68 それ以上でも、以下でもない存在


 「やあああっ!」


 アンナの剣が、巨人を斬り


 「はあああっ!」


 あやめの刀が、水しぶきを上げ


 「メイコ、右っ!」

 「はいっ!」


 リオのウィンチェスター銃が、孤を描いてモウリョウを貫く。


 バチカンとノクターンの、一瞬の連係プレー。

 最新技術で量産された妖怪たちが、次々と灰に帰していくが、依然と数は減らない。


 「クソッ! 一体どんだけのモウリョウを持ってきたんだ!」

 「リオさん、やっぱり、これって…」

 マシンガンに弾倉を装填しながら、問いかけるメイコに、リオは頷く。


 「こんだけのバケモノを用意できる連中なんて、奴らしかいない!

  私の仲間…そして、婚約者を殺した、あの女たち!!」


 彼女の腕が、アトリビュートが小刻みに震える。

 濁った瞳、吊り上がる眉が、その憎しみを嫌と言うほど示していた。


 だが、そのボルテージを上げる前に、モウリョウたちは次々と、カジノに流れてくる。

 その上、部屋を突き抜けてきたカシャのコンテナからも、モンスターが出てきた。

 特殊ジェラルミンのコンテナを突き破って、緑色の触手生物が雄たけびを上げる!


 「勘弁してよ…モグラたたきじゃないっての!」

 

 肩で息継ぎをするあやめに、アンナは背中を合わせて冷やかしを。


 「あら、日本最後の半妖ともあろう貴方が、これぐらいで弱音を吐くだなんて。

  妖怪たちの質も、落ちたもんね」

 「そういうアンタも、どうしたのよ。

  右目つぶって、いたそうじゃない。もう、目が疲れたの?

  バチカン最強の諜報員も、ただの飾りかしら」

 「吹くじゃない。ま、流石、エリスが認めた女の子だわ…」

 「さあね。認められてるのか、それとも、利用してるだけか」


 アンナは意外、といった表情で、あやめの方を向いた。


 「利用?」

 「ノクターンの相互利益は、録音器の発見と破壊。だけど、その目的はバラバラよ。

  でも、エリスちゃんの憎しみは、私やリオさんが持ってるソレとは、比べ物にならないし、経験則、彼女は簡単に自分を逸脱する。

  そういう人よ、目的のためなら盲目になって、分水嶺を超えれば、一気に決壊して周りを巻き込む」

 「そこまで分かってて、あの探偵社にいるのか」

 「ま、根は悪い人じゃないからね。エリスちゃん。

  それだけを抜けば、同い年の、天真爛漫な女の子」


 その時だ。

 

 「お喋りは、この仕事が終わったらじっくりしましょう?

  クロワッサンとアメリカンを片手にね」

 「フッ…その前に、朝日を拝めればいいけどね。エリス」


 エリスの声が、天井から聞こえてくる。

 彼女は未だに、あの踊り場に。

 その手には、武器となるものは、なにも持っていない。


 「それはそうと、斜に構える暇があったら、こっちに来なさいよ!」

 「生憎だけど、もう少し、こうさせて貰うわよ。」


 エリスは、対岸でにやつく男に目を向ける。

 ゲイリー・アープ。その人に。


 「さあて、と。

  予想以上にパーティーが滅茶苦茶になった以上、強硬手段と行こうじゃない?

  ケサランパサランは、どこ?

  あの扉は何処につながってる?」


 彼女は鋭い目つきで、ゲイリーを見るが、彼の余裕は変わらない。


 「それが、君の本性か。

  昼のままでいた方が、かわいらしいよ。第一、笑顔が勿体ない」


 だが、エリスは斬る。


 「私、媚びることが、この世で一番嫌いなの。

  たとえそれが、男だろうと組織だろうと。

  私がどう生きるのか、それを決めるのは私よ。あなたじゃない!」


 その言葉に、ゲイリーは鼻で笑った。


 「まあ、いいや。

  扉の向こうに何があるのか、それは、今あそこで、日本刀振り回してる、おっかない仲間に聞いたらどうだい?

