91 シュバルツの銃撃― ジェンキンス死亡


 AM0:09

 ホテル・ルクソール前


 大きなスフィンクスが出迎える、エジプトをイメージしたホテル。

 奇抜なピラミッド型のホテルが目玉で、その頭頂部からは、夜空に向けてレーザー光線がふんわりと向けられていた。


 バチカンの仕掛けた爆弾騒動による陽動作戦で、このホテルの前にも先程まで多数の警察官がいたが、今は他の場所に向かったのか、敷地内には誰もいない。

 そのホテルの前に、黒のポルシェ ケイマンGT4が停車した。


 フェニックス・インペリアルの地下工場から逃げ出した、シュバルツの愛車である。

 手負いの彼女に代わり、ハンドルを握るのはレベッカ。

 

 「ここまで来れば、大丈夫かしらね…」

 バックミラーに、微かに映るフェニックス・インペリアルのタワーホテル・ビルを見ながら、シュバルツは言った。


 「どうかな。あの毛玉は私たちがいたって言うのに、微動だにしなかった。

  力を失くして弱まっていたのか、それとも――」

 「どうなろうと、あの量産工場から生きて出るなんて無理じゃん?

  入るだけでも、一苦労だったのに。

  ノクターンもバチカンの犬も、今頃、アンモナイトみたいに地中に埋まってるに違いないわ」

 

 楽観的なレベッカとは対照的に、シュバルツは思い詰めた眼差しで、ルクソールのピラミッド・ビルを見上げていた。


 「ならいいんだけど……」

 「兎に角、まずは飛行機に帰って、シュバルツの傷を治さなきゃ。

  マーガレットのわからずやが、あのまま寝てることを祈るけどね」


 そう言って、スマートキーを押し、エンジンを唸らせた直後!


 「レベッカっ!」


 ダン! ダン! ダン!

 唐突に、ポルシェのサイドに撃ち込まれる弾丸。

 直後、フロントの破損した、赤のメルセデス AMG-GTが、分離帯を飛び越え反対車線に。

 逆走しながらポルシェに向って突っ込んでくる!


 「…っ!」


 ギアをバックに入れ替え、アクセル全開!

 猛烈なスピンで、荒れ狂うAMGを交わしたレベッカ。

 ポルシェは、テールライトギリギリのところでAMGを交わし、今度はこちらが逆走する形で停止。

 代わりに、ノンブレーキのAMGは、そのまま歩道に。

 芝生をかき分け、その先にそびえ立つ、ホテル・ルクソールの、オベリスク型の広告塔に激突して沈黙。

 エンジンルームを完全に押しつぶし、原形を留めない高級車は、猛烈な煙とクラクションを吹き出す。

 

 「なに!?」


 混乱するレベッカに、シュバルツはシートベルトを外しながら言った。


 「レベッカ……私たちどうやら、あの時1人、殺し損ねていたらしいわ」


 恐る恐るAMGに近づく通行人だったが、勢いよく蹴り飛ばされたドアと、運転手が持つモノを見て、悲鳴を上げた。

 蜘蛛の子を散らす群衆の向こうに、彼はいた。

 

 運転していたのは、フェニックス・インペリアルのホテル総支配人、ジェンキンス。

 頭から血を流し、ぎらついた目とグリルを光らせながら、右手にコルト・ガバメントをぶら下げて。


 「あのグリル野郎、地下駐車場にいたはずなんだけど、運よく、あの暗闇を逃れたって訳ね。

  まだまだ、私たちの技も練習不足ってことだわ」

 「そんなこと言ってる場合?

  シュバルツ!

  あいつ、完全にキレてるわよ!」


 その通り。

 彼は、コルト・ガバメントを、こちらに顔を向けているポルシェに向け、歩きながら撃ち始めたからだ。


 「よくも、俺たちの全てを……しねええええ!」


 コルト・ガバメントを乱射するジェンキンス。

 漆黒の車体に穴が開き、ミラーやヘッドライトが吹き飛ぶたびに、宝石を纏ったグリルが、汚い嬌声と共に、ネオンサインを反射させる。

 全ての弾丸を撃ち尽くしても、口角を上げて、トリガーを引き続ける彼に、助手席を降りたシュバルツが反撃に出る!


 「愛車を傷物にした罪は重いわよ」

 「あ…あっ…!」


 彼女が手にしていた獲物。

 ドアの端から現れたそれに、ジェンキンスは狼狽して固まる。


 前に折りたたまれた、独特なショルダー・ストックの形ですぐに判った。

 Vz61 スコーピオン。

 

 「お前は、獅子の握手にそぐわない人間だ。

  私たちの世界には必要ない……死ね」


 ダダダダダ!

 

 有無も言わせぬ、小刻みに連続した銃声。

 小さい口径の弾丸を使用するスコーピオン。

 故に、複数の弾丸を、同じ標的に打ち込みやすい。

 

 シュバルツの銃撃も例外ではない。

 装填された20発の弾丸は、余すことなくジェンキンスの身体に撃ち込まれ、血を吹き出しながらツイストを披露する。


 「…フッ」


 アスファルトに、最後の薬莢が転がり落ちる頃。

 ジェンキンスは膝から前に崩れ落ち、その体を自身の血で染めながら絶命した。

 

 足元に転がるグリル。

 血に染まった宝石に、儚さを見た。


 「妖怪の力で運を得た男と、それに吸い寄せられた者たち…か。

  こいつも、犠牲者なのかもしれないな。

  ゲイリーの運に惑わされた、数多の魂の一つ」


 スコーピオンを片手に、ポルシェに乗り込もうとした――


 「おい、なんだアレ!」


 取り巻きの通行人の声に、シュバルツも振り返り固まった。


 ホテル・ルクソールのピラミッド・ビル。

 頭頂部から放たれるレーザー光線が、荒ぶるという表現が正しいほどに、乱れていた。

 

 サーチライト。

 

 一直線に伸びる光は輝きを増し、グルグルと回転しながら、夜空の四方八方を切り裂いていた。

 これからショーが始まる。

 とでも、この街に訴えるかのように。 


 何が起きているのか、理解できないまま。


 「うわっ!!」


 頭頂部全体が大爆発を起こし、大きな火の玉がピラミッドから吹き出した!

 炎を纏った破片が、ビルの側面を滑り落ち、窓ガラスを割っていく。


 その光景に、シュバルツは鳥肌。

 急いでポルシェに乗り込んだ!


 「シュバルツ?」

 「早く! ここにいたら危険だ!」

 「まさか!?」

 「ああ、そうでしょうよ。

  ノクターンもバチカンも失敗したみたいだ……。

  ケサランパサランが暴走してる。

  それも、クライスラー・ビル級のどでかい奴がな!」


 あの大きさのケサランパサランが!?


 レベッカも事の重大性に、血の気が引いた。

 

 「空港に着いたら、すぐに飛行機を離陸させろ!

  管制塔の言うことは全部無視だ!」

 「分かった!」


 リアタイヤを空転させ煙を吐きながら、2人の乗るポルシェは炎の上がるホテル・ルクソールを離れ、一目散に空港へ向かう。


 飛行機の離陸すら手遅れになるかもしれない。

 そんなことも、知る由もなく――

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る