69 サロメの威力!
眼下の惨劇も、今の彼女には造作もない練習場でしかない。
壊れた入り口から、次々と流れこむ、バイオ妖怪。
それによって破壊された、カジノの遊び場と、無残に切り殺された従業員たち。
モウリョウたちが出てくる扉の方からも、先ほどとは違う、骨のある銃声が聞こえてくるようになった。
おそらく、牡牛部隊のエクソシスト― つまり、アンナの部下たちの銃だ。
バチカンが来れば、応対するのは私になる。
エリスは、小さく息を吐くと――
「!!」
ゲイリーが後ずさりするのもお構いなく、手すりを乗り越え、階下へと飛び降りた。
着地点にはルーレット台。
ドンッ!
轟音と共に盤が揺れ、積み上げられた色とりどりのチップが舞い上がる中、エリスは周りの様子など確認することもなく。
「フッ…」
雨粒の間から、透明な銃弾を、モウリョウたちに浴びせ始めた!
ダ、ダ、ダ、と感覚を許さない旋律で、モンスターは一瞬で灰となり崩れ去る。
銃口を向ける背後から、とびかかる巨大なバッタ型のモウリョウ。
つま先でターンを決めながら、ぎらついたナイフで一撃。
1匹、2匹、3匹。
頭から真っ二つに切り分けられた生物が、悲鳴を上げながらポーカー台をなぎ倒して絶命。
土煙と、テーブルの破片が降る中で、彼女は凛と、その場に立ったまま。
開口、イングラム男が叫んだ。
「女を殺せ! 奴の獲物はマウザーとナイフだけだ! 一気に殺せーっ!」
その声に、部下たちはサブマシンガンの銃口を、一斉にエリスへと向けた。
引き金が引かれれば、彼女は赤い水を吹き出すオブジェに代わる。
だが――
「私の獲物が――」
全員が、眼を揺らした。
確かに、奴の手には銃とナイフだけだったはず。
それ以外の武器を隠す場所なんてない。
いや、こんな博物館級のウェポンを、どこから?
何故だ…何故…
「なんだって?」
両手に抱えていたのは、大きな筒状の主砲が印象的な火器。
水冷式M1917。
20世紀初頭に誕生した、重機関銃だ!
「逃げろー!」
銃弾を装填していないのに、機関銃が唸り声を上げて、猛烈な数の弾丸を飛ばしてくる!
先ほどのマウザーと同じ、透明な銃弾だ。
白い歯を見せて、笑みを浮かべるエリスの前に、敵が次々に倒れていく。
逃げ遅れ、立ち尽くしていた兵士はもちろん、その後ろにいたモウリョウも無論。
膝に入れた力を抜き、台から降りると、周囲にいるモウリョウたちも、残らず機関銃で殲滅していく。
イングラム男は、誰より早く、スロット台の影に。
「いったい、あの女は…」
だが、銃弾を避けて、8つ足のカエル頭のモウリョウが、敏捷な動きでエリスに迫りくる。
盾になるモノも、隠れる場所もない。
頭が縦に割れて、おぞましい牙を向けてきた。
人間など、簡単に貫くほどに。
だが、彼女は――
「バカな!」
クルッとスカートを翻すのと同時に、重機関銃がレイピアに変わったではないか!
エメラルドの装飾と、細く鋭い刃先が光る。
電光石火、捕食生物を横一文字に切断。
灰と消えた。
「中世の遺物を…どこで…っ!」
動揺するイングラム男の視界から、エリスが動いた。
カジノの中を走りながら、レイピアで怪物たちを切り裂いていく。
まさに騎士のような、カッコよさと、立ち回りで。
舞い上がるカクテルグラスと、チップ。
そして、モウリョウの肉片。
彼女は確かに、真っ赤なカーペットの上で、優雅な剣の舞を踊っている。
ウオオオオ!