  今さっき、私の忠実な兵士のリーダーが、全部喋っちゃったからね」

 「あら、機密情報を簡単にリークするだなんて、とんだ駄犬ね。

  ラスベガス最高のホテルグループが、聞いて呆れる」

 

 彼女が笑った以上に、ゲイリーは声を上げて嘲笑する。


 「何を都合よく考えているんだね?」

 「どういうこと?」

 「隠す必要がなくなったのさ。

  もう間もなく、お前たちが掴んでる唯一の糸は途切れる。

  貴様らの負けだ。ノクターン」


 途切れる!?


 「アヤ!」


 エリスの叫び声に、あやめはモウリョウを叩き切りながら説明した。


 「つい数分前に、ジェンキンスの部下を締めあげたのよ。

  目星をつけていた扉の奥、そこにあるのはフェニックス・インペリアルホテルと、ここを繋ぐ現金輸送用の秘密鉄道。

  それが、緊急事態になると自爆するように作られているらしいわ」


 「自爆!?」


 緊張の匂い。

 喉の奥を、重たいものが流れ落ちる。


 「フェニックス・インペリアルからの進入路は、厳重に閉ざされていて、軍隊でも突破不可能らしいの。

  とにかく、このモウリョウを掃除して、あの地下鉄を押さえないと…もう、時間が無い!」

 「持ちこたえられそう?」

 「分からない。

  妖怪の血のおかげで、撃たれた傷口はふさがりそうだけど、この数のモウリョウ…どこまで切り倒せるか……。

  リオもメイコも、玄関での銃撃戦で、消耗しているのは確かよ!」



 「オーケイ…ここから先は、私が面倒を請け負う番よ」

 


 フッと笑い飛ばし、エリスは自らの両腕を、胸の前で左右に交差。


 「エリスちゃんっ!」


 そう―― あの構えだ。


 「汝、井戸の底にある声を求めよ」


 どことなく吹き上げる風が、スカートを、フリルを、そして彼女の豊かな茶髪を、丁寧に揺らし始める。


 「な、なんだ!?」


 ただ事ではない。

 それは、にわか魔術師たるゲイリー、彼でも理解はできた。

 本能的というやつだ。


 「恐れをもて許しを請い、七つの喜びをもて舞い踊れ」


 ゲイリーは、咄嗟に叫ぶ!


 「誰でもいい!

  あの女を殺せ!

  あの呪文を止めるんだ! 早く!」


 しかし、誰も彼も、モンスターに構うだけで精いっぱい。

 社長の声は今や、銃声より価値がない。


 そして、両手の甲に光る紋章が現れ、呪文は最後の一句!


 「されば我、銀の杯と紅の接吻を、汝の物として与えん」


 「!!」


 光が物質となって具現化し、右手にマウザー、左手にナイフ。

 エリス・コルネッタのアトリビュート、サロメが現れた!


 「な、なんなんだ、お前は! 答えろ! オンナぁ!」


 気でも触れたように、ゲイリーは踊り場から乗り出して、今さっきまで全てを囁いた女を問いただす。

 被告人と裁判官。


 彼は、自分が被告人であることを忘れていた。

 否、彼にとって、眼前にいるのはオンナではなかったからだ。

 

 自らの胸元から吹き出す官能の薔薇も、耳元で囁く駄文のショパンも、権威と財産のサーチライトも全く通用しないオンナ。

 男に媚びず、兵士以上の威圧で、自分を瞳の中に含ませない女性。


 彼女は、ゲイリーが見上げることも、見下すこともできない……未確認生命体。


 彼女は、何者なんだ!


 「私はエリス・コルネッタ。ノクターン探偵社社長。

  ―― それ以上でも、以下でもない!」

 

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