2日目・夜~戦闘開始!

62 銃撃開始!

 「…ブラックジャック」


 ラストゲームは、あやめの完全勝利で終わった。 

 だが、それを祝福する拍手も、興奮を引き立てる口笛もない。

 カジノフロアには、彼女とディーラー2人。

 そのディーラーも、あやめの術の中。


 返されたチップの山で、少女はゆっくりと危険な微笑みを、彼に向ける。


 「ありがとう。いい勝負だったわ」


 高額チップを、片手で弾いてディーラーに渡す。

 それも、彼女の妖術。

 チップを受け取ったディーラーは、目を虚ろに、白いタキシードの内側に手をやった。


 プラスチックカードの社員証。

 秘密の部屋、その入り口が奇異の目で見られる、何かしら特別な外見をしているとは思えない。入り方もまた然り。

 ならば、従業員専用口と同じように、社員証で入ることができるのではないか。

 あやめは、そう睨んでいたのだ。

 彼のカードが使えるかは未知数だが。 


 全ての術がホテルフロアを張り巡らした今、目の前の男を動かすなど造作もない。

 若干、じんじんとこみ上げ始めた、目の奥の痛さをこらえながら、彼女は手を差し伸べた。

 ディーラーが自分の社員証を、こちらに放り投げる。

 もうすぐだ――。


 刹那!


 ガシャン!


 山積みにされたチップを崩しながら、あやめの背後から踏みつぶされたミニカーが飛んできた。

 首をもぎ取られた、カエル人形も一緒に。


 その瞬間、目の奥の痛さが引き、ディーラーが我に返る。

 少女から血の気が引いた。

 見破られた!

 妖術が消えた!


 「おい! 店からの祝杯だ! 死ぬほど味わいなぁ!」


 その叫び声で、目を見開きながら振り返るあやめ。

 聞き覚えのある声だ!

 

 あのイングラム男が、そこにいた!

 左右にはタキシードの配下たち。

 手には自動小銃。ざっと数えても20人はいる。


 あやめは勢いつけて、さっきまで遊んでいたテーブルを、片手でジャンプ!

 優雅に飛び越えた!


 開口一声。

 一斉にサブマシンガンが火を噴く!


 トランプやチップが飛び、さっきまでゲームをしていたディーラーが、血を吹き出しながらハチの巣になる。

 死体から飛び散る血が、彼女のブラウスに飛ぶと、苦い舌打ちを1つ。

 

 「チッ!」


 台を盾に、銃弾の雨を防ぐあやめ。

 彼女の手が、自らのジャンパードレスのスカートへと延びていく。

 太ももに仕込んでいた、レッグホルダー。


 愛銃、ベレッタ 85F。


 シルバーの相棒を取り出すと、弾倉を確認し、セーフティーを解除。

 そして、生理ナプキンに包んでいたワイヤレスフォンを装着し、外に居るリオに向けて叫ぶ!


 「リオ、突入!」

 ――待ってたぜ。その声じゃあ、結構ピンチみたいだけど?


 リオの声に、一瞬の安心感を覚える。


 「予定より早く術が解けちゃってね…連中弾いてきたわ! 用心して!」

 ――了解! 秘密の扉の方は?

 「ゲーム中ずっと見てたけど、開いてもいないし、ボン・ヴォリーニが通過した様子もない。

  もしかしたら、こことは別に、入り口があるのかも」

 ――バカな。アレは完璧な裏帳簿だったはず。

 「おそらく、核シェルターと同じ理屈ね。

  第二の秘密空間として使用している場所は、同時に要人の緊急避難場所の役割を果たしているのよ。

  ホテルの入り口を見渡して思ったけど、このホテルには、セレブや政財界の人間も頻繁に来るようだから」



 あやめは連絡を取りながら、息絶えたディーラーのポケットというポケットを、まんべんなくまさぐる。

 あった!

 ホテルの社員証。社員ナンバーに、バーコードもちゃんとある。

 イングラム男は、言っていた。

 社員の何人かも、ケサランパサランの存在を知っている。

 ならば、彼の社員証が役に立つかもしれない!


 「使えるか分からないけど、カギは手に入れたわ。

  それと、弾が欲しい。相手はサブマシンガンだらけで、私のベレッタがどこまで持ってくれるか分からない」

 ――わかった、すぐに行く。死ぬなよ!

 「そっちもね」


 

 銃声がひとまず、途絶えた。

 撃ち尽くしたのだろう。


 あやめは、ディーラーの死体の襟首をつかみ上げて、立ち上がった。


 「さあ、行きましょう…死のタンゴを踊りながら!」


 肩越しに、驚くタキシードたちが見える。

 死体の耳元から、あやめは片手でベレッタを弾き、正確に相手を打ち抜く。


 ヘッドショット!

 気を抜いていた黒服が一人、また一人と倒れていく。


 「やれ! 殺せ!」


 イングラム男の叫びに、残った男たちのサブマシンガンが、再び叫び声を上げ始める。

 再度、穴だらけになるディーラーの死体――


 「!!」


 弾丸貫く死体の向こうに、彼女はいない。

 気配っ!

