88 エリスの助太刀

 

 あやめの言う通り、リオとシュバルツの戦いは、かなりの苦戦であった。

 サシの勝負で、尚且つリオが、自身の操るアトリビュート ガーディアンの欠点を知っていたとしても、だ。


 かつて、婚約者を殺した相手。

 感情が揺らがないよう抑制するなど、いくら自己暗示をかけたとしても、容易にできるはずもない。

 空間を飛び回り、アトリビュートであるダガーナイフを投げてくるシュバルツの攻撃を、リオはやっとの思いで交わしている状態だった。


 怒りと憎しみ、そして、あの時の悲しみがこみ上げ、ガーディアンの弾道どころか、支える両手が震え照準すらままならない。


 例え、飛んでくるナイフを撃ち落としたとしても、瞬時にこぼれた刃は復活し、また主の手元に戻ってくる。

 アトリビュート ブラッディ・バージン。

 先祖、エリザベート・バートリーが殺した、数多の少女の怨念を纏った宝具。

 シュバルツの中を熱い血が流れ続ける限り、ナイフは敵を切り刻み続ける。

 姫の喉の渇きを癒すために、そして、亡霊たちが遺恨の行列に引きずり込むために――。


 「どうしたの、リオ。ぜんっぜん当たらないわよ」

 「くっ!」

 「もっと真剣にかかってきなさい?

  草葉の陰から、ドケットが笑ってるわよ」


 その名前に、今までせき止めていた感情が一気に、叫びとしてあふれ出した!


 「その名前を、お前が言うなあああああああああああああああっ!!」


 怒りに身を任せ、ガーディアンの引き金を思いっきり――

 カッ!

 銃弾の込められた手ごたえがない。


 「そ、そんな!」


 焦りながらも、レバーアクションで意識の銃弾を装填し、再度、引き金をひくも手ごたえ無し。

 ガーディアンが、自分の声に、五感に、心に反応していない!?


 「まさか、私の……!?」

 「恨み過ぎたんだよ!」


 リオの前に降り立ったシュバルツは、ナイフを舐めずりながら言った。


 「重火器系のアトリビュートは、精神面への影響が大きい。

  一度冷静さを失うと、敵を見失う。

  意志の象徴たる弾丸、これを相手に打ち込むこともできなくなる。

  つまり、気持ちの波が大きく荒れると、容易に弾丸を発射できなるなるって訳。

  それくらい、知ってるでしょ?

  だから、私は煽ったのよ。

  百発百中のガーディアンから逃げるには、これしかないんだからさ」

 「黙れっ!」

 

 何度もレバーを引き続けるが、恨みで心の眼が曇ったリオに、ガーディアンは応えてくれない。

 焦燥感と共に、遂にはレバーすら動かなくなった。


 「そんな…誰かっ……」


 エリスがリオを助けるために、2人のもとに向って数分は経過している。

 しかし、今ここに彼女の姿はない。

 メイコは、階下で激戦を繰り広げている、あやめとレベッカの援護に回っていた。

 

 今のリオに、援軍がいない。


 「フフ…私の勝ち」


 走り出したシュバルツの瞳には、うろたえる1人の女。

 ダガーナイフが、一層光り輝くとき。


 「しねえええええ! リオ・フォガート!」


 振り上げたその刃が――火花を散らした!


 「!?」

 「エリス!」


 リオの前に立ちふさがったのは、レイピアを構えたエリス。

 宝具自らの能力である“換装”によって、長剣へと姿を変えたサロメで、シュバルツの勝機を打ち砕く。


 「ちょっと、彼女は私の可愛い仲間よ。

  殺すとか、そんな残酷な事、しないでくれる?」

 「エリス・コルネッタっ!」

 「いつ受けても、いい手応えねシュバルツ……ほんと、怖くなるほどに」


 はじき返されたシュバルツ。

 後転しながら体勢を立て直した。


 その間に、エリスは背後で息を整えるリオを見た。

 顔を見ることなく、ただ横目で。


 「大丈夫か?」

 「すまない」

 「謝ることはないわ。

  好きな人を、簡単に切り捨てられるほど、冷徹な人を仲間に入れた覚えはないしね」

 「エリス…」

 「誰だって、昔の傷をほじくられたら、そうなるわ。

  それが、遊び半分の感覚なら猶更。

  でも、今は怒るときでも、泣くときでもない。

  あの女が付け込む感情は、パンドラの箱にでも仕舞いなさい」

 「……ああ」

 

 同情も、哀れみも要らない。

 戦いには、否、真の仲間には。

 既に、何をすればいいか分かってるからだ。

 

 エリスの一言に尽きる。


 「私と一緒に、まだ踊れる?」

 「もちろん」


 鼻をすする音の後に、カチャンとレバーアクションのサウンドが響いた。

 ガーディアンに魔弾が装填された!

 まだ、戦える。


 「フフ…死にたがりやが、また増えた。

  いいわ。2人とも、メイドたちの仲間にしてあげる!」


 シュバルツの振るった両手から、同時に10本のナイフが飛び出した!

 一直線に向ってくる殺意。

 エリスは、サロメを再び換装。

 レイピアからマウザー拳銃に戻ったアトリビュートで、全てのナイフをそつなく撃ち落とした!

 

 全ての刃が、ガラスのように破砕され落下していく様は、どこか美麗。

 だが、そう呑気には言ってられない。

 

 シュバルツは舞い上がり、上空から再度、ナイフを投げた!

 向かってくる銀の閃光。


 「リオ!」

 「任せなっ!」


 エリスだけでなく、リオのガーディアンも加勢した!

