2日目・深夜~突入!量産工場

75 不死鳥包囲網


 PM 10:19

 ホテル フェニックス・インペリアル


 タワーホテル内は、アリの巣をひっくり返したような大騒ぎになっていた。

 無理はない。

 秘密鉄道爆破と同時に、館内の警報機が一斉に作動し、火災とガス漏れを知らせる警告音が鳴り響いたためだ。

 

 犯人はゲイリー・アープその人。

 このホテルを最終防衛拠点とするため、邪魔な客人を追い払ったのだ。


 駐車場に集結した消防車。

 防火服に身を包んだ隊員が次々と、宿泊客を避難させる中、青いパトランプを光らせた、黒塗りのレンジローバーが続々と、ホテルに集結していた。


 警備車両に偽装した、パチュリーの機動部隊だ。

 コルト M4ライフルを手に、防弾チョッキを纏った男たちが、偽のIDを消防隊に提示した。


 「我々は、FBIネバダ支局の特殊作戦部隊だ。

  ラスベガス全域を標的とした、イスファハンの大規模テロが進行中との連絡を受けた。

  君たちは、宿泊客の安全が確認でき次第、ここを離れ、周辺のホテルを回ってほしい。標的は、このホテル以外にもあるとのことだ」

 「し、しかし、まだスタッフ全員の確認が――」

 「職人については、こちらで誘導を行う。

  君たちは、一般市民の誘導に専念せよ!」

 「分かった」


 消防隊員は誰一人として、彼らを疑わなかった。

 IDは何処から見ても本物だし、装備は全てFBI SWAT部隊のそれと相違ないものだったからだ。


 しかし、男たちはしたり顔。

 大急ぎで、駐車場を後にするはしご車を見ながら、耳元の無線に手を当てる。


 「マンガンよりモルガナイト。消防隊、並びに宿泊客の一掃をまもなく完了する」

 ――了解。消防隊が撤退次第、突入せよ。

   こちらも、第二段階として警察無線の操作を行う。

   第一目標は、ケサランパサラン量産工場入り口の確保。通路破壊には、あらゆる火器使用をいとわない。

 「仮に、一般市民が逃げ遅れていた場合は?」

 ――我々には関係ない。

   ホテルに残っている者は、例え子供でも、異端の協力者として排除せよ。

 「了解」


 無線を切ると、そのダンディな中年男、マンガンは大きく息を吐く。


 「アンナ・ニーデンベルグ…か。

  ブラッドベリルも、目的のために冷徹になったが、彼女も同じく……いや、奴より闘争の血が濃いのかもしれんな。

  指令は冷酷だが、あの動揺なき声は、太い理性に支えられている証拠だ」


 「ブラッドベリル……。

  カルトロス枢機卿が、殺害命令を下した裏切り者ですね」と部下の一人が言うと


 「元々は、モルガナイトのよき相棒だったのさ。

  その功績、活躍は一蓮托生、完全無欠。牡牛の生きる伝説だ。

  ま、神のために一本の槍にも、一条の光にもなれる、そういう所で、2人は馬が合ったのだろうよ」

 「しかし、なぜ、そんな人がバチカンを?」

 「さあな。友情や愛情って奴は、異教徒の頭の中より、読みにくいからねぇ」

 

 そこへ、先行していた偵察部隊の男が駆け寄ってくる。


 「聖士マンガン! 消防隊、及び一般人の完全排除を確認」

 「警察は?」

 「モルガナイトによる第二段階を確認。

  偽の爆破予告に引きつられ、警ら中の全ユニットがホテル・シーザース・パレスに急行中。

  まもなく、ミラージュ、ラッキー・ドラゴン、マンダレイ・ベイの各ホテルにも爆破予告が入ります!」

 「よし、警察の目が各ホテルに分散している間に、突入する。

  時計を1030に合わせ、各自突入準備に入れ!」

 

 『了解!!』


 ■


 同じころ――

 PM 10;23

 ホテル ベラッジオ



 ストリップを緊急車両が駆け巡り、通行人たちに動揺が走る夜。

 ベガスは、かつて経験したことのない、一触即発の空気に包まれていた。

 誰かの叫び声ですら、着火剤になりかねない。

 そんな、悪夢の夜。


 エリス達、ノクターン探偵社の姿は、フェニックス・インペリアルにほど近い、ホテル ベラッジオの前を走るストリップにあった。

 

 この通りとホテルの間には、巨大な人口池、コモ湖がある。

 丁度、噴水ショーの最中。

 軽快なポップミュージックが流れながら、しなやかな水柱が、ライトアップに包まれ艶やかに踊りまわっている。

 

 「エリス! どうして、コモ湖に?」

 「説明は後よ、アヤ! これが、ケサランパサランにたどり着ける最後のチャンスかもしれないから!」


 互いに車から降りてきたエリスとあやめは、挨拶に言葉を交わす。

 

 「メイコ! この周辺にある、上水道施設への入り口は?」

 「ちょっと待ってね……」


 ブルーバードの助手席で、メイコは膝のノートパソコンとにらめっこ。

 目にもとまらぬ速さで、ブラインドタッチを決めていく。


 その間に、エリスはあやめとリオに、先ほどバーで見た男の話をした。

 昨夜、このコモ湖前で泥酔し、運の尽きを嘆いていた男が、たった一日で大金持ちになった出来事。


 

 「ケサランパサランの気配は感じられなかったけど、あの様子は、単なる女神さまの微笑みって訳でもなさそうだった」


 すると、あやめが言う。


 「そういえば、昨日…ここで、妖気のようなものを感じたわ」

 「妖気?」

 「ええ。集合した時は感じなかったんだけど……そう、噴水ショーが始まった時に……まさか!!」


 あやめも、エリスの仮説に気づいたようだ。


 「おそらく、このコモ湖の噴水にも、ケサランパサランが含まれてたんだ。

  奇形種を破棄するために、噴水ショーでケサランパサランをばら撒いて、不特定多数の人間に憑依させてたのよ。

  だから、昨夜の酔っ払いも、滞在5日目にして、異常なほどの幸運に恵まれた」

 「エリスちゃんが、コモ湖に目を付けたのって」

 「そういうこと。

  コモ湖とフェニックス・インペリアルの距離は、そう遠くはない。

  このストリップと、パリス・ホテルを挟んでいるだけだし、ここからでも、フェニックス・インペリアルホテルの最上階が余裕で伺える」

 

 リオは言った。


 「つまり、コモ湖に水を供給するエリアから、上水道に入れば、そのままフェニックス・インペリアルホテルに入れる……と?」

 「予想ではね。

  今朝も、ホテルのシャワーから出てきたことを考えると、ゲイリー達はベガス中の水道にケサランパサランを垂れ流していただろうけど、距離や、入りやすさなんかを考えると、コモ湖からのコースが最もベターな選択よ」


 その時だ!


 「検索結果、出ました!」


 メイコが大声で叫びながら、ノートパソコンをエリスに。

 それを、車の屋根に置いて、3人が覗きこんだ。


 「ベラッジオの地下……業務用駐車場か!」

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