2日目・深夜~それぞれの過去…ネオ・メイスン登場

84 私たちはチームだから


 「うぐっ!」


 培養ポッドに叩きつけられたエリスは、ボロボロの状態。

 唇は切れて血が滴り、白いブラウスは汚れ、破れた部分からは、肌と切り傷が見えている。


 「はあ…はあ……っ…はあ…」


 肩で呼吸を整えながら、彼女は敵を睨みつけて、その意識を集中させることに、心血を注いだ。

 そうでもしなければ、この状況を正気を保ちながら戦い続けることなど、無理な気がしたから。


 「もう終わりかい? ブラッドベリル。

  さあ、殺してみろよ。

  君が嫌いな名前で、そう呼んでる僕をさあ」


 敵の声からは、独特のハスキーボイスは消え、高音質な声帯が奏でるソレが、精神的にも幼い挑発を、彼女に向けていた。

 ゲイリー・アープは今や、若き好青年ではない。


 背も声も、運動神経も、何もかもが若返った少年として、エリスの前に立っていた。

 そう、今、彼の見た目はがらりと変わって、十代前半の男の子。

 ケサランパサランの脅威を、改めて感じている。


 「言われなくても、そうするわよ……坊や」


 にやにやと、不敵な笑みで近づくゲイリーに、エリスは一瞬の隙をついて、レッグホルダーに仕舞っていたデリンジャーを引き抜いた!

 ハイウェストのサーキュラースカートを引っ張り、露になった太もも。

 巻きついたベルトから現れた銃は、電光石火と、立て続けに火を噴く!


 バン! バン!


 右手で発射された2発。

 元敏腕スパイの腕は確かだった。


 銃弾は正確に、心臓と腹部にそれぞれ当たっている。

 少年は、その痛さと衝撃に、血があふれる急所を押さえながら、幼い膝を崩して前のめりに倒れる―― と思うだろう。普通であれば。


 「なっ!」


 普通じゃなかった。

 否、人間が遺伝子レベルで若返っている、肯定しがたい科学的事実の前に、普通を語るなど詭弁に等しいと考えるべきだったのだろう。


 「天法てんぽう!」


 陰陽師の妖術。

 撃ち込まれた銃弾が、カランと床に。

 抵抗虚しいことを、エリスに思い知らせる。

 穴まで塞げば、完全復活したゲイリーの再誕だ。


 「言ったはずだ。私は永遠に生き続けるのだと!」


 近づく少年に、畏怖のココロは大きくなるばかり。

 あやめ達に応援を頼みたいが――


 「おやおや、助けを求めたいのかい?

  無駄だよ。

  彼女たちは今、私の最高傑作に飲み込まれないように、逃げるのに必死なんだから」


 そう。

 今、あやめ達は、壁の向こうから現れた巨大ケサランパサラン、それが伸ばす触手攻撃をかわしながら、本体にダメージを加えんと必死。

 頭上を飛び交うあやめとメイコ。

 その背後で、ガーディアンを気力が持つ限り乱射し続けるリオ。


 (あんな啖呵切っちゃったけど……これじゃあ…っ!!)


 助けなど、簡単に呼べるはずもない。

 

 「心配することはないさ。

  全員まとめて、生気と運を吸い取ってあげるよ。

  君の美しさは、僕の中で生き続けるんだ。感謝してくれよ」

 「誰がするもんですかっ!

  私は死ねない!

  私の命も運も、全部私のものっ! 邪魔はさせない!」


 刹那。


 ゴッ!!


