2日目・夜~牡牛部隊、ナナカの奮闘
70 ベネチアンホテルの災難
その頃――
ベネチアン・ホテル前 ストリップ
優雅な水の都は、恐怖のどん底に叩き落された。
――などと描くと誤解が生まれそうだが、今はそう書くしか表現のしようがない。
現にサンピエトロ広場…を模したフロアから、人々がホテルの中へと逃げていくからだ。
通りも悲鳴に包まれ、走ってきた車は、カギを掛けられたまま、持ち主に捨てられる。
サイレンを鳴らして駆け付けたパトカー。
警官たちは、ドアを盾に、その銃を夜空へと向ける。
自分たちの背丈以上、黄緑色の皮膚に、ぎろっとした一つ目。
3メートルは優に超える、サイクロプス型のモウリョウ。
オールドロマンに現れた個体の中では、一番巨大なモンスターが、ラスベガスの街に放たれたのだ!
ストリップに架かる、ホテルの連絡歩道を、振り上げた両手で容易く落とすと、周囲に地響きと土煙が舞い上がった。
小さく、そして忠実に再現されたサンピエトロ広場は、もう数歩先。
まだ、観光客が多数いる。
パニックになって逃げてる者もいれば、立ちつくしてしまう人、状況を携帯電話のカメラに収める勇者さえいた。
「撃て!撃て!」
誰かの合図で、警察官の猛撃が開始される。
しかし、ハンドガン程度の攻撃で、怯むほどのスケールじゃない。
モウリョウは、足元を見回す。
連絡歩道の瓦礫と、乗り捨てられた車。
それらを容易く、右足で一蹴。
飛んできた瓦礫でパトカーが押しつぶされ、警官が恐怖から逃げ去った。
更にモウリョウは、足元のワゴン車を右手で軽くつかむと、ベネチアンホテルに向けて、放り投げた!
雨よけの小さな広告塔を破壊しながら、ゴンドラの浮かぶ海へ。
上部に取り付けられた電光掲示板から火花が飛び散り、投げ込まれた瓦礫が、小さな津波を引き起こす!
カメラを下げて、重大な事実に気づき逃げる人々。
彼らに、乗り上げた水やゴンドラが襲い掛かり、そのままホテル内に押し流す。
更に波は、ホテルのショッピングモールにも。
ベネチアの裏小路を再現した、グランド・キャナル。
160件以上の有名店が立ち並ぶ、豪華な空間にも水が押し寄せた!
水路を波立たせ、客が乗ったままのゴンドラを次々とひっくり返し、押し流していく。
それでも、モウリョウの暴挙は止まらない。
今度は路肩に停車していたトラックを両手で持ち上げると、ホテルのシンボルである三角屋根の鐘楼に向けて投げた!
ガシャーン!
宙を舞い、中腹にトラックが直撃した鐘楼は、左右に揺れながらゆっくりと傾き始めたではないか!
「逃げろ!」
ホテルの正式なエントランスとなっている鐘楼。
スクラップと化した鉄くずが、その足元に落下すると、衝撃か、鐘楼は後ろ向きに倒れ始めた!
隣接するマダムタッソー蝋人形館、そしてデニーズレストランを大破させ、大爆発を引き起こす。
レストランのガスシステムを傷つけたのだ!
火の玉と共に、瓦礫が辺りを包み込んでいく。
ストリップ北側でも、特に絢爛豪華なエリアは、まるで紛争でも起きたかのような様相に、5分足らずで様変わりしてしまった。
このままでは、ホテルに逃げた人々も危険に晒される!
グオン!
突如、ホテル入り口に繋がる交差点に、パトカーが一台!
まっすぐ、モウリョウの足元へと向けて突っ込んでいく。
ドアが開き、飛び降りた人影。
くるっと転がりながら立ち上がり、指揮棒を無人で疾走する車に向けた!
「ドゥーラメンテ!」
叫び声に呼応して、屋根に浮かび上がるルーン文字。
直後、パトカーは足元で大爆発!
猛烈な熱気が、モウリョウの肌を焼く!
火の玉の向こう
交差点一杯に整列したSUV。
ヘッドライトに照らされたシルエットが、ゆっくりと指揮棒をおろした。
金髪の少女、ナナカ・N・リンドグレーン。
「派手にやってくれましたね」
モウリョウも、その姿に体を変化させた。
両腕から五本指が消えて、太く長いムチに。
「さあ、私と一緒に、葬送曲を奏でましょう……」
唸り声と共に、まず右腕のムチが振り下ろされた!
「モルビデッツァ!」
刻んだのはニイド。忍耐のルーン。
瞬間、彼女の前にバリアが現れ、触手の攻撃がすべて弾かれる。
前、左右、上。
あらゆる場所に間髪入れず、モウリョウは腕を叩きつけるが、びくともしない。
「マハロ!」
指揮棒を掲げたまま、ナナカは叫んだ。
並んだSUVの前。
オーバルフレームの眼鏡をかけた青年、マハロと呼ばれるその男は、背後にいる仲間たちに指示を出した!
「聖弾装填…撃てぇ!」
神父姿に身を包んだ男たちが、一斉に拳銃をモウリョウに向け、引き金を絶え間なく引き続ける。
銃口から響く旋律と、タイヤの下を転がっていく薬莢。
お見舞いするのは、聖弾。
聖水により清められた、パチュリー所属の悪魔祓師にのみ、配布と使用が許された銃弾だ。
モウリョウほどのレベルなら、かすっただけでも灰に帰すが――。
「効果なし、か」
顔をゆがませたナナカ。
彼女のつぶやき通り、サイクロプス型のバケモノには、出血どころか、傷一つない。
聖弾が通用しなかったのだ。
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