67 モウリョウ出現!!


 「カシャ!?

  バイオ妖怪運搬車が、どうしてここに!?」

 「気をつけろ、エリス。 来るぞ!」


 壇上のバチカン組は、立ち込める土煙を前に、足を半歩、引き下げる。

 それは、階下のあやめも同じ。


 残っていた、ホテルの兵士― イングラム男の部下たちは、何事が起きたのか分かっていない。


 その奥から聞こえてくる声すら、ガス管が破裂した音だと思っていたくらいだ。


 ズン…ズン…という、巨大さを嫌と言うほど突き付ける足音をくぐり、大破した車両を叩きつけてきた張本人が姿を現した!


 「なんだ、あれは……」


 現れたのは、2メートルはあるだろう二足歩行の、巨大生物。

 その表面は紫紺、その上、狗のような双頭を有していた。


 次いで、今度は赤色の生物。

 こちらは、長い牙とムチ状の両腕。


 更に四足歩行の生物が、ジャンプしながら大破した車の上に。

 目玉が5つもある上に、長い髪の毛を振りかざしてくる。


 まだまだ出てくる生物たちの行進。


 色とりどり、大きさも形も千差万別。

 個体によっては、咆哮や金切り声を絞り出す。


 「おい、こいつら一体なんなんだ!」

 怖気づくイングラム男に、あやめはベレッタに、新しい弾倉を装填しながら答える。


 「モウリョウ…そう呼ばれているわ。

  バイオテクノロジーによって、無限に、かつ大量に増産できる、簡素なクローン・モンスターよ。

  さっき、このカジノに突っ込んできたのが、そのモウリョウを輸送する専用の自動車、カシャ。

  どこかの誰かが、妖怪をデリバリーしてきたって状況よね」


 イングラム男は叫ぶ。


 「お前たちじゃないのかよ!」

 「モウリョウを生産できるのは、それだけの設備と資金を持てる組織だけ。

  そこから、個人がモウリョウを買ったケースもあったけど、まあ、滅多に起きないわね」


 理由は単純だ。

 モウリョウを手に入れるには、生命維持装置を搭載したカシャもセットで必要。

 その費用は、C4やRPGより高価。

 個人テロで使用するには、あまりにもリスクが高すぎるという訳である。


 「そんなことより、早く、アンタたちの兵隊を引き上げて。邪魔だから」


 あやめの言葉に、イングラム男は自分のM10を、彼女に向けた。


 「バカか。お前たちの手に引っかかる――」

 「アンタらの手に負えないわよ。あんな生き物。

  確かに、モウリョウは、人間の知るあらゆる動物に比べて脆い。銃弾を数発食らえば、すぐに死に、灰になる。

  でもね、あの化け物のパワーは折り紙付きよ。

  個体によっては、グリズリーを数秒で肉片にできるわ!」

 

 その直後に悲鳴が。

 次いで、マシンガンの銃声がこだまする。


 見ると、イングラム男の部下たちがパニックになり、モンスターに向けて銃を乱射している。

 銃弾の当たったモンスターは、動きが止まり、肌の色がモノクロへと変わり、そこから灰となって、形が崩れていく。

 

 だが、怪物の方が動きは上。


 振るわれる触手や、襲い来る四足歩行生物。

 餌食になった男たちは、断末魔と血を吹き出しながら、肉片と化していく。


 イングラム男の前に落ちてきた腕。

 血があふれ出す生肉を前に、足が震え出す。


 「これ以上、死体を増やしたくないの。

  それが戦争だろうと、テロだろうとね。

  分かったら、とっとと、どきなさい!」


 あやめは強引にイングラム男を押し倒し、そのままモウリョウに向かって突っ走る。

 ココロのなかで、封印解除の呪文を唱え、右手に村雨を生み出しながら。


 「はああああっ!」


 まず、双頭の怪物を一刀両断。

 身体から色が失われ、灰色のブロンズが崩れ去るのを見送るより前に、今度は右へと刀を振るう。

 襲い掛かってきたモンスター、その数10体。

 一瞬で灰と消えた。


 「脆い。所詮はコピー商品か」


 だが!


