50 メイコの連絡とリオの傷


 リオにイングラム男の監視を任せ、あやめは、男の首筋に突き立てていた村雨を消してドアに向かった。

 乱れたバスローブを直して。 


 ホテルの廊下で待機していた、メイコ。

 あやめが出てくると、すぐさま手にしていたカギを渡した。


 「吹っ飛んだカムリの代車、何とか用意できました。

  非常階段傍のスペースに、停まってますよ」

 「ありがとう」


 渡されたそれは、スマートキーではない上に、カバーに古びたダットサンの文字。

 メイコは頭を掻きながら言った。


 「すみません。急だったので、カーディーラーの方もこれしかないって…」

 「仕方ないわよ。今は足になれば、オート三輪でも構わないから」


 メイコは続ける。


 「それから、ボン・ヴォリーニを尾行しているボブから連絡が」

 「エリスちゃんの情報屋ね」

 「はい。5分前なのですが、ボン・ヴォリーニと愛人が、リムジンに乗り込んだとのことです。

  それも、マフィア所有のじゃなく、どうやら観光用のリムジンだそうで」


 引っかかる。

 これまでボン・ヴォリーニは、渡米してから今日まで、ラスベガスの事務所が所有する、白のタウンカー・リムジンで出かけていた。

 ゲイリー・アープが経営するホテルにも、その車で乗り付けている。

 今更、どこかのホテルのサービスを利用するとは考えにくい。


 「そのリムジン、どこを走ってるの?」

 「ラスベガス・カントリーゴルフクラブを出て、市内を流しながら走行中。

  夕方から、2人はゴルフを嗜んでいたそうです。

  さっき入った話だと、リムジンはイースタンアベニューと、サハラアベニューの交差点を南へ」

 「ベガス中心部から離れた東側…か」


 しかし、脳内に地図を広げるあやめでも、このリムジンの行先は見当がつかない。

 確かに、このままイースタンアベニューを南下すると、ラスベガス空港東側のエリアに差し掛かる。

 そこには、ファミリーが構える事務所、東海岸最大の拠点があるのだ。

 相手はマフィアのボス。

 自分の巣に向かっても問題はないだろうが、乗っているのが観光用リムジンというのが引っかかる。

 

 そんな車で、組事務所に乗り付けるボスがいるものか。

 手下に迎えを寄越そうともせず。


 「で、リムジンの特徴は?」

 「車種は旧式のキャデラック、色は黒。側面に、流れ星と鳥のマークが入ってるそうです」

 「鳥…どんなデザインか、聞いてる?」


 メイコは首をかしげながら答えた。


 「いえ…ただ、鳥のマークは朱色で、不死鳥のようだったって言ってましたが。

  ――え、まさか!」

 「フェニックスよ。メイコ。

  もしかしたら、そいつはフェニックス・インペリアルホテルの車かもしれない」


 メイコは言う。

  

 「でも、あのホテルに、不死鳥のマークがついたリムジンなんていませんでしたよ」

 「流星よ。

  グループホテル、コスモ・レジャーは、宇宙ステーションを題材にしたリゾートホテル。

  そこの車なら、私たちが知らなくても当然。

  あそこは完全に、子供連れをメインターゲットにしてるからね」


 あやめは自らの結論を飲み込むように頷くと、質問を変える。


 「ところで、エリスちゃんから、何か連絡来た?」

 「いえ、何も…大丈夫ですかね?」

 「彼女、結構タフだからねぇ。見た目は華奢で可愛いけど。

  ちょっとやそっとのことじゃあ、エリスちゃん、死なないと思うよ」

 「いや、それ…半妖のあなたが言います? 人間相手に」

 「そんなこと言ったら、メイコなんかヤマネコじゃん?

