2日目・夜~交錯と冷酷
52 フリーモント・ナイト
PM7:12
ダウンタウン
フリーモント・ストリート
ラスベガス中心部から、北に少し離れたエリア。
市役所や郵便局といった行政施設や、アムトラックの鉄道駅が立つお堅そうな場所だ。
しかし、ここはラスベガス発祥の地と言われ、古き良きアメリカの風景を残しつつ
ダウンタウンのシンボルといえば、鉄道駅の近くに建つホテル、プラザ。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」のロケ地として世界的に知られた、観光地だ。
そこから伸びる、全長約450メートルの通りが、フリーモント・ストリート。
古き良き、赤を主体とした派手なネオンが輝く老舗のカジノが集う、歓楽街だ。
夜になれば、その光に加え、天井を覆うアーケードに埋め込まれた1250万個のLEDが、音と共に圧巻の映像体験を提供してくれる。
陽もすっかりと暮れた。
途絶えない観光客の喧騒、カジノの雑踏に混じって、エリスとゲイリーも近くのレストランから出てきた。
「さっきは、済まなかった。あんな醜い姿をさらしてしまって…」
「いえ、全然」
「すまないが、この後、人に会う予定があるんだ。
君とは、ここまでだよ。シンデレラ。
ホテルのリムジンを呼んで、君を送ってもらうとするよ」
ついさっきまで、警察署にいた2人。
ゲイリーの声は、疲れているように見え、会話もあまり弾まない。
「ミスター・ゲイリー」
「ん?」
「何か…ココロに何か、抱えているものがあるのですか?」
彼は言う。
「どうして、そう思うんだ?」
「昨夜のうわごと。
突然に倒れて、あなた、死にたくないって言ったんです。
それに、さっきの事故……相手は、ぶつかってもいなかったし、何か怒鳴ってきたわけでもなかった。
それなのに、あんなに殴って。
まるで、悪魔でも憑りついているようでしたわ」
「……」
心配そうに、彼を見上げるエリス。
ゲイリーは何処か、思い詰めた顔をして下唇を噛んでいる。
「君には、関係のないことだ」
歩みを早めようとした時だ。
「その悪魔の正体、教えていただけませんか?」
彼女の一言に、ゲイリーは雑踏の中で立ち止まる。
振り返った先に、真剣なまなざしのエリスがいた。
それは演じているエリスではなく、探偵エリスの瞳と本心。
「人に話せば、解決する悩みもあるはずです!」
悪魔の声が、ケサランパサランをばら撒いている。
もし、そうならば、事件解決の突破口を見つけられる。
「知ってどうする? 君は…ただの観光客だろう」
ゲイリーの叫び。
エリスは、一拍置いてから、答えた。
「思い出というアルバムに、仕舞いこむだけです。
この街と一緒に、カギをかけて……永遠に」
■
2人は、通りを外れ、傍のホテルに入った。
ゴールデン・ナゲット。
1946年にオープンした、老舗のホテルだ。
ポップなダウンタウンの雰囲気から一転、高級感に満ち溢れた、金ピカの外観が出迎える。
カジノに向かうエントランス、そこに吊り下げられた金塊のシャンデリアが、それを格段に引き立てる。
しかし、ラグジュアリーな雰囲気の一方で、サメの泳ぐ巨大プールや、宿泊者利用無料の食べ放題ビュッフェなど、意外と垢抜けた部分もあるホテルだ。
2人は明るいガラスづくりの、解放感あふれるバーに入った。
客はまばらだが、所狭しと並べられ光る酒瓶と、巨大水槽を泳ぐ熱帯魚が、いいムードを作っていた。
ここは、シーフードも提供してくれるみたいだが、満腹な2人には無用。
バーカウンターに座り、エリスが先ず注文のため開口一番。
「マンハッタンを」
「かしこまりました。お連れ様はいかがなさいますか?」
そう聞かれ、男は表情を変えずにひと言。
「エクソシストを。
今夜の、ラッキー・カクテルだ」
「かしこまりました」
えっ!?
エリスには、その言い方が何か引っかかった。
驚く衝動で、彼の横顔を二度見してしまいそうになる。
まさか、正体がバレた!?
が、気にしていないとばかりに力を抜いて、カウンターへと肘をついた。
エリスの演技。かつての職場で培った技術。
「カクテルの女王とは…なかなかの趣向で」
「“お熱いのがお好き”なだけですよ。
あの澄んだ真紅が、私のココロを燃え上がらせる」
「燃える……か」
手慣れた捌きで、メジャーカップに入れたライとベルモットを、ミキシンググラスに注いでいくバーテンダー。
ステアーする手捌きをぼうっと見ているエリスだったが、ゲイリーは唐突に話を始めた。
「私は、夜のパームツリーが苦手だ。
街灯やネオンで、ほうっと燃えていると尚更だ。
だから、腐るほどそいつが植えてあるストリップには、夜になると近づかない。
用事があるときは、極力見ないようにしている」
「じゃあ、昨夜も――」
「ああ」
エリスは、のぞき込むように聞く。
「でも、どうしてです?
それが、あなたのココロにどう……」
エリスのマンハッタンが、そっと差し出された。
カクテルピンに刺さった、赤いマラスキーノチェリーが揺れる。
「もう何十年という前になる。
前世紀末。かつてこの国で、史上最悪と呼ばれた暴動が起きた」
「92年、ロサンゼルス暴動……ですか?」
シャカシャカと、小刻みに流れるシェイカーの音。
それは、互いの緊張を代弁しているかのように、大きく響いてきた。
「よく知ってるじゃないですか」
「以前、ケーブルテレビで拝見しましてね…」
ゲイリーは言う。
「私は、その事件で友人…いや、人生の師匠と言っても過言ではない人物を失くしたんだよ」
「!?」
それは、まさか――!!
エリスもまた、詰問したい衝動を抑えながら、マンハッタンに甘い口づけ。
「人生の師匠…ですか。
そういえば、ミスター・ゲイリー。あなたのことをネットで見たのですが、会社創設以降の経歴が、まったく不明という噂を耳にしたのですが」
スカイブルーのカクテルグラス。
その冷たさにも似た視線を、エリスはゲイリーに注いだ。
男は、それを感じても動じず。
「なるほど…君はとても正直な子だ。
でも、嫌いじゃない。キライじゃないよ」
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