィギュアを跳ね飛ばすと、奥に停まったクラシックカーを次々に押しつぶしていく。

 トランザム、リンカーン、イセッタ、デロリアン。

 スクラップとなる高級車たちを、ホテルスタッフは傍観するしかなかった……。

  

 どうしてこんなことが?


 砂漠の街にいる全員が、答えを分からぬまま生贄になろうとしていると知らず。


 ■


 正規の出入り口を突破して、フェニックス・インペリアルホテルを出たエリス達。

 彼らを出迎えたのは、誰もいない駐車所。


 「アンナ、他のメンバーはどこ行ったの?」 

 

 エリスが聞くと


 「全員、退避させちゃったわよ」

 「じゃあ、あなた一人で!?」

 「ええ、そうよ。

  レギオンの爆撃もあるからね、足手まといが出て、仲間を無駄死にさせるなんて御免だわ。

  それにノクターンを、特にエリス、あなたを助ければ、教皇庁から何を言われるか分かったもんじゃない。

  証人は、いないに越したことはないのよ」

 「なるほどね」


 だが、地下からの異変は、すぐに彼女たちに追いついた。


 「!?」


 足元を襲う、微弱な振動。

 彼女のアストンマーチンだけが取り残された広大なアスファルトの広場が、一瞬でひび割れ、カタカタと音を鳴らしている。


 全員、心臓が最高潮に荒ぶっているのは確かだ。


 「アヤ――」

 「聞かないで。

  今はアイツが、どうなってるのか、考えたくもない」

 「だな…とにかく、ここから脱出しないと!」


 エリスとあやめが、冷静さを保ちながら話す傍で、今度は地面が小刻みに揺れ出した。

  

 「これ、ガチでヤバイですよ!」

 メイコが言うと、リオが叫ぶ。

 「おい、バチカン! 他のメンバー呼び出せよ!」


 アンナも叫び返す。


 「無茶言わないで!

  言ったでしょ?

  爆撃指令が出たから、全員安全なとこまで逃がしちゃったって!」

 「じゃあ、お前の車――」

 「生憎だけどね、私のラピードSは、2人しか乗れないのよ!」

 「おいおいおいおいおい!

  じゃあ、なにか? ジャッキーチェンみたく、屋根にしがみつけってか?」


 リオの苛立ちに、アンナの限界も頂点に達しようとした、その時だ。


 パーッ!!


 長いクラクションと共に、ニッサン製のSUVが一台、駐車場を横切って、エントランスの前に停車した。

 運転席の窓を開け、姿を見せたのはエリスの情報屋、ボブ・イーゼル。


 「ボブ!」

 「姉御、早く乗ってください!」

 「ありがとう!

  3人は、ボブの車に!

  私は、アンナの車に乗るわ。バチカンの爆撃も気になるからね!」

 

 地獄に仏。

 すかさず、エリス達はボブの車に乗り込む。

 一方のアンナとエリスは、ヒビだらけの駐車場を走り、ワインレッドのアストンマーチン ラピードSに。

 

 「エリス! これ以上は、もう何があっても助けないからね!

  何回も言うけどあなたは、もう――」

 「バチカンの人間じゃない、でしょ?

  心配せずとも、ここを出たら自由解散よ」 

 「分かってるなら、それでいいのよ。

  今回のミッションは、お釣りをもらっていいくらい、アンタたちに尽くしたんだから」 

 「そのセリフこそ、これで何回目?

  そろそろ、腐れ縁と昔のよしみで、よろしくしてくれるって認めたら?」


 車に乗り込んだ2人。

 アンナが、スマートキーを始動させた。


 「……できるもんなら、戻りたいわよ。

  あなたと2人で、世界中を駆け回っていた、あの頃に」

 「時計の針は戻せないし、止めることはできない。

  そう、その中で永遠に固執し続けたゲイリーのように。

  でも、その過程で築いた信頼とつながりは、永遠に生き続ける」

 「分かっているさ」

 「……私も、口ではノクターンの皆が大事って言ってるけど、アンナ、あなたの事も気がかりなのよ。

  バチカンの捨て駒になって、何もかも失わないかどうか……。

  だって、孤独だった私が巡り合えた、初めての友人なんだから」


 その言葉に、アンナは答えずギアを入れる。


 「チェックアウトよ。捕まってなさい!」

 「オーケイ!」


 急発進でホテルを出た直後、駐車場が陥没。

 大穴をぽっかりと空けてしまった。

 2人の感情、その答え合わせを待っていたかのように――。


 ■


 駐車場の陥没、その大きな地響きが、ラスベガス中心部をこだました。

 と同時に、ベラッジオホテル周辺のストリップを、激しい揺れが襲い始めた!

 人々は悲鳴を上げ、大通りを走る車は一斉に、テールランプを灯す。

 アスファルトが、パームツリーが、トロリーバスが、左右に小刻みに揺れ、ストリートを突き上げる!


 「地震だ!」

 

 悲鳴を上げ、しがみつき、人々は這いまわる。

 ストリートのショーウィンドウが一斉に割れ、ホテルの窓ガラスにもヒビが入る。

 急ブレーキをあげた車が、1台、また1台と玉突き。


 噴水で有名なコモ湖も、大きく波を立て、ストリートへ白波を打ち立てた。


 「全員、通りから離れて!」

 「急いで離れて!」

 

 居合わせた警察官が、大声で誘導する少し先の交差点では、地震も事故も起きていない。

 どうやら、異変はコモ湖周辺だけのようだ。

 しかし、何故?