  私より妖怪、出来上がってるじゃん?」


 壁にもたれかかり、そんな楽観的な声を上げた時だった。


 「アヤ!」


 目を大きく見開きながら、ドアを開けたリオ。

 ただ事じゃない。

 あやめは、代わりにメイコに見張りをさせて、彼女から話を聞くことに。


 「どうしたの?」

 「FBIから、緊急連絡が来たんだけど――」

 「ケサランパサラン絡み?」


 すると、リオは首を横に振った。


 「もっと質が悪いニュースだよ。

  空港の東側。パラダイス・ヴィスタ・ガーデン近くにある、ボン・ヴォリーニファミリーの事務所が襲われた」

 「ええっ!?」

 「事務所にいた構成員、48人。全員死亡。

  ボスのアントニオ・ゲインも含めて。

  建物の中全てが、血と肉片で真っ赤に染められていたって」


 想像するだけで、顔がゆがむ。


 「いったい誰が…」


 あやめが言うと、リオは下唇を噛みながら


 「ゲインは体中から血を吹き出し、内臓破裂を起こしたかのようだったと、地元警察の人間が証言してる。

  そんな殺し方……そんな狂った殺し方するの…あいつらしかいない!」


 あいつら。

 拳を揺らすリオの姿で、それが誰を指すのか、容易に分かった。

 ネオ・メイスン。

 リオがFBIを辞めるきっかけを作った連中――。


 「しかし、一体どうやって事務所に?」

 「ゲインはラスベガスで、違法なストリップバーを経営していた。そこのアガリが、奴らの資金源。

  女の子を事務所に連れこんで、よろしくやってることも、あったらしい。

  そのストリップバーの一つも襲撃されて、若い女性が三人、惨殺されているのが発見されている。衣装用のメイド服三着も、一緒に消えてたとさ」

 「なるほど…昼間から下心だした男どものために、犠牲になったって訳か」

 「裏を返せば、それを利用して殴り込んだ」


 あやめは聞く。


 「目的はやっぱり、ケサランパサラン」

 「だと思う。

  ここはアメリカで、連中の一番のテリトリー。

  それに、ケサランパサランが絡んでる怪奇事件となれば、アカシックレコードを完成させるには、正にうってつけ。

  今起きていることを、知らないほうがおかしいし、傍観してるほうがどうかしてる」


 その一言一言を吐き捨てるように言っていたリオだったが、短く息を吐き


 「それから、ゲイリー絡みで気になることが一つ」

 「ん?」

 「ついさっき、彼のフェラーリがストリップで事故を起こしたそうなんだ。

  助手席に女性を乗せてね」

 「すると、その女性はエリスちゃんね」


 あやめが言うと


 「どうやら、ゲイリーは故意に相手の車を事故らせて、ドライバーを半殺しにしたそうなんだ」

 「ええっ?」


 その言葉を理解できずに聞き返した、刹那!


 「!?」

 「銃声!?」


 部屋の中から連続した銃声が!

 すぐさまドアを開けると、床にはうずくまるメイコ。

 その先では、イングラム男が愛銃を片手に、シーツでこしらえた即席の命綱で、割られた窓から階下に降りたではないか!

 不敵な笑みを残して。


 「止まれ!」


 バスローブをはだけさせ、ショーツに挟んでいたデリンジャーを手にしながら、あやめは窓から下をのぞき込んだ。

 男は既に、別の階の窓ガラスをイングラムで割り、見事な逃走を図っていた。

 

 「メイコ!」

 

 踵を返して、駆け寄るあやめ。

 メイコは首の後ろを抑えながら立ち上がる。


 「いてて…油断してました。まさか、縄を解いてたなんて」

 「大丈夫?」

 「ええ。少しピリッとするだけです…それより早く!」


 脳震盪を起こしているようでもない。

 無事なのを確認して、あやめが頷くと同時に、リオが愛銃 ジェリコ941を手に部屋を飛び出した。

 

 「 私は奴を追う!

  アヤは着替えたら、車でスタンバイ!

  奴は手練れてる。このホテルに立てこもるような、バカな真似はしないはず」

 「分かった!」


 彼女もまた、ポロシャツとタイトカートを素早く穿き、愛銃 ベレッタ 85Fを手に部屋を飛び出した。


 「メイコはここに。

  不測の事態が起きた時に備えて、待機してて!」

 「分かった!」


 あやめは、丁度到着したエレベーターに乗り込むと1階へ。

 銃をスカートの間に挟み、シャツで隠しながら、ゆっくりと繰り下がるデジタル数字に、苛立ちを抑えるのだった。


 ■


 一方のリオは、一足先に1階ロビーに。

 ショッピングモールとフロントを、足早に走り去るイングラム男を追いかけていた。

 何事かと、2人の追跡劇をいぶかしむ宿泊客。

 刺激しないよう、右手に構えた銃の上に、左手を被せながら走り続けた。


 玄関前エントランス。

 イングラム男がゴールを決めると、スキール音を響かせて、一台の赤い車が入ってきた。

 フロントバンパーの破損した高級クーペ メルセデスAMG-GT。

 砂埃にまみれたそれに乗るや否や、車は急発進。


 リオが外に出たと同時に、走り去ってしまった。


 荒れた呼吸を整えるのを後回しに、リオはあやめに電話をかけるのだった。


 「男は、協力者と思しき車に乗って、ストリップ方向に逃走!

  車種は赤のメルセデスAMG。フロントバンパーが破損してる。

  ナンバーまでは不明!」

 ――オーケイ!

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