61 Round aboutで種明かし―激憤


 その異常に、まず感付いたのはボン・ヴォリーニを案内していたジェンキンスだった。

 実は、カジノとホテルを繋ぐ通路にある隙間が、ケサランパサランにつながる秘密の通路というのは正解だった。

 しかし、あの設計図には存在しない、もう一つの入り口が存在していたのだ。

 表向きはVIPの緊急脱出用である、地下通路が。


 ジェンキンスは、あやめの進入を知り、そっちへとボン・ヴォリーニを案内していたのだ。

 

 場所はレストランフロア。業務用の従業員口に擬態した鉄扉。

 そこを開けた時、会話をするジェンキンスとボンを置いて、愛人が振り返り、こう言った。


 「ねえ、なんかレストランが急に静かになったんだけど?」


 瞬間、ジェンキンスも気づいた。

 さっきまで包み込んでいたはずの笑い声や話し声、それらが一切合切、電源を引き抜いたかのように一気に消えていた。

 嫌な予感を胸に、彼は通路奥で待機していた黒服に2人を任せて、様子を見に行った。

 

 確かに、レストランフロアに人影がない。

 客どころか、従業員すら。

 テーブルの上に料理を残し、キッチンには調理中の牛肉やフライパン、洗われていないジョッキ。

 とにかく、あらゆる時間が取り上げられたかのよう。


 「メアリー・セレストに迷い込んだ気分だぜ。しかし、一体……」

 

 その上、奇妙なことに気づく。

 足を前に、つまりフロントロビーの方へと向けると、何故か体が重くなり前へ進めない。

 逆に後ろへ下がると、身が軽くなる。

 

 どういうことだ。

 ジェンキンスは、手元の無線を引っ張って、イングラム男を呼び出した。


 「警備室。レストランフロアに客がいないぞ。まるで、蒸発でもしたようにな」

 ――まさか!?

 「この私が、仕事中に冗談を言ったことがあるか! 今、お前はどこにいる?」

 ――武器庫で、銃を引っ張り出してたところですが。

 「すぐに監視モニターを確認しろ。あの姉ヶ崎が、何かしたに違いない」

 ――ですが、あの女はずっと、ブラックジャックのテーブルに座ったままですよ。

   それも、このホテルに来てからずっと。トイレにすら立ってないんですわ。

 「バカ野郎。お前が武器庫に行ってる間に――」

 ――ここに来たのは2分前ですよ。警備室と距離はそんなにない。

   仮に席を立ったのなら、何らかの形で報告を受けているはずです。


 この情報が、ジェンキンスを一層混乱させた。

 席を立ってない?

 だとするならば、彼女に細工は無理だ!


 ■


 混乱は、イングラム男も同様だった。

 

 「そんなバカな、こっちはずっとモニターで、あの女を監視していた…。

  確かに、不可解な勝ち方をした。ただ、それだけだ。

  このホテルのどこかに細工する時間もなかった。

  ……もしかして、仲間が!?

  いや、仲間も監視していた。ホテルの外に居て、なにもせずに突っ立ってるだけ。

  第一、ホテルの空調や水道、なに一つとっても、異常があればすぐに警報が鳴る。エアコンのホコリ詰まり程度でもな」


 独り言を言いながら、イングラム男は警備室に入った。

 モニターにはあやめが映り、ブラックジャックのラストゲームを行っているところだ。


 「どうだ、様子は」

 「別に、なにも変わっていませんよ」

 

 報告を受けて、胸をなでおろしたイングラム男。

 しかし、監視員は続けた。


 「けど、この女、一体何がしたいんでしょうね」

 「というと?」

 「だって彼女、ブラックジャックで大勝ちしたかと思ったら、次のゲームでは自爆したり、その逆だってあった。

  手札的にはディーラーに勝てるはずの状態でも、テーブルをたたいてカードを要求する。

  カードリーディングをして、相手を見ているようでもなければ、イカサマを匂わす手癖もない」


 確かにそうだ、と、イングラム男も心の中で合点する。


 「コイツは今も負けまくってる。掛け金も僅かだ。一体、どういうことか……」

 「当たり前ですよ。ずうっとテーブルを叩きゃあ、そうなりますって。

  やっぱり、あの前半の奇跡は、単なる偶然かぁ」


 テーブルを叩きまくってる!?


 瞬間、イングラム男の中で違和感が生まれた。

 つい1秒前まで感じなかった違和感。


 そう、あやめだ。


 モニターにあやめが映っている。


 メインモニターだけでなく、全てのモニターに。

 彼女の正面、上、右、左、下。

 つま先から胸元、瞳に至るまで、カメラは完全に、あやめにくぎ付け。

 部屋にいる全員が、同じ女をリアルタイムで、同時に監視しているような状況。

 

 そう、警備室のモニターに、それ以外の情報がない。

 数秒で切り替わる、監視モニターの視線を、この女が全部掻っ攫っている。

 カジノルームの情報、否、このホテル全体の情報が完全に遮断された状態だった。


 イングラム男は、すぐに無線を引っ張った。


 「おい、カジノルームにいる奴。誰でもいいから状況を報告しろ」

 ――こちら6班。スロット8番コーナーより監視。異常なし。

 ――こちら2班。バーカウンターより監視。異常なし。

 ――15班、カジノ入口より監視。異常なし。


 「客はどうだ」

 そう聞くと、全員口をそろえて

 ――あの女のテーブルに群がってますよ。奇跡を見たくてね。


 トランシーバーを持つ手が震えた。

 怖さを押さえて、監視員に指示を出した。


 「すぐに全カメラを、この女から遠ざけろ。カジノ全体が見たい」

 「は? 意味が――」

 「言われた通りにしろ! すぐにっ!」

 

