2日目・深夜~ゲイリー死亡、そして異変…

89 ガントリークレーン

 ゲイリーの存在を忘れていたわけではない。

 要は、生死にかかわるレベルの邪魔者が入ってきたために、見失ってしまったのだ。


 だが、戦場に言い訳は通用しない。

 エリスには、それが痛いほど、経験として刻み込まれていたはず。


 顔をしかませ、頭上のガントリークレーンを見る姿で全てが察せるだろう。

 コックピットには、片腕を失ってもレバーを、ちょこまかと操作するゲイリーがいた。


 器用であると賛辞を呈するほどに。

 

 だが、事態はそんな呑気な状況とはいかない。


 「くそっ!」


 変形した培養ポッドを引きずり、エリスを追いかけ始めたのだ。

 背後から迫りくる鉄くずに、焦りながら、彼女は通路から飛び降り、高層ポッドの天井へ。


 「なんとか……うおっ!」


 肩で息を切るエリスを裏切るように、クレーンは変形したポッドを捨て、別のポッドを引き上げ始めたのだ。

 その時に、エリスは気づいたのだ。

 ポッドの天井に取り付けられた、O字型の金属。

 大きさ関係なく、工場内の全てのポッドに取り付けられていた。

 これは、ガントリークレーンでポッドを移動させるためのフック。


 ゲイリーは、クレーンを動かし、最後の足掻きに出たのだ!


 「まったく、アーケードじゃないって~のっ!」


 引き上げたポッドを、振り子の原理で高層ポッドにぶつけてきた!

 あぶない!

 エリスは難なく、別のポッドへと逃れたが、吊り上げていたポッドの下半分がちぎれ、空中を舞いながら、刀を交えていたあやめとレベッカの上に落ちたのだ!


 「アヤっ!」


 他のポッドも破壊しながら、激しい轟音と煙、そして中に保管されていたケサランパサランが舞い上がる。

 叫びに呼応する声がない。

 エリスの脳裏に、最悪の事態がよぎったが――


 「大丈夫よ…なんとかね」


 煙の中に聞こえる咳こむ声。

 あやめは村雨を解除し、武器を愛銃のベレッタに持ち替えて、大声で生存を訴えた。


 「…よかった」

 「簡単に殺さないでよ。エリス」


 余裕の笑みが、互いの心を安堵させた。

 無論、それを見ていたリオとメイコ、そしてアンナも――。


 ■


 一方のレベッカも、間一髪直撃を免れ、空中通路に飛びあがった。

 そこに、愛しき人の姿。

 

 「レベッカ…無事だったみたいね」

 「シュバルツ!」


 手を撃たれ出血を押さえるシュバルツに、レベッカは目を丸くして駆け寄った。

 待ってて。

 そう言いながら跪いて、ポケットから取り出したハンカチを、犬歯で噛み切りながら、恋人の手当てをしていく。

 素早く、丁寧に。

 白い布を、好きな人の血が、じんわりと伝わっていく。


 「痛くない?」

 「ううん。ありがとう」

 「ノクターンの連中め……っ!」


 恨みを込めて、キュッとハンカチを強く締め付けるレベッカの肩に、シュバルツは手を置いて諭した。


 「よく聞きなさい、レベッカ。

  ここから逃げるわよ」

 「何を言ってるの?

  まだ、ゲイリーとケサランパサランを――」

 「アレを見なさい」


 顎をクイッと向けた先に、レベッカが見たのは、触手を自分の中に差し込んで縮こまっている、巨大なケサランパサランの姿だった。


 「私たちが戦い始めてから、ずっとあのままよ。

  何か、嫌な予感がるするの。

  あの毛玉は普通じゃない」

 「暴走…ってこと?」

 「可能性はあるわ。

  ゲイリー・アープは、この巨大なボスの力を吸収して、自分の姿を青年に若返らせたんだからね。

  それに、もうすぐバチカンのハエ共が、ホテルを爆破するみたいだし、この私が手負いの状態じゃあ、バツが悪い。

  ここは悔しいけど、撤退するに限るわ」

 

 立ち上がったレベッカは、シュバルツの手当てした手の甲にキスをして言うのだった。

 それが了承の合図であると、互いに知っていても。


 「分かったわ、シュバルツ」

 「そうとなれば、飛行機に戻って反省会よ」

 「……うん」

 

 ■


 ゲイリーの狂乱は止まらない。


 「あははは、死ね死ね~」


 ガントリークレーンを動かし、手当たり次第に培養ポッドをつまみ上げ、放り投げる。


 「もう、工場も毛玉も必要ねぇや!

  俺には巨大なケサランパサランがいる。

  こいつと一緒にいれば、何もかも、やり直せるんだ!」


 あっちへポイ。

 こっちへポイ。

 培養ポッドが床を転がり、ぶつかり合い、壊れるたびに、大量のケサランパサランがホコリのように、空中に漂い始める。


 エリス達は逃げ回るだけで、埒が明かない。

 

 「全員、アトリビュートから銃に持ち替えて!

  あのクレーンを止めるわよ!」


 エリスの叫びで、全員、装備を解除。

 各々の愛銃を取り出し、セーフティーを解除すると、頭上のガントリークレーン向けてトリガーを引いた!


 クレーンのワイヤー、可動部、そして運転台。

 それぞれに弾丸が撃ち込まれていく。

 

 この状況で、エリスの銃、MP412 REXはかなり不利だ。

 リボルバーの上に、中折式。

 撃てる弾数が少ない上に、装填に時間がかかる。

 ノクターンのメンバーで、リボルバーを使ってるのは彼女だけだ。

 しかし、長年この銃と連れ添った彼女に、そんなまどろっこしい考えなどない。


 手練れた腕で、銃から空薬莢を捨てると、スピードローダーで弾丸を装填し、銃撃再開。

 更に、バチカン時代に鍛えた腕は見事で、運転台のガラスに穴をあけていく。


 「ひいっ!」


 貫いた弾丸は、彼の肉体を貫き、赤い血を噴出させる。

 が、空間を漂うケサランパサランが、吸い寄せられ傷口を塞いでいく。

 

 「ハハハっ! いいぞ、いいぞ!

  それでこその我が子だ!」

 「ケサランパサランの加護って奴は健在か」

 

 唇をかむエリスをよそに、ゲイリーの笑い声は癪に障るほど爽やかだ。

 だが、エリスの中から冷静さが失われたわけではない。


 青年と化したゲイリーの姿。

 見慣れてきた光景に、一か所だけ不自然な点があるのだ。


 失われた右腕が復活していない。

 クレーンで、ケサランパサランの詰まった培養ポッドを、破壊しまくっている。

 それによって、大量のケサランパサランが、密閉された空間に放出されているにも関わらずだ。


 この量産工場のポッドは、ぱっと数えただけでも百以上はある。

 高さ5メータークラスのモノだって、既に5本も破壊されているのに。

 

 おかしい。

 

 その理由を、エリスは浮遊するケサランパサランの中に見つけた。

 

 「これはっ!」

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