 フェニックス・インペリアルホテルを抜け出したエリスとアンナ。

 2人の乗るアストンマーチン ラピードSは、ベラッジオホテルの北側交差点、フォーコーナ角に立つ、フラミンゴ・ラスベガスの前に停まった。

 元はマフィアが築いた老舗リゾート。

 街の伝統たる、真っ赤なフラミンゴの羽のネオンサインに、ワインレッドの車体が輝きを増している。


 エリスは車から降りると、地震に見舞われているベラッジオホテル周辺を見た。

 通りを挟んで立つ、パリス・ホテルのランドマーク、エッフェル塔も、大きく左右に触れているのを見て、揺れの大きさを察する。

 だが、前述の通り、エリスのいる場所では何も起きていない。


 人々が心配そうに立ち止まって、カメラを向けているし、規律よく停車した車両群も震えていないからだ。


 「局地的な揺れってこと…でも、一体……」


 困惑するエリスの前に、ボブのSUVが停車。

 助手席から降りたあやめが、真っ先にエリスのもとに駆け寄る。

 リオもメイコも、車から降りた。


 「無事だったのね!」

 「なんとかね。 それよりアヤ――」


 あやめは、エリスが聞きたいことを察して頷いた。


 「もう、ホテルから離れたし大丈夫とは思うけど、心配なのは、あのケサランパサランがどうなってるか。

  地理的に言って、ゲイリーがこしらえた量産工場は、今地震の起きているエリアのあたりで合ってるはず。

  だとすれば、この地震は彼の夢の跡が崩れていく音なのか、あるいは……」

 「妖気は感じる?」

 「いいえ。私は所詮、半妖。眼前に広がる気配なら分かるけど、地下となれば全く」


 首を横に振るあやめの向こう、正真正銘の妖怪であるメイコは叫んだ。

 

 「いいえ、感じますよ!」

 「本当なの?」

 「ええ、とてつもない妖気です。

  車を降りた瞬間から、ここまでビリビリ来ています。

  足の裏に、まるで電気風呂に浸かっている感覚で!」


 それを裏付けるかのように、アストンマーチンの車載無線が突然音を立てる。

 ベガス上空を旋回する、レギオンの偵察ヘリからの緊急連絡だった。


――偵察機よりモルガナイト! 

 「どうした!?」


 運転席で無線を引っ張るアンナ。

 エリスは窓越しに、その内容を聞いていた。


――コモ湖地下より、強力な妖気反応を検知しました!

 「なんだと!?」

――観測計の平均値70を超え、尚上昇中!

  上昇率20……90……200パーセントを突破……測定不能!!


 その報告に、冷汗が止まらない!

 バチカンにいた時のエリスですら、そんな数値は聞いたことが無かったからだ。


 「何を始めるつもりなのっ!」


 刹那!


 ドオオンっ!

 

 突然、ストリップの左車線が思いきり盛り上がり、アスファルトが剥がされた!

 黒い壁となった道路から、破損した水道管が顔を出し、雨を降らせる。

 否、降ってきたのは水だけじゃない。

 その上に放置された数台の車が、エリス達のすぐ横に降ってきたのだ!

 

 逃げ惑う人々。

 車は、信号待ちをしていた車両群を押しつぶし、転がっていく。

 エリス達の真横でも、空から降ってきたフェラーリが、フラミンゴ・ラスベガスのネオンサインを直撃!

 火花を纏いながら、鉄くずと化した超高級車がボブのSUVを押しつぶしたと思いきや――


 「爆発するぞ!」


 リオの叫び声で、急いで走り逃げた直後、破損したネオンサインから火花が、事故車両に降りそそいだ。

 無論、大破したフェラーリから漏れ出したガソリンに引火、炎上。

 瞬く間に、下敷きになったSUVにも燃え広がり、爆発を起こした!


 「あ、危なかった…」


 腰を抜かすボブ。

 彼は、愛車が押しつぶされる直前に逃げ出し、何とか無事だった。


 火元に近く、爆発の衝撃で転んだリオとメイコには、あやめが走り寄った。


 「大丈夫、メイコ?」

 「ええ」

 「リオも」

 「なんとかな…びっくりしたよ、全く」


 一方、エリスは、アンナの元へ

 彼女は車ごと歩道に乗り上げ無事だった。

 ピカピカの愛車、そのバンパーをオシャカにしてしまったが。


 「生きてるわね」

 「当たり前でしょ?

  あーあ、また工場行きじゃない……こないだの仕事でも壊しちゃったのに」

 「修理が嫌なら、安いヒュンダイあたりにでも乗り換えなさいな。

  命があっただけ、マシでしょ?」

 「ワインレッドのアストンは、私のシンボルよ。

  冗談と言えども、それだけは御免だわ」

 「それは失礼」


 だが、風景が様変わりを始めたフォーコーナーの向こう。

 凝視するエリスは、冷静におどけながらも、混乱する脳内の熱をどうにかして抑えようとしていた。

 何が起きているのか、エリスでさえ分からなくなっていたからだ。

 次の一手、皆目見当がつかない!


 「ケサランパサラン…お前はいったい、何をしようとしてるんだ!!」

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