 スロットマシーンの森を駆け抜け、あやめがイングラム男の背後を取った!


 「野郎っ!」


 冷たい目線が、弾丸より早く相手を貫き、次いで肉体を貫いたバレットが、儚い生命を奪う。


 だが、いくら倒しても、応援の男たちが次々とやってくる。

 目を、歯を、ぎらつかせ、その上、短機関銃 H&K UMPで武装している。


 スライディングしながら、左足の太ももを露にするあやめ。

 巻き付けた予備のマガジンを取ると、素早くベレッタに装填。

 弾きながら、更に逃げ続ける。


 走って、走って、障害物の間を逃げ回って、彼女は応戦した。

 次々に飛んでくる弾丸をよけ、その銃口に鉛玉を打ち込むが、とてもきりがない!

 相手は短機関銃、サブマシンガンで武装した軍隊。

 容赦ない連射が、1人の少女を追いかける。

 スロットマシンが部品を吐き出して舞い上がり、跳弾したテーブルが踊り狂う。


 硝煙の匂いで窒息しそう。


 あやめはルーレット台を倒して盾にする。

 更に時間を稼ぐため、頭上にあったシャンデリアに、弾丸を二発。

 男たちの逃げた直後、重いクリスタルのシャンデリアが、スロット数台を押しつぶし火花を散らした。


 これで、相手と距離を保てた。

 それでも、いつまで持つか――。

 応援が来る足音が絶えない。


 「このホテル、一体どんだけ兵隊がいるのよ」

 ――私たちやバチカンに備えて、守りを固めていたのかも。

 「リオ! 今どこに?」

 ――正面玄関。チェックインに時間かかっててね…もう少し待ってて!

 「分かった! なんとかする」

 

 交信を終え、彼女は周囲を見回した。

 スロットコーナー近く、グレース・ケリーの泉が、カジノテーブルの森から姿を見せている。

 彼女は盾にしたテーブルから、這うようにそちらへ。


 やはり。

 あやめは口を緩ませた。

 池の傍にある、バーカウンター。

 客が飲み残したカクテルが、幾つも置いてあった。


 「いいわ…レディに弾丸を浴びせた代償、嫌でも思い知らせてやる」


 再び弾を打ち尽くし、銃声の止んだフロア。

 噴水の水音が嫌に目立つ。


 「どこだ、出てこい!」


 イングラム男の叫びに呼応して、あやめはゆっくりと立ち上がった。

 カクテルが置かれたままの、バーカウンターもたれかかって。


 「もう終わり? ……じゃあ、今度は私からの奢りよ。死ぬほど味わいなさい!」


 電光石火!

 伸ばした右手、指の間にカクテルグラスの持ち手を挟んだ。

 片手4つ。

 ぎゅっと鷲掴みにすると裏手に、眼前の相手へ向けてヒュっと投げた。


 それがどうした。

 端から観れば、そうだろう。

 だが、もう一度言う、彼女の中には雪女の血が流れている。


 カクテルが飛ぶ直前、彼女の手の中でグラスが前触れもなく突然に割れ、液体だけが残ったのだ。

 更に色とりどりのドリンクを、瞬時に凍らせ、勢いよく飛ばした慣性で鋭い氷柱に仕立て上げた。


 そう、コンマ数秒で彼女は、カクテルを尖った矢に変え、それを黒服たちに向けて投げたのだ。


 間髪入れず、今度は左手。

 氷柱が音より早く、空気を切り裂いて肉を貫く。


 威力は絶大。


 氷柱は的確に、心臓と眉間を貫き、10人の男たちが血しぶきを上げることすら許されず、その場に倒れ絶命する。

 死体の山。その真ん中にいたイングラム男は、何もできずその光景に固まるだけ。


 ドライアイスと化したあやめの手。

 じんわりと煙を吐き出す手の平をこちらにみせる、少女がいた。

 

 「おまえ…なんなんだ、一体……」


 威勢のよかった男は、うわずった声で、華奢な少女に怯える。


 「さあ。でも、わかったでしょ?」


 したり顔で持ち上げた、空のカクテルグラス。

 カクテルピンに刺さったチェリーを、ドライフラワーのように乾燥させ、グラスごと破砕しながら、あやめはささやくのだ。


 「私、ただの人間じゃない、って」

 

 イングラム男の恐怖が堰を切る!


 「撃て撃て撃て! このバケモノを撃ち殺せーーーーーーっ!」


 叫び声と共に、カジノに弾かれる、あらゆる銃器の悲鳴。

 あやめは再び、愛銃のベレッタを握り、片手で引き金を引いていく。

 スロットマシーンの森の中を走りながら。

 

 前から、後ろから、そして右の物陰から。

 狙ってくる相手を、正確に撃ち抜いていく。

 

 しかし、リオやエリスのアトリビュートならともかく、彼女の銃には有限がある。

 弾丸だ。

 一発で仕留めることを考えながら、残弾数を数える。

 その上、カジノに入ってから妖術を使い続け、氷柱攻撃によって、彼女の気力、妖力はかなり消耗していた。

 心拍数と共に、偏頭痛がひどくなる、あやめであった。


 「リオ。あなたの補給が頼りなのよ……」 

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