81 追い求める欲望、追い求める答え

 

 「フハハ…」


 緑の光の中に呑まれたゲイリー。

 苦悶の声は、笑い声に変わった。

 その痛みに、感覚がマヒしたのか?

 否、彼の笑いは確実に優越の証拠。


 そして――


 「おい、奴の声、おかしくないか?」


 リオの疑問に、メイコも同調した。


 「確かに、ハスキーボイスじゃないですね。

  これは……甲高くて、幼い?」


 紛れもない!

 この声の主は、大人の男性ではない。

 声変わり前の少年だ。


 「でも、どうして……」


 エリスの疑問は、すぐに解けた。

 

 「アッハハハハハハ!」


 緑色の光が消えると、そこにはケサランパサランの姿はなかった。

 ゲイリーの姿も。

 ゴンドラの中から現れたのは――


 「あなたは……だれ……!?」


 丸くも引き締まった顎の輪郭。

 青い瞳が描く面影は、ゲイリーに間違いないはずだ。

 しかし、そこに立っているのは十代中ごろと思しき少年だった。


 動揺を隠せないエリスに向けて、彼は手を広げて叫ぶのだ!


 「生まれ変わったゲイリー・アープさ! 淑女諸君!

  特製のラタフィアで、私は更に若返ったのだよ!

  あの暴動の傷跡を、そして、君たちを倒すためにねぇ!」


 立ち振る舞い、動き、言動。

 その全てがゲイリーであることを物語っている。


 「…アヤ?」


 専門家に恐る恐る見解を聞くも、彼女さえ、目の前の状況に混乱をきたさんとするのを、必死で持ちこたえていた。


 「冗談じゃないわよ…ケサランパサランは、人間のDNAすらコントロールできるとでもいうの!?

  そんな……そんなの……あり得ない。

  八咫鞍馬が保管してるケサランパサランが母体のはずなら、単細胞生物である奴らにそんな能力がないことは、この私がよく知ってるはず。

  元幹部だった、この私が!

  なのに、どうして!?」


 ゲイリーは、ゴンドラから身を乗り出して、培養ポッドの中で震えるあやめに吐き捨てた。


 「おいおい。天下の半妖が、その程度でうろたえるのかい?」

 「あなた、マザーに何をしたの?

  培養実験で何かをしたのでなければ、こんな力を得るはずがない!」


 彼は言う。

 

 「何かがあったんだろうねぇ。

  でも、もう、それを知る手掛かりはないよ」

 「どういう意味?」

 「ここにあった研究資料は、全部、スタッフに指示して処分させたんだ。

  今頃、火災報知機を切った地下駐車場で、ファイルからハードディスクから、一切合切を燃やし尽くしている頃だろうよ。

  自動車火災に見立ててな」

 「くっ…!!」


 時すでに遅し。

 あやめもそうだが、エリスもまた唇を噛んだ。

 しかし、彼女たちのミッションは工場と犯人の殲滅。

 まずは、こちらを優先させなくてはいけない。

 

 「これで分かっただろう?

  ケサランパサランがいる限り、私は無敵なのだよ」


 その時だ!


 ダアンっ!


 彼の幼い脳幹を、不可視の銃弾が貫いた。

 リオのアトリビュート、ガーディアンが放った弾丸だ。

 後頭部を突き抜けたソレは、カーブを描きながら、右のこめかみから再度脳をえぐり出す。

 あふれ出す血と共に、目を見開いたゲイリーは直立したまま息絶えた。


 「もう、能書きはいいんだよ。サイコパス」


 リオも、ガーディアンを構えながら、そう思ったはずだ。

 まさか――


 「天法てんぽう!」


 死んだはずのゲイリーの口がそう叫ぶとは思わず。

 直後、頭部に空いた4つの風穴が同時に塞がったのだ。

 時を戻したかのように、垂れ流された血液も、ブラックホール中へと吸い込まれて。


 瞬きを1つ。その不敵な笑みが、表情の中に戻ってきた。


 「無駄だ」

 「そんな…」


 うろたえる彼女の横で、メイコが銃の引き金を引いた。

 普通の銃弾だが、ないに越したことはない。

 全弾が、ゲイリーの身体に命中したが、結果は同じ。

 血と共に穴がふさぎ、めり込んだ銃弾が、ゴンドラの中にむなしく落ちていく。


 「アトリビュートも、普通の銃も効かないなんて…」

 「私の師匠は、陰陽師の血筋だ。忘れたのかね?