 「うぐっ!」


 俊敏なゲイリーの右足が、エリスの顔面を蹴り上げた。

 大きく後ろにのけ反って、背中を叩きつけたエリスは、身体を揺らしながら起き上がる。


 「黙れ。

  非力な雑魚が、それも、魔術や妖力だけでなく、性差も歴然な女の貴様が、綺麗ごとを並べるなど、もう聞き飽きた」


 今度は瞬時に彼女の視界から消えると、次の瞬間には右横。

 飛び上がり、少女の腹部に回し蹴りを決めた。

 

 「うあああっ!」


 吹き飛ばされ、培養ポッドに叩きつけられたエリスに、もう反撃の気力は僅か。

 呼吸は荒くなる一方。

 両手首を交差して、サロメを召還しようとしても、集中力が定まらず、錬成できないのだ。

 視界も、かすんできたが、根気を捨てれば負けと、自分に言い聞かして保っている状況だった。

 

 (負ける…っ!)


 傍に落ちていた細長い金属片。

 人間を串刺しにするには十二分。

 ゲイリーは、それを拾い上げると、エリスをにらみ両手に構える!


 「さよなら。ブラッドベリル」


 助走を1つ。

 突き刺す構えで再度飛び上がり、エリスの心臓に照準を絞った――!


 ガチンっ!!


 「なにっ!」

 「あ…アヤ……」

 「情けない声、出すんじゃないわよ!」


 エリスの前に仁王立ち、その頭上に構えた刀で、金属片を白刃取り。

 狼狽するゲイリーの視界に現れたもう一人の少女。

 紛れもない。

 姉ヶ崎あやめ。

 アトリビュート、村雨が飛び散る火花すら、滴る水の露と消している。


 根比べは、ゲイリーの負け。

 睨みつけるあやめの眼力にも恐れをなした彼は、振り上げた村雨をかわし、後ろへと飛びのいた。


 今のあやめは、自分の雇用主、いや、唯一無二の仲間を守る剣。

 凛とした顔から、突き出された刃先に至るまで、誰も寄せ付けないオーラを纏っている。


 「悪いわね。エリス。

  この勝負、加勢させてもらうわよ。

  どうしても、私の親友をなぶられるのは、寝覚めが悪すぎる」

 「アヤ……」

 「傷つけられ、組織にも捨てられ、仲間にも捨てられた。

  死まで考えるほどのどん底にいた私を救ってくれたのは、エリス、あなただから。

  だから……私は、いつだって、あなたの剣にも盾にもなれる」


 あやめの後ろ姿に、エリスの気力は自然と元に戻り始めていた。

 仲間がいる安心感。

 ノクターンにいて、彼女が一番身を以て感じていた有難み、幸せ。


 「あの綿毛の触手は2本切り落とした。

  でかい図体よ。再生には時間がかかる。

  それまでは、リオとメイコで何とか行けるはず。

  だから、安心して、私たちを頼りなさい」

 「アヤ、ありがとう」

 「ノクターンはチームなんだから」

 「…うん」


 それでも、ゲイリーの傲慢は消えなかった。


 「ややこしいのが増えたか……。

  まあ、いいさ。

  僕は若返ったことと、陰陽師の力でパワーも早さも桁違いになってる。

  楯突く者が増えたとて、へじゃねえ」

 「なら、どうするつもり?

  持久走大会でもするか?」

 「お前たちまとめて、殺してやる。

  いや……殺さなくても、この拳と足でなぶりつくしてやる。半殺しだ」


 そして、有頂天に、そして自らの驕りを前面に出したゲイリーは、自分の運命を決する一打を出してしまった!


 「おめえら2人、二度と子供うめねぇ体にしてやるぜ!

  覚悟しとけよ!

  泣きわめいても、容赦しねぇからな!

  女として死にたけりゃあ、とっとと白旗ふって、俺のケサランパサランに取り込まれるんだなぁ!」


 瞬間。

 あやめの表情が暗くなった。

 目からも光が消えた。

 両手で構えていた村雨も、右手一本、ぶらんと力を抜いて。


 「……言ったわね…禁句を!」

 「あん?」

 「それがお前の本性なら……ええ、こっちも容赦しないから」



 彼女から漂うものは、たった一つしか匂わなかった。


 殺意。

 それも、とびきり上等の殺意!

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