86 リオの過去


 「ふふん。随分な挨拶ねぇ。リ・オ?」

 「馴れ馴れしく呼ぶな。悪魔め」


 高層ポッドから、不敵な笑みでリオを見下ろすシュバルツ。

 手には、あのダガーナイフ。

 

 リオは、ウィンチェスター銃を手に、照準を彼女の心臓に定めている。

 眉は吊り上がり、今までで一番険しい表情。


 一触即発。


 「まだ、3年前のこと、根に持ってるの?

  あなたのフィアンセに、女の味を教えてあげただけじゃない?」


 そう言うと、シュバルツは先ほどより官能的に、下で唇をなめずり。


 「この、甘美な唇でね」

 「黙れっ!」


 リオが歯を食いしばり、震える手を必死で抑えながら、銃口をシュバルツに。

 動揺しているのは、一目瞭然だった。


 「落ち着いて、リオっ!」

 

 エリスの叫びも聞こえない様子。


 「お前は私のバディを……私の恋人を殺したっ!

  明日には、人生のよき伴侶となるはずだった男性ヒトをっ!

  私の目の前で…その唇を奪ってっ!!」


 フフッ。

 楽しそうに、シュバルツは笑った。


 「ええ。それが、アトリビュートの呪いなんだもん」

 「ほざけっ!」


 銃を握る指。

 今にも、撃鉄が折れんばかりに、握力が増す。


 「怒ってるの? 憎いの?」

 「聞かなくても、分かるだろ。

  あの夜から、私はお前が憎い!

  殺しても殺しても、例え塵になるまで刻んでも、収まらないほどになっ!」

 「へぇ~、そう……」


 途端、シュバルツは目を見開き、狂ったように叫ぶ!


 「だったら、言わせてもらうわよ。リオ・フォガート。

  憎いのはね……このアタシの方だよっ!

  お前が憎んでる以上に、アタシはアンタが憎たらしい!」

 「んだとぉ…っ!」

 「お前が手にしてるアトリビュートは、私が最初に見つけたもの。

  本来、私のモノになるはずだった!

  全てのお膳立てを、何か月も仕込ませ、その時の為に自分を鍛練し、建物を潰せる程の爆弾を仕掛けた。

  計画は完璧だった。

  アンタが、あの爆発に巻き込まれ、ガーディアンを手にしなければねぇ!」


 リオも、声を殺して吐き出す。


 「まだ恨んでいるのか。

  あのウィンチェスターハウスの事件をっ!!」

 「今でも、イライラするのよ…私のアトリビュートで遊んでるアンタを見るとねっ!」


 全てを知らされていないメイコは、狼狽しながらも、イヤホンマイクを通じて、エリスとあやめに、事態のいきさつを聞いた。


 「どういうことなんですか?

  まさか、リオがアトリビュートを手に入れるきっかけになった事件って…」

 ――そう。ネオ・メイスンが起こしたのよ。


 エリスが答えた。


 ――今から三年前、カリフォルニア州にあるウィンチェスターハウスに、複数の爆弾が仕掛けられるテロ事件があったの。

   その事件解決のために、リオのいた怪奇事件捜査課も投入された。

   元々、この事件はネオ・メイスンに脅された、元爆弾魔のタレコミによって発覚したものだったからね。

 「そこで、爆発に巻き込まれた……」

 ――メイコも知っての通り、ウィンチェスターハウスは、夫の死後、妻サラが亡霊から逃れるために、増改築を繰り返した魔の住居。

   部屋や通路が、縦横無尽に入り組んでいるの。

   リオは捜査中、出口を見失って、爆発に巻き込まれた。

   その時、破壊された壁から出てきたのが、ガーディアン。今、リオが持っているアトリビュートって訳。


 再度、メイコが問うた。


 「でも、どうして?

  シュバルツは既に、アトリビュートを持ってるはず。

  なのに、どうして今更、別のアトリビュートを欲するの?」

 ――上書きよ。

 「上書き?」


 復唱の後、エリスは続ける。


 ――ごくたまにだけど、アトリビュートの中には、内包する、呪いともいうべきパワーが強すぎて、持ち主の身体や生命に危険を与えるものがあるの。

   アヤのように、自らの血や潜在能力を使って、そのパワーをねじ伏せて武器にする者もいるけど、大抵の人が、何の対策なしには抗えない。

   それを回避する術が、別のアトリビュートを手に入れて、その能力を使い、自分の中に刻み込んでいた、既存の宝具と、その力を抹消するという方法。

   これが、上書き、よ。

   アトリビュートを使いこなす魔術師たちが、古くから行ってきたやり方なの。

 「そんなやり方が……」

 

 ――シュバルツのアトリビュート、ブラッディ・バージンは、基となった鉄の処女と、それによって殺された少女たちの怨念が強すぎて、自分の体内に宝具を封印していても、その能力を無意識に発動してしまう欠点があるの。

   その最たる瞬間が、キス。

   彼女は口づけした相手に、アトリビュートの呪いを植え付け、時間差で発動できる能力を持ってる。

   この呪いを消すために、彼女は上書きを決意し、そして最適なアトリビュートを選んだ。

 「それが、ガーディアン」


 そう、と、エリスは相槌で繋げて、更に話した。

 

 ――運が悪いことに、リオもまた、アトリビュートを持てるだけの素質があったのよね。

 「それって、まさか依然話してくれた……」

 ――そうよ、メイコ。

   リオは、80年代終わりに作られた、魔術師専門の精子バンクで生まれた、ただ一人の試験管ベイビー。

   生まれながらに、彼女の中には魔術師の血が入っている。

   シュバルツも、そこまでは読めなかったってことよ。

   まさか、自分と同質の人間が、FBIにいるだなんてね。


 「なるほど。シュバルツからすれば、自分の呪いを解くカギを、その場に居合わせたリオに横取りされたってことになるわけか。

  しかも、自分と同じく、アトリビュートを持てる能力者に……。

  でも、それって逆恨みもいいところよ!

  第一、そこまでして呪いを解きたい理由って何なの?」


 その時だ。


 ガウンっ!


 階下から、エリスの銃が火を噴いた。

 メイコの傍をかすめた弾丸は、そのまま背後で跳ね返る音を響かせて消えてしまう。


 エリスは言うのだった。


 ――愛する人のためよ。


 メイコが振り返った先。

 彼女の言う、愛する人は、そこにいた。

 シュバルツと同じく、高層ポッドの上で斜に構えながら。

 

 ――シュバルツのバディ、レベッカ・パゾリーニを愛撫するためにね。



 白い肌の両手が握るのは、背が削がれ両刃となっている19世紀の大型猟刀、ボーイー・ナイフ。

 琥珀色の瞳と濃い紫のショートヘアー。

 そう。レベッカもまた、この量産工場に。



 「ご紹介にあずかり光栄よ、エリス・コルネッタ。

  おかげで、この娘に説教する手間が省けたわ」

 「そうかい。こっちは喋り疲れたけどね」

 「疲れた? ごめんね、もう少し頑張って?」


 目を見開き、坐った瞳孔を見せつけながら、彼女は、嬌声の笑い声を響かせた。

 エリス達に向けた刃先に、これから塗りたくられる、真っ赤な鮮血を妄想しながら!


 「でないと……私が、あなた達を楽しく切り刻めないからさ。

  キャッハハハハハ!」



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