78 ケサランパサラン量産工場


 扉の向こうは、通路とは正反対だった。

 暗く、涼しく、その上警告音がうるさすぎる。


 コン、コン、コンと、鉄板の上を歩く乾いた音が、何重にも連鎖して響いてくる。

 壁のコンクリートが、その冷たささえも、無駄に増幅させていた。


 だが、近づくにつれて、動力源特有の甲高いタービン音が、警告音より甲高く聞こえてくるように。


 「あの柵の向こうね」


 あやめの眉間が、ぴくんと動いた。


 「メイコ」

 「あやめ」


 互いに顔を見合わせて頷いた。

 あやめは、エリスに言う。


 「この先に、強い妖気を感じるわ。

  今朝、シャワールームで感じた奴の、数百倍ぐらいの」

 「となれば、やっぱり」

 「ええ。この先にケサランパサランがある。間違いない」


 行き止まりにある手すりの下から、まばゆい光が漏れている。

 エリス達は、段々と眩しくなる視界に細心の注意を配って、前へと進む。

 構える銃を、下ろすことなく。


 そして――


 「これは……」

 

 階下の光景。

 彼女たちは言葉を失った。

 瞳が揺らぎ、相手の数に、エリス達は自然と銃口を下に。 


 「おいおい…ウソだろ…」


 眼前に広がっていたのは、深緑の液体で満たされた、硬質ガラスの培養ポッドの森。

 等間隔で並んだガラスの柱、数十本の大木が禍々しく光り輝いているではないか。

 天井の照明器具が点灯していない分、その虚栄の集合体は、一層過剰に

 ジェットエンジン並みの、耳をつんざくやかましさが、銃声になれているはずの耳を、不愉快に刺激する。


 「エリスちゃん、これって」

 「ようやく見つけたわ。

  ケサランパサラン量産工場……災厄を増やし続けるパンデモニウムを!」

 

 リオが続ける。


 「まさか本当に、高級ホテルの地下をぶち抜いて、蓄えてたなんてね。

  流石のFBIでも、想像すらできないわ、これは。

  ……で、どうする?」

 「私が、確認するわ」


 まず先に、あやめが階下へと降りた。

 手すりを乗り越え、敏捷な動きで着地すると、すぐに銃を向け、周囲の敵を捜索する。


 「オール・クリア」


 全員逃げたのか、培養ポッドの周辺に人の気配がしない。

 今思えば、部屋に入ってからずっと、人の声も姿も感じていない。

 VIPである、ボン・ヴォリーニも、確実にここにいるはずなのに。


 「エリス、何かおかしいわ」

 「ん?」

 「人の気配がしないのよ。

  この施設の人間どころか、ボン・ヴォリーニの姿も見えない。

  もしかしたら、どこかに逃げたのかも」

 「分かったわ。

  リオ、メイコ、私たちは手分けして、この施設内を捜索するわよ」


 足音が分散するのを、階下のあやめは音で感じた。

 こっちは、引き続き培養ポッドを調べよう。

 念のため、いつでも銃を撃てるよう、引き金に指を添えたまま、あやめは森の中を歩み始めた。


 見下ろしていた培養ポッドは、思った以上に大きく、そして分厚い。

 巨漢ですら、余裕で標本にできるだろう。


 あやめが、ガラスを軽くノックすると、水族館のそれと同じような、鈍い音が帰ってくる。

 銃弾で穴をあけるのは、難しそうだ。


 「で、中身は…っと」

 

 その一つに顔を近づけると――


 「!!」

 

 無数の小さい綿毛に眼が生えて、こちらをぎろりと睨んできた。

 銀色の目玉が並ぶさまは、悲しいかな、釜揚げシラスのそれを連想させる。

 スリラーを地で行く不気味さに、あやめは思わず、その場から飛びのいてしまった。

 

 鼓動を早める心臓を、深呼吸で落ち着かせながら、最悪の現実を彼女は確認するほかなかった。

 これ全部……!?


 「アヤ!」


 右上。

 手すりから乗り出して、エリスが叫んでいた。


 「やっぱり、誰もいないわ。そっちは?」

 「ものすごい数のケサランパサランよ……これだけのポッドの数なら、数百、いえ、もしかしたら数千はいるかも」

 「冗談でしょ!?」

 「その上、ポッドは全部、ガスタービンで動いているし、内蔵された独立式のコンピューターで、温度や体調の管理までされてる」


 エリスは下唇を噛みながら、再度、眼下の風景を見回す。


 「これじゃあ実験場と言うより、養殖場ね。

  連中、マグロでも育てるような感覚で、こんな危なっかしいものを」


 再度、目を閉じた綿毛たちを見ているあやめに、今度はメイコが叫んだ。


 「あやめ! ブレーカー、見つけたわ。

  電気、つけるね!」

 「気を付けて」


 ガシャン!


 屋根の骨組みにぶら下がる電球が一斉に点灯すると――。


 「なにっ!!」


 エリスの視界に映ったのは、白熱電球の中に混じってぶら下がる、茶色い物体。

 水気がなく、固まったそれは、大きな乾物に見えたが、まさか正解だとはエリスでさえ、信じたくなかったようだ……。


 「エリス!」

 「あれは人間よ、リオ。

  ミイラ化してるけどね」

 「なんだと…!」


 室内の換気扇の風圧で揺れる、4つの腕。

 足をロープで縛られており、まるでゲリラが行った公開処刑の様相。

 片割れは豊かな髪をなびかせてる事からして、女性だろうことは分かる。

 だが、3人のいる場所からは、そのミイラの正体は分からない。


 「死体、苦手じゃなかったの?」

 「しっかり見えたり、臭わなければ大丈夫だよ」


 やれやれ、と、エリスは首を振った。


 「でも、あの仏さん、なにもんだ?」

 「ここの作業員かな? ……アヤ、行ける?」

 「大丈夫だと思う」


 ミイラは、ちょうど工場の中央部。

 階下にいるあやめは、その物体を真下で、そして間近に確認する。

 

 「まさか!!」

 「アヤ?」

 「エリス! この2人はボン・ヴォリーニと、愛人のアンナよ」

 「えっ!?」

 「2人とも殺されてたのよ。それも……」


 口をつぐんだあやめに、焦燥感に駆られたリオが叫び問うた!


 「なんだよ! アヤ!」

 「殺され方が一緒なのよ。

  昼間、貨物駅で死んだ兵士や犬と、全く同じ死にざま」

 「おいおい。じゃあ、彼らもケサランパサランに――」



 「その通りだ。淑女諸君」


 突然響く声に、全員が振り向く先。


 エリス達と向かい合い形で、天井から大型リフトが降りてきた。

 声の主は、銀色の箱の中に、不敵な笑みを浮かべて直立不動。

 口から、鼻から、順番に見えてくるパーツが、何も言わずとも、不毛なクイズの答えを晒していく。


 ゲイリー・アープ。


 ケサランパサラン事件の、根幹であり犯人。

 

 彼は遂に、ホテル王ではなく、事件の親玉として現れたのだった!

 

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