  ある程度の術ぐらい、簡単に使えるよ」


 鼻を高くして、ゲイリーは続けた。


 「今のは天法と言ってね、傷口を、その血液もろども塞いでしまう妖術なのだよ」

 「でも、それはかすり傷程度の、小さな場所に使う、ごく初歩的なもの」


 あやめが言うと、彼は人差し指を動かした。

 チッチッチ。


 「定期的にケサランパサランを取り込んで、この若さと命を保っていた私の肉体は、妖怪の力も相まって、その入門編みたいな術でも、大きな傷をいやすことができるようになったのさ。

  それも、即死レベルの傷すらね。

  体内のケサランパサランが、私の運を復活させると同時に、私は術を用いてこうして復活できたという訳で……」


 うろたえるエリス達。

 アトリビュートすら通用しない肉体となったゲイリーが、今は妖怪以上に恐ろしい。

 欲望のために、人間であることを捨てた者。


 ある種の“無敵”である。

 

 「これで分かっただろう。

  ケサランパサランがある限り、私は生き続けるのさ。

  永遠にね。

  私を止めれるなら、お構いなく止めるがいい。

  最も、君たちが八つ裂きにされて、死ぬ方が早いだろうけどね。

  さあ……私に幸運を与えてくれる生贄は、一体誰だい?」

 

 その挑発に乗り、先陣を切ろうとしたのは、紛れもない、あやめだ。

 陰陽師を、妖怪を熟知した自分なら。

 何もかも、自分の知りえる全てが通用しない事態になってるけど、それでも可能性があれば……と、その右手にアトリビュート、村雨を具現化させ、少年を見上げるのだ。

 


 「エリス!」


 深い呼吸をして、吐き出した仲間の名。

 だが。


 「ここは、私がやる」

 「ちょっと!」

 「私のアトリビュート、サロメは古今東西の武具を記憶している、究極の宝具。

  もしかしたら、そのどれかが、奴にダメージを与えられるかもしれない」

 「……」

 「それにね、アヤ。バチカン時代に、私はとある神父から、こう教わったの。

  怪物を倒すのは、いつの時も騎士ナイトでなければならない。

  固い意志の鎧と、鋼の剣を纏った騎士ナイトでなければ……ってね

  奴はもう、身も心も人間であることを捨てた怪物。

  なら、そいつを倒すのは騎士ナイトの役目」

  


 アトリビュートを再錬成し、マウザー銃をレイピアに変えたエリスを見上げ、あやめは察した。

 手出し無用。

 彼女は、事件を終わらせる以上に、その手で――。


 

 彼女を突き動かす固い意志。

 あやめには分かっていた。



「バケモノを駆逐して、この怪奇事件を終わらせる!

 この世界のために……そして、私のためにねっ!」


 

 ゲイリーとケサランパサランを倒した先に、何かがある。

 そう、信じて。


 「分かった。

  でも、忘れないで。

  ゲイリーもケサランパサランも、私たちの常識が通用しなくなってる。

  何が起きるか、私でも予測不可能なところにまで、ステージは進んでるわ」


 「ええ」


 「気を付けて。

  それと……死なないで。

  私は、エリスの事が、大好きだから」


 その言葉に、唇を緩めると、彼女は敵と向かい合った。

 自分より大きな敵。

 彼らの手が伸びる先に。


 「アヤ。私は死ねないわ。

  この体にアトリビュートを植え付け、バチカンから追放されるきっかけを作った、アカシックレコード理論。

  怪奇事件を解いた先にあると言われてる、前人未到の理論こたえ

  私は、必ず、誰よりも先に、それを見つけ出してみせる。

  だから、私は死ねないのよ。

  その本質を一切合切、世界中の奇々怪々から暴き出す、その日までは…っ!」


 フェンスから飛び出した少女のサーキュラースカートが揺れる。

 培養ポッドの海の上で、断固たる意志のレイピアは、ケサランパサランを切り裂くために今、振り上げられた!


 「はあああああああああああっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る