 首をかしげながら、1人がメインモニターを切り替えた。

 カジノ全体を見渡せる、1433番カメラ。

 キーボードをたたく音の後、恐怖が部屋全体を支配した。


 「どういうことですか…これ…」


 カジノに人がいない。

 スロットにも、ルーレットにも、バーカウンターにさえ。

 いるのは僅かに数名。監視員や最低限のスタッフだけ。

 今まで溢れていた客が完全に姿を消していた。

 敷かれた赤絨毯が見えすぎるぐらい。

 

 「あの女…何をしやがった…」


 声を震わせて、イングラム男はカメラの映像を巻き戻させる。

 客は確かに、数分前までいた。

 それが徐々にいなくなっている。

 

 彼女がブラックジャックを決めたあたり。

 画面左端を、人ではない何かが通過した。

 

 「なんだありゃ」


 拡大してみてみると――


 「オモチャです。スクールバスのミニカーですよ」

 「なんで、んなもんがカジノを走ってるんだ?」

 「それも、このミニカーなんですが、青い轍を刻みながら走ってるんですが、直後にソレが消えてるんです」


 刹那!


 「見てください!」


 背後の監視員が叫び、イングラム男が向かう。

 四分割されたモニターに映し出されたのは、ソフビ製のカエル人形。

 足元にいてても気づかれないほどに小さい、スマイルを浮かべたマスコット。


 「18番テーブルの女がプレイ中、こいつらが動いていたんです」

 「なんだと!?」

 

 動画を見ると、確かに動いていた。

 両足でジャンプしながら、前に前に進む人形。


 「明らかに、ねじ巻きの動きじゃねぇ……確か、ジェンキンスの言うところだと、この女魔術を使えると言ってたな」

 「でしょうね。そのおまけに」


 今度は映像が二分割。

 あやめの手元が映し出された。


 ヒット、手札を要求してテーブルを二回叩いた時だ。

 カエル人形が大きくジャンプ。

 その場に青い光が浮かんで、五芒星を作り出すと絨毯の中に消える。


 他のパターン、他の人形も同じだった。

 タップが行われると、人形がジャンプして五芒星が生まれ、消える。


 人形が妖術のスタンプの役割を果たし、ヒットの合図をカモフラージュに、フロア

に術をかけたのは間違いない。

 おそらく、さっきのスクールバスも。術をかけると同時に、点でしかない五芒星たちを線で結んでいた。 


 しばらくすると、人形たちの行進も止まる。

 一斉に。

 丁度、あやめが二杯目のサイドカーを飲み干したときだ。

 彼女がグラスを床に落とすと――


 「!!」


 画面が一瞬青く点滅し、その直後から、カジノにいた客がゆっくりと出口に向かって歩き出した。

 操られるでもなく、自分から自然に出ていっているのだ。

 そのことに、監視員たちは誰一人として気づいていない。

 客が立ち去ると、数名のカジノディーラーも、その後に続く。


 「ナメた真似しやがって……呑気にブラックジャックなんぞしていたのは、俺たちの目を自分に向け、その間にカジノ全体に妖術をかけるためだったのか!」

 「なんて奴」

 「モンスターとシャーマンの血が流れてるなら、これくらいできるだろうよ」


 下唇を噛みながら、監視員は続ける。


 「しかし、こんな人形とミニカー、いつの間に」

 「チャンスはあの時しかないだろう」

 「は?」

 「女がカジノに来たときさ。アイツ、スタッフに止められたとき、のらりくらりと御託を並べやがっただろ。

  あの時さ。あの瞬間から、奴のマジックは始まっていたんだ。

  俺たちだけでなく、客にすら自分の注目を集め、足元を走ってくるミニカーに気づかせないようにしたんだ。

  後は、カジノに入って客を装い、部屋を無菌室に」

 

 ジェンキンスの唇から血が流れる。

 最大限の侮辱だろう。

 なんせ、自分のテリトリーを内側から完全に食い破られたんだから。


 「でも、どうしてカジノルームを無菌室に…ま、まさか!?」

 「そうだろうよ。上層部しか知らない秘密施設。そこに通じる場所が、このカジノとホテルを結ぶ廊下の間にあるんだからな!」


 瞬間、メインモニターの監視員が叫んだ。


 「ホテル1階から、人が消えてます!

  レストランも、ロビーも、ショップも!」


 部屋のモニターに並ぶ、ホテルの風景。

 ついさっきまで賑わっていたホテルから、人が完全に消えた。

 

 してやられた――。


 メキメキと握力で軋むトランシーバーで、イングラム男は、切れた“何か”から解放された野獣で、全ての鎖を食いちぎった!


 「オールドロマン・ホテルにいる各員に告ぐ!

  敵が進入した。総員、レベル5の銃火器で武装し、カジノフロアへ突入せよ!

  目標は秘密施設へ通じるメインゲートの死守、そして18番テーブルに座る、忌々しいアバズレだ!」


 自身も、イングラム M10を右手に持ち上げて。


 「ぶっ殺せ! ありったけのタマぁぶちこんで、ビッチな魔女ウィッチを八つ裂きにしろ!

  女だからって容赦はするな! 綺麗に殺そうなんてことも絶対に考えるなよ!

  血の1滴、目玉の1つすら、絨毯のシミにしてやるんだ!

  さあ、行けぇ! この、恩知らずの兵士崩れどもがぁっ!!」

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