74 もう一つの入り口!?


 「…痛っ……」


 白煙と炎がくすぶるそこは、数分前まで高級ホテルがあったなど、想像できない。

 外壁も中身も、全てが破壊された建物と、横転した幾台ものトラック。

 ホテルに至っては、建物の7階部分まで崩れ落ち、中の鉄骨や配線がむき出しになってるような状況だ。

 ロータリーを見下ろし、隣のトランプホテルと張り合っていた、高層ビルも消えている。 


 ステレオタイプ的な戦場へと様変わりしたオールドロマンホテルで、植え込みから立ち上がったエリス。


 「みんな、無事?」


 早速、大声で、残るメンバーの生死を確認した。


 「何とか生きてるよ」


 リオは傍の木陰から


 「大丈夫です」

 「死ぬかと思った…」


 あやめとメイコは、横転した貨車の荷台の中から、それぞれ出てきた。

 幸い、大きな怪我はないようだ。

 全員が呆然と、吹っ飛んだホテルの方を見上げる。


 「どんだけの爆薬を積んでたんだ?

  オクラホマの連邦ビルみたいな崩れ方してるぞ」

 「ホテルだけじゃないみたいですよ。リオさん。

  ストリップの方へ向かって一直線に、土煙が並んで立ち上ってる。

  おそらく、トンネルそのものが崩落したのよ」


 あやめの言う通り、ホテルから、ベネチアンホテルのある方向へと、被害が一直線に続いていた。

 しかし、それ以降の場所に炎や煙の類は見当たらない。

 ラスベガス市街地も、パトカーや救急車のサイレンは聞こえるが、端からは平穏そのものに見える。


 エリスが言った。


 「あやめの言う通りかもね。

  秘密保持のために、線路を復旧困難なレベルにするため、トンネルの設計を甘くしていたんだと思う。

  爆弾で、いともたやすく崩壊するように。

  でも、どんな被害が出るのか全く考えずに作ったために、この有様」

 「電車の爆弾を、意図的に増やして送り込んだ可能性もありますよね。

  あの男、いや、にわかにも資産家だということを考えれば、自分のホテル一つ吹き飛ばす程の爆薬、簡単に用意できるはずですから」


 メイコの指摘に、エリスは頷いたが、問題はここからだ。

 

 「んで、どうするさね。エリス。

  秘密鉄道は爆破されて使用不能。おまけに、フェニックス・インペリアルホテル側の入り口は、簡単には突破できない」

 「もう一つ、大事なことを忘れてるわよ。リオ」

 「ん?」

 「この場に、牡牛がいないということは……」

 「なるほど、もうチェックインしてる、か」


 ひとまず、この場を離れることが先決。

 敷地外に停めてあったマスタングとブルーバードは無傷。


 4人が、それぞれの車に分乗し、戦場を去った直後、緊急車両の隊列が、ホテルへとなだれ込んだ。

 おそらく、生存者はいないだろうが――。


 「じゃあ、私たちは、ここでゲームオーバーか?」

 「まさか」


 リオの弱音を、エリスは遠慮なく吐き捨てる。

 オープンタイプのマスタング。

 2人しかいない空間。


 「私たちは探偵。依頼人の代わりに、全ての真実を突き止める犬に等しい。

  取ってこいすらできない犬に、何の価値がある?」

 「穿ったカーネギー語録を開くのもいいが、現実的に考えようよ。

  入り口は2つだけ。そのうち1つは吹っ飛び、もう1つは同業者に取り囲まれている。

  その上、件の工場は地下にあり、そこに至る通路は、50キャリバーでも破壊できないほど、強固な防弾システムに守られてる」

 「……」


 止まったエリスの口とは反比例に、車はスピードを上げて、ストリップを走り抜ける。

 

 「私も諦めたくはないが……」

 

 その時だ。


 「そうか」

 

 彼女のつぶやきを、ハンドルを握るリオは聞き逃さなかった。

 

 「ん?」

 「もしかしたら、入り口は、もう1つあったのかも」

 「3つ目の入り口?」


 エリスは言う。


 「リオ。今朝、ホテルで私を襲ったケサランパサラン。

  どこから来た可能性がある、って言ったか覚えてる?」

 「そうか、水道!」


 一瞬差した光だったが、リオは再度、顔を曇らせた。


 「でも、それだけで、入り口があるって断定するのは危険だろ」

 「いえ。実はもう一つ、思い当たる節があるの。

  それに、あのホテルが定期的に、水道にケサランパサランを流していた可能性だってあるしね」

 「定期的に?」


 エリスが続ける。


 「あの戦闘中、ホテルで死んだ兵士のケサランパサランを、何個か拾って、見てみたの。

  全てが奇形。そう、私を襲った個体と同一なの。

  一つの生命体を延々とコピーし続けると、遺伝子情報が劣化するって、言うでしょ?」

 「クローン研究で言われている、遺伝子の問題か」

 「ここからは私の推測だけど、ケサランパサランも例外ではなく、おしろいで、個体を複製し続けると、最終的に奇形であったり、能力に劣性が生まれてしまうんでしょう。

  しかし、顧客に型落ち品を、高値で吹っ掛けるなど無理だし、兵士への供給にも限度がある。

  そこで、行き場のない劣性品を、ホテルの傍を流れる水道管に含ませて、ベガスの街中に流していた。

  ここは、金と運が渦巻く街。何が起きても、誰も怪しむことはない」


 言い得て妙だ。

 エリスは、推理を伝えながら、手元のスマートフォンをタップ。


 電話の相手は――。


 「メイコ」


 そう、後ろを走るブルーバード。

 助手席に座っているメイコだった。


 「ラスベガス水道局のサーバーをハッキングしてほしいの。

  ……そう。フェニックス・インペリアルホテル周辺の水道管と、検査用の職員出入口。この2つの情報を引き出して!」

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