大型のモウリョウが、エリスに襲い掛かると、レイピアが剣に。
それも、内側に巻かれたフィンガー・ガードが特徴的な、15世紀後半、スペインの刀剣。
瞬きするより早く、彼女の手元が換装されていく。
「やああああっ!」
自分の腰上以上の刃を、華奢な両腕で振り下ろすと、唸る衝撃波が背後のモウリョウと、スロットマシーンを破砕。
マシンが火花を散らしながら、爆発の連鎖を起こしていく!
「!!」
右方向から気配!
「しねえええええええ!」
黒服男が、ぎらついた目をさせ、ダガーナイフを両手にとびかかってきた!
「よし、いけ! アレックス!
流石は元グリーンベレーだ!
おまけに奴は、接近戦に不利な大型の刀剣を持ってる。
反撃できるもんなら、してみるがいい!」
イングラム男の嬌声は、コンマ数秒で無に散った。
武器がいつの間にか、ロングボウに変わっていたからだ。
ヒュっと放たれた一本の矢が、男の心臓を貫く。
目を見開いたまま即死した身体が、豊かな茶髪をかき乱すことなく、後ろにのけ反って地面に墜落していく。
「な…っ!」
更にくるっとターン。
いつの間にか装填された矢を、思いっきり引っ張り上げて、標的に放つ。
鋭い視線の先。
バーカウンターの影から、ライフルで狙撃しようとしていた兵士を打ち抜く。
スコープを貫き、脳天をかち割って。
「い、一体、コイツ……」
言葉を失うイングラム男。
武器を、マウザーとナイフに戻すと、エリスは彼のいる方を向いた。
男もまた、下唇を震わせて、スロットマシーンの影から出てくる。
「私のアトリビュート、サロメ。
その正体はマウザー拳銃とナイフ……というのは、正解であると同時に不正解」
「ならば、あの重機関銃か…」
「いえ。それも、正解であり不正解。
もっと言えば、レイピアも、刀剣も、ロングボウも、何もかも同じこと」
そう、この宝具は呪具である。
だがしかし、武器と呼ぶには、その概念が完全に浮遊してしまっている。
固定されていない武器。
否、最早それは、武器という人間の知識的言語野を超越した何者か、なのかもしれない。
「だったら、お前の呪いは……アトリビュートはいったいなんなんだ!」
恐れおののくイングラム男の悲鳴。
エリスはとびかかってきたモウリョウを、一発の銃弾で仕留めると、口を開いた。
「神の子、イエスの洗礼者ヨハネ。
彼の血を吸った杯と、首をはねた剣でできた宝具。
それが、サロメの正体。
聖書から戯曲へと、歴史の波の中で語り継がれて、今に至る。
私のアトリビュートはね、そんな人類の荘厳で、野蛮で、本能的な全てを引き継いでいるのよ」
アンナは遠くから、腕を組み、壁にもたれかかって、その少女を観察していた。
あやめも、リオも、そしてメイコも…だ。
彼女たちは皆、宝具の正体を、知っていたから。
「アトリビュート、サロメ。
あの宝具はね、人類が現在に至るまで生み出してきた、あらゆる武器をコピーし、そのパワーまで、寸分狂わぬまでに具現化する力を持っているのよ。
太古、中世、近代、現在……人類の歴史の数と同じだけ、この宝具は姿を変えられる!
だから、魔術師は恐れた。
だからバチカンも、その恐ろしさに、宝具を封印した。
それは、人類の歴史への抵抗―― 神への反逆に他ならないから!」
エリスの背後で燃える紅蓮の炎。
瓦礫と、モウリョウのちぎれた手足のオブジェが、彼女の城として、黒いシルエットを醸している。
「私も、その中に取り込まれる覚悟はできてる…。
さあ、私を殺せるのなら、やってみなさい!
自分たちの歩いてきた道程を、叩き売れる覚悟があるのなら!」
「うてえええええええ! 撃ち殺せえええええええええええええええっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます