73 爆破された絶望― オールドロマンホテル崩壊!

 読み通り、カジノとホテルを繋ぐ連絡通路の真ん中に、秘密の入り口はあった。

 

 不自然に開かれた、一枚の防火扉。

 中には貨物用エレベーターと、非常階段。


 エリスは迷うことなく、照明がほとんどない階段へとダッシュ。

 足音がけたたましく反響する、薄暗いステップを降りきったところで、シレーナはプラットホームにたどり着いた。


 オールドロマンとフェニックス・インペリアルを結ぶ、元現金輸送鉄道。

 そして、ケサランパサラン量産工場への、唯一の近道。


 そこは駅標もなければ、ベンチもない。

 あるのは、コンクリートと線路。

 計画途中で捨てられた…そう言っても、信用されそうなほどに、なにもない上に、全てが真新しい。


 加えてエリスは、このプラットホームが単線のわりに、幅が異常に広いことにも気づいた。

 線路3つ分はあろうか。


 「なるほど、このホームに売上金や荷物をプールして、フェニックス・インペリアルに運んでいるのね。

  ケサランパサランも。

  でも、肝心の電車がない」


 身体を乗り出して、線路の向こうを覗いた時だ。


 「ん?」


 赤いランプが、トンネルの向こうから点滅を繰り返している。


 「信号機?」


 いや違う。

 点滅の幅は、段々と狭まり、轟音と共に近づいてきている。


 「!!」


 遥か前方。

 無人の電車が、ヘッドライトを真っ赤に、そして激しく点滅させながら、全速力で向かってくる。

 その速さは、停止と言う乗り物的本能を忘却していた。


 そう、イングラム男は言っていた。


 この秘密鉄道には、自爆システムが搭載されていると。


 「まずい!」


 ■


 「ううっ…」


 一方、地上。

 傷だらけで倒れるナナカを、マーガレットが凍えた眼差しで見下ろす。

 その小さな腹部を、ハイヒールで踏みつけながら。


 「やっぱ、ガキはガキだわ。

  口先だけが立派で、ただただ無駄にいきがって、いざ拳を振るえば、赤ん坊以下のクズ」


 そう言って、マーガレットは奪った指揮棒を真っ二つに折り捨てると、細い足を上げて、思いっきり自分より年下の少女の腹を、踏みつけた。


 「ひゃがっ!」

 変な声と共に、口から血が噴き出す。

 

 助ける者はいない。

 他の構成員は、殺されたか、車の陰で動けないまま。

 マハロもまた、マーガレットに銃口を向けているが、その刃先が、どこに向かっていくのか分からない恐怖で、トリガーに架かる指を躊躇わせている。

 他の仲間も同じだ。

 なんせ、彼女の斧は、一振りで銃弾を跳ね返し、5人の首を一斉に跳ね飛ばしたのだから。



 「クズは死んで、初めて役に立つのよ。

  人の役にも、神の役にも」


 振り上げた右手の斧。

 街灯の光を反射して、ナナカにはギロチンに見えた。


 「お前も本望だろ? 神のために死ねるんだからな」


 全てを覚悟した少女。

 だが反対に、淑女は向かってくる殺気に、その武器を振り下ろす!


 パキッ!


 斧で両断された銃弾。

 ブラインドネスの攻撃から、確認のため視界を移すと、マーガレットに向けて、銃を向けるアンナの姿。


 中型自動拳銃、ベルナルデリ PO18。

 車と同じ、ワインレッドのオリジナルフレームが、鋭く光る

 片手で照準を合わせる彼女の瞳は、抹殺する標的だけを見ていた。

 

 「次は脳天を撃つぞ、サイコキラー!」

 「ハッ! ほざけ、キリストの犬が」

 「本気よ。たとえ、その斧が私の首を落としても、それより早く、脊髄にお前への殺意を刻み込む。

  首を失っても、お前を殺せるように」

 「なら、やってみなさいよ」


 笑いながら、弱ったナナカの首筋に斧の刃先を添わせて。


 額を流れる汗を無視して、その指が引き金にかかった……刹那!


 「!?」


 地面が突然激しく、突き上げられた!