 「しまった!」


 8本足の俊足動物。

 尖った口だけのそいつが、飛び上がって襲ってくる!


 四方から――

 逃げ場がない!


 「あやめ!」


 叫び声の後、一発の銃弾が4体を同時に死滅させた。

 こんなことができるのは、1人しかいない!


 「リオ! メイコ!」


 入口には、アトリビュートであるウィンチェスター銃を構えるリオと、サブマシンガンを両手で抱えるメイコの姿。


 「お待たせ!」

 「遅いわよ!」

 「ヒーローは、遅れてきた方がいいってママ言ってたぜ?

  それに、エリスが生きてたなら、こっちも安心してバケモノ退治ができたからね」 


 リオの言葉に、互いの頬が緩むノクターン探偵社たち。


 一方、バチカンサイド…アンナの無線が鳴った。


 ――こちら、マハロ!

 「いったい、何をしてるの。ノクターンはもう…」

 ――外に居るモウリョウが予想以上に多く、手間取っている状況です。

   ノクターンは、そのすきをついて…


 舌打ちをしながら、エリスをにらんだのはナナカだ。

 それに気づくと、当の本人は「怒らないの。美人が台無しよ」と、猫なで声。


 ――数体が、ホテル外に出たため、現在そっちを追尾中。

 「ホテルを出た? どこに向かってる?」

 ――ホテル・アンコール方面へ。まもなく、ストリップに出ます!

 「わかった」


 溜息を1つ、アンナはエリスの方を見た。


 「漁夫の利というやつか、運のいい女め」

 「それは、どうかしらね…このモンスターをどうにかしないと、どのみち、ここが終点よ。

  で、そっちはどうするの?

  モウリョウごときで一般人に被害が出たら、流石の枢機卿も、異端排除の大義名分、受け付けてくれないと思うけど?」

 「言われなくても」


 アンナは振り返って、ナナカに言った。


 「アンナ、マハロと合流して、ストリップに逃げた雑魚を片付けろ。

  どんな魔法を使ってもいいが、人的被害は絶対出すな」

 「承知しました」


 深々と頭を下げて、その場をナナカが去ると、エリスとアンナは階下の惨状を見て微笑んだ。


 「懐かしいわね。エリス」

 「ええ。バリ島だったかしら?

  ジェーマ・イスラミアに誘拐された、ロキ神父夫妻の奪還作戦。

  幹部アジトを2人だけで襲撃したっけ…若かったよねぇ」


 手すりを握る、2人の手。

 互いの紋章が、ゆっくりと手の甲に浮かび上がってくる。

 アトリビュートを封印している力だ。


 「確かに。まだ、10代だったもんね。

  よく死ななかったと思うよ。本当に」

 「今回はどう? アンナ」

 「この部屋だけで、敵数ざっと40。パニックにすら入らないわ。

  それに、この事件、悪いけど、あなたに先を越されたくない…ケサランパサランは、バチカンが抑える」

 「こっちも、依頼人からペイもらってるからね。そう簡単には引けないわよ。

  ……でも、命を救われた借りがある。

  借金は、利子がつく前に返すのが、私の主義なもんでね。

  先行はアンナ、君に譲るよ。どうぞ、ごゆっくり」


 そう言いながら、エリスは踊り場から手を放し、アンナの後ろへとあとずさり。


 「だったら、お先に失礼するわ!」


 刹那!


 手にソードを具現化させたアンナが、踊り場からさっそうと飛び降りた。

 どんな情報をも見通せる瞳。

 それを持ち主に与える宝具、オルクス・デュ・ルチーアを手に、守護聖女は立ち向かう!


 「異端だろうが、なんだろうが関係ない。

  目の前の障壁は―― 全部、叩っ切る!」


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