63 ドライブ・ウィズ・アンナ


 「レギオン偵察機からの情報です。

  オールドロマン・ホテルで、異常数値の妖気を検出。

  パターン白、神道・陰陽道系統の魔術とのことです。あの女でしょうか?」



 ストリップを疾走する、ワインレッドのアストンマーチン ラピードS。

 三車線の道路を優雅に走り抜ける。

 助手席でスマートフォンをいじりながら、ナナカは、ハンドルを握るアンナに、状況を報告した。

 


 

 ラスベガス上空では、昼の一件以降、バチカン・パチュリー第5部隊所属の観測ヘリコプター、UH-72Vが民間機に偽装して、ノクターン探偵社やフェニックス・インペリアルホテルの動向を観察していたのだ。

 モンスターや魔術が発する、あらゆる“気”を観測できる、万国妖気観測装置を搭載して。


 現在、コスモポリタンホテル上空を旋回中だ。



 「でしょうね。これだけノクターンが動いているのに、日本の陰陽寮がなぁんにも動かないんだから。

  それに、異常数値が出るほどの妖気を使える連中が、アヤメ無き後にいるとも思えないしね。

  ま、今回の事件、日本側は、何があっても知らぬ存ぜぬで通すつもりだろうから、しゃしゃり出るとも思ってないし」

 「どうしてです?」

 「件の妖怪、ケサランパサランは第二次大戦後まもなくの条約で、日本国内からの持ち出しが禁止されてているのよ。保管と管理も日本側の責任付きで。

  もし、日本側の過失によって、ケサランパサランが国外に出たとなれば――」

 「国際問題に発展する。ならば、沈黙を貫き、知ってても知らんぷり…ですか」

 「それも、ある種の政治ってもんよ。良くも悪くもね」 



 アストンマーチンが、ニュー・フォーコーナに差し掛かる。

 前方が赤信号。

 アンナはブレーキを踏みながら、ゆっくりと減速した。

 頭上の歩道橋が迫ってくる。


 「それから、フリーモント・ストリートでの確認以降、ゲイリー・アープとエリス・コルネッタの消息が完全に断たれて、既に1時間以上が経過。

  気になります」


 ナナカの報告を、アンナは冷やかした。


 「あらら? 口ではあんだけ罵っておいて、いなくなったら心細いの?」

 「まさか。仕事としてだけの心配です。

  異端殲滅と、怪奇事件制圧。両方連中に取られたら、メンツ丸つぶれですから。

  我々パチュリー、いえ、教皇と神の信託者たる牡牛のメンツが、です」


 動揺するわけでも、顔を赤らめるわけでもなく、ナナカはそっけなく答えた。

 可愛げないなぁ…。

 心から出た槍を、アンナは飲み込みながら、停止線きっちりに車を止める。

 


 「例のワクチン、渡したんでしょ?」

 「一応。彼女、驚きもしないどころか、渡したものをそのまま、袖の中に隠しましたからね。

  察しがいいというか、なんというか」

 「それだけ、いろんな戦場を渡り歩いているのよ。

  マニュアルじゃなくて、経験則で修羅場を潜り抜けてきたから」

 「経験則?」

 「エリスがパチュリーに登用されたのも、貴方と同い年、いえ、それより幼い頃って聞いてるわ。

  ずっと、第一線で走ってきたのよ。バチカンを追放されるまでね」


 アンナの言葉に、ナナカは眉をひそめた。


 「ちょっと待ってください……じゃあ、エリス・コルネッタは5、6年で第一司教聖士の称号を得たってことですか!?

  徳を積んだ高名なエクソシストでも、授かることが難しいとされる、バチカンの最高勲章を!?」

 「そうよ。だから言ったでしょ?

  私はエリスと戦いたくないって。つまり、そういうことよ。格が違い過ぎる。

  彼女なら、例え今この瞬間に、ゲイリーによって殺されかけようとしていても、イエスより早いスピードで復活するでしょうね」


 ナナカは続ける。


 「でも、あのワクチンは動物実験こそ成功はしているものの、今までに人体での試薬がなされていないそうじゃないですか。

  そんな危ないもので、復活できます?」

 「できるんじゃない? 意外にしぶといし」

 「まるで、ゴキブリじゃないですか……」

 

 あっけらかんとするアンナに、ナナカは溜息を吐くだけ。

 憂鬱な表情を、角にそびえ立つ、自由の女神とビル群に向けたその時、ナナカの赤いスマートフォンが振動。

 画面にはマハロの文字。

 同じ、パチュリー牡牛部隊の隊員だ。

 端末を耳に当てるや否や「エッ!」と、驚嘆の大声を車内に放った。


 「どうしたの?」


 ただ事ではない。


 「マハロからの一報です。オールドロマン・ホテルで激しい銃撃音を確認!」


 瞬間、アンナの表情がこわばる。

 ナナカも、真剣な表情で電話越しの報告を聞く。 


 「ゲイリーか?」

 「まだ何とも。断続的な銃撃音からして、短機関銃もしくは自動小銃の類との事。詳細は不明ですが、銃声から5名以上の複数人が、射撃を行っている可能性と。

  ……昼間の連中も、フェニックスグループが囲っている私兵でしたし、彼らなら、自動小銃を所持していてもおかしくありません」

 「十中八九、弾いているのは彼らだろうね。ホテル内に客は?」

 「少なくとも、カジノ、レストラン及びフロントロビーエリアにはいません。

  特殊妖気が検出されたのと同時に、客が外に出てきたとの事です」

 

 あやめ、か。

 アンナは妖気が何故張られたのかを、一瞬で理解した。

 突入しやすいように、そして、このような事態が起きた時、一般人を巻き添えにしないよう、あやめは一人で結界を作ったのだ、と。


 「妖気はどうなってる?」

 「ヘリからの報告では、オールドロマン・ホテルの妖気は消滅。

  その代わり、微弱の妖気が、トロピカーナ・アベニューを西へ、時速60キロで進行中」

 「道路上を移動してる……まさかっ!!」

 「まもなく、ニュー・フォーコーナーに進入! 横切ります!」


 刹那!


 信号が青になり、対向車線から飛び出したセダンとSUV。

 2台を容易く押しつぶしながら、4WDタイヤをはめたモンスタートラックが、隊列を組んで交差点へ、そして右折。

 ボンネット型の運転台に煙突、そして特殊ジェラルミン製の荷台。


 計6台。

 アンナ達の目の前を横切り、ストリップを北上していく。

 彼女たちの前から遠ざかり、オールドロマン・ホテルの方へ。 



 「あれは、カシャ? ……まさか、フェニックスグループが!?」

 「いや、違う!」



 トラックの最後尾についていくマシンで、アンナの推理は的中する!


 嫌に長いエンジンフロント。

 ネオンの中でドリフトするボディは、光の中で真紅に踊り狂う。


 1971年式 フォード マスタング マッハ1。

 テールランプが、アスファルトの反射に同化していくのを見ながら。

 

 「赤のマッハ1。間違いない、マーガレットの愛車だ!」

 「ネオ・メイスン!?」

 「行くわよ!」


 アクセルを思いきり踏み込んで、急発進。

 サイレンが鳴り響き、騒然とする交差点を突っ切って、アンナのアストンマーチンが、暴走する車列を追いかける!

 

 「めちゃくちゃ、イヤな展開ですね…」

 「口閉じてないと、また舌噛むわよ。ナナカ」

 

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