 2丁の銃から放たれる魔弾が、メイドの怨念がこもったナイフを破砕していく。


 「意外と撃ち落とせたな」

 「流石、リオ」


 歓喜のハイタッチ!

 銀色の雨の前に、流石のシュバルツも動揺を隠せない。


 「そんな、私の可愛いメイドたちが撃ち落とされていく!?

  バカな!

  あの女に、リオ・フォガートに、それだけの精神力は残っていないはずだ!」


 それが残っていたのだ!

 彼女のアトリビュートには、いや、リオにはそれだけの力があった。

 エリスが、仲間がいるからこそ、何度でも立ち上がれる。


 「悪いな、シュバルツ。

  今、私は、とっても落ち着いている。

  どこまでも、踊れそうな気分だ!」

 「そうか、エリス……お前の器か。

  こいつを壊せばいいんだな!」


 またまた、ナイフ攻撃!

 今度は10本以上ある。

 すぐさま、片手で構えたマウザー拳銃で、向かうナイフを撃ち落とす。


 5……10……13……


 しかし、最後の一本を打ち逃した!

 すかさず、リオも発射。

 だが、ナイフは全てを見切ったかのように、弧を描きながらら弾丸を避け、標的へと飛び込んでいく!


 「しまっ…!」

 

 シュバルツが頬を緩め、ナイフがエリスの心臓をめがけて走るのを確信した――刹那!


 ダアンッ!


 「!?」


 突如撃ち込まれた銃弾で、ナイフが撃ち落とされた。

 アトリビュートの透明な弾丸でなく、モノホン。


 次いで発射された銃弾が、呆然とするシュバルツの右手に持たれたナイフを撃ち落とす。

 痛みに顔をしかめ、手首を押さえてみた先には――。


 「エリスっ!」


 牡牛部隊のリーダー、アンナの姿が。

 間髪入れず、彼女は愛銃、ベルナルデリ PO18の引き金を引き、シュバルツに向けて銃弾を打ち続けた。

 

 「くっ…うっ…」


 突然の銃撃に、彼女は後退。

 血のにじむ左腕を押さえながら、培養ポッドの森の中に消えるのだった。


 「アンナっ!」

 「エリス! 早くここから逃げなさいっ!」

 「えっ!?」

 

 困惑するエリスに、アンナは弾倉を交換しながら言った。


 「カルトロスに、レギオンの攻撃コードを取られた。

  もうすぐ、アパッチで編成された大隊が、このホテルを破壊する!」

 「それを言いに、わざわざ鉄の扉を壊したのかっ!」

 

 すると、アンナは


 「それだけじゃないわ。

  かつての相棒として、あなたを止めに来たのよ」

 「止める?」

 「あなた、さっき言ったじゃない?

  死にぞこなって、池から引き揚げられたときに」


 エリスは黙った。


 「私は、アカシックレコードを前にすると盲目になる。

  何をしでかすか、周りに味方がいるのか。

  自分で自分が分からなくなる時がある。

  まるで舞い踊るサロメのように、って」


 彼女は、思い出した。

 自分の言ったことすら、忘れかけていた。

 アヤだけでなく、かつての仲間にさえ気遣われる始末。

 彼女らが自分がいるだけで落ち着き、心を通わせ、協力できるるように、エリスもまた、昔の相棒に同じものを感じ求めていたのだろう。


 「ま、この様子じゃあ、取り越し苦労で終わったみたいだけどね」


 うれしいのか、悲しいのか、エリスはフッと口元で笑うのだった。


 「……そうだったわね。

  で、攻撃開始時刻は?」

 「23時30分に最初の飛行機が発進したから――」

 

 エリスは自分の腕時計を見る。

 左手首に巻いた、フランクミュラー製のウォッチ。

 エナメル質な文字盤が、間もなく日付が変わることを、示していた。

 

 「23時50分。

  日付が変わってしばらく、って考えると、そろそろ団体様ご到着ってところか」

 「で、ゲイリーはどこ?」

 「奴は、殺すも捕縛するも、どっちにも値しない男だったわ。

  ついさっきアヤが右腕を切り落として、そこに――っ!!」


 いない!

 エリスは、指さした血だまりに狼狽した。

 そこにうずくまっているはずの、青年化したゲイリーがいない。

 傍に、切り落とされた腕があるだけ。


 しかも、その腕が煙を吐き出しながら、急速に老化していた。

 ミイラのようにひからびていく。


 「奴は?」


 刹那!


 「後ろだ、エリスっ!」


 リオの叫びに反応し、咄嗟に前転で交わした直後、空中通路に大きな衝撃が!

 振り返ると、ガントリークレーンに吊るされた培養ポッドが、金属製の通路にめり込んでいた。


 「誰がクレーンを……まさかっ!!」

 「その、まさかみたいよ。エリス」


 3人が見上げた先。

 ガントリークレーンの操縦席に、血まみれの青年が座っていた。

 白い歯をぎらつかせ、血管が浮き出るまで瞳孔を開き切っている姿。


 正気の沙汰じゃない。


 ゲイリー・アープ。

 

 右手しかない状態で、彼はクレーンを操り、最後の抵抗に出ようとしていた!!



 「全員、あの世に送ってやる!

  世界一、運のついている男。

  世界一、死なない男。

  そして、世界一のケサランパサラン使い。

  この、ゲイリー・アープ様の手でぶっ殺してやるぜ!

  フヒャアハハハハハッハハハハハッハハッハア!」

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