 道路上の車が、一斉に盗難防止警報を響かせる。


 それをチャンスと、態勢を崩したマーガレットを足元から飛び蹴り。

 立ち上がると、アンナの元へと駆けていく。


 「大丈夫?」


 打って変わって、穏やかな口調のアンナに抱きしめられたナナカは、目に涙をためて小さく頷くだけ。

 牡牛のメンバーだが、まだ二十歳にもなってない、いたいけな少女。

 その怖さと痛さを、アンナは胸の中に納まる、小さな頭を撫でることで理解した。


 眼前で鼻血を出して、崩れていた女に目もくれず。


 「この、クソガキい!」

 

 憎悪を込め、眉と斧を持つ右腕を、思いきり持ち上げたマーガレット。

 だが――!


 「え……うわあああああっ!」


 瞬間、アスファルトに亀裂が走り、道路が陥没!

 アンナの視界にあるモノ全てを飲み込んだ。

 信号機やパームツリーが垂直に消滅し、遅れて自動車が、警報のクラクションを響かせながら穴の中へと消えていく。

 そして、マーガレットの姿も。


 気づけば、そこには幅3メートルほどの大きな長方形の穴。

 土煙が沈黙を内包して、夜空に伸びていた。


 「な、なんですか! これは!」

 混乱するナナカだが、この穴が理解する全てを、アンナは知っていた。

 「扉よ。ケサランパサランに通ずるはずだった扉…」


 彼女は怖気づくことなく、イヤホンマイクを切り替え、無線につなぐ。


 「市街地に展開する全ユニット、及び上空を飛ぶ偵察機に告ぐ。

  フェニックス・インペリアルホテルを包囲し、指示を待て」


 抱きしめる手をそのままに、アンナは冷たく暗い眼差しを、その穴に向けて流し込んでいた。


 「こうなれば、総力戦でケサランパサランを潰すしかない。

  メイスンより……いえ、エリスあいつより早く確実にね。

  誰の罪にせよ、殉教の贖いは、銀の銃弾を以て精算してやる!」


 ■


 衝撃は遠くまで。


 オールドロマンホテルでは外壁が崩れ落ち、敷地内に大きなひび割れ。

 激しい揺れが建物全体を包み込み、タワーホテルが大きく前後に揺れ始めた!


 「どうしたんでしょうか?」

 「爆発したのよ。地下鉄道が!」


 カジノでも、立っていられないほどの振動。

 咄嗟にリオは振り返った。

 

 「エリスは?」

 「!!」


 心配ご無用。

 廊下の奥から、その人が走ってくる。


 「エリス!」

 「みんな、ホテルから出て! 早く!」

 混乱する3人に、秘密の扉から出てきた彼女は、そう叫んだ!


 頭上からコンクリートが落ち、イングラム男の部下たちが下敷きになる中、エリス達は全速力で、ホテルの出口へと走っていく。


 カジノが押しつぶされた。

 

 振り返らなくても、気配で分かった。

 それに続いて、天井がどんどん落ちてくる。

 まるで、アクション映画の地下宮殿。

 出口に至らなければ、それは死。

 

 4人は、死に物狂いで走る。

 落下するシャンデリア。盛り上がる赤い絨毯。

 高級ホテルの面影が、スローモーションにかき乱されて――。


 出口だ!


 エリス、アヤメ、メイコ。

 そして、最後にリオが出た瞬間!


 ドーン!


 レストランフロアのガス管が破損!

 ホテル4階までが、一瞬で爆炎に包まれた!


 「うわあああっ!」


 凄まじい爆風に、彼女たちは飛ばされ、乗り捨てられたカシャも横転する程。


 更に、衝撃で支柱がなぎ倒され、高層ホテルも後ろへと傾く。

 建物の形状を崩さず、そのままに。

 その先には、姉妹ホテルのコスモ・レジャー。


 モノレールの線路を砕き、高層階が、エリスが遊んだドーム屋根の遊園地、コロニープラネットを押しつぶす!

 大きな炎と、きのこ雲が、夜のラスベガスに刻み込まれた。


 銃撃戦によって、警察が周囲のホテルに避難指示を出したのが、功を奏した。

 遊園地は無人で、死傷者はゼロ。


 かくして、秘密鉄道の自爆攻撃は終わったのだった――。

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