49 運泥棒の恐怖


 あやめは、エリスやリオ以上に、ケサランパサランについては知っているつもりだった。

 なにせ、彼女はケサランパサランを保管・管理していた八咫鞍馬の元メンバー。

 無鄰菴会議にも呼ばれるほどに、地位は高かった。

 それを利用し、組織内で閲覧が許されていた、ありとあらゆる情報をインプットしていたからだ。



 「それこそが、あなた達の利益。

  ハイリスク・スーパーハイリターンの魔法。

  ケサランパサランを、あらゆる人種、年齢、性別、職業の人間にばら撒き、どれだけの利益を生み、どの段階で死に至らしめるか。

  何がよくて、何が悪いか。

  それをモニターするための、実験台だったのよね。被害者たちは」


 あやめの推理に、イングラム男は強がりを見せる。


 「実験台だと…ふざけやがって。

  一体、何の実験なんだよ」

 「大量の運を生み出すことのできる人間の作り方」


 「貨物駅での戦いで、あのケサランパサランは、アンタの部下をミイラにした。

  その時、確信したのよ。

  運を与える妖怪なら、その逆もできるんじゃないか、ってね。

  そう、ケサランパサランは人間に幸運を与える一方で、人間から運を吸い取って死に至らしめることができる運泥棒ラック・スティーラー

  恐らくは、人間に与えていた運も、どっかの誰かさんから吸い取ってきた、哀れな食べかす」

 「……」

 「与えられる運の量と、吸い上げた運の量が比例するなら、より多くの、それも質のいい幸運を得たケサランパサランは、不死の薬に相当する存在になる」


 「おい、アヤ!」

 

 リオの感付いたものは、あやめの頷きで肯定された。


 「ゲイリーは不死の薬を作ろうとしているのよ。まるで漢方を調剤するように。

  エリスちゃん、言ってたわ。

  人間の生死にも、運という不確定要素が関係してくるのだとすれば、その運自体をケサランパサランは操りことができるかもしれないって。

  より、質の高い運を半永久的に摂取することが、物理的に可能になれば、不老不死も可能になる」

  

 突拍子もない理論に、リオは混乱を抑えながらも受け入れようとしていた。

 なにせリオは、FBIに入ってから幻想や怪奇の世界に、足を踏み入れたのだから。

 その点に関して言えば、彼女はあやめより後輩だ。


 「ならば、無作為にケサランパサランをばら撒いている理由も説明がつく。

  今度は、マフィアのボスから、幸運をいただくつもりなのね。

  どれだけの高品質かは分からないけど」

 「運をいただくって…相手は妖怪だ。カリフォルニアオレンジを絞るのと、わけが違うんだぞ。アヤ。

  第一、命もろども運を吸い取れたとして、どこでそんなもの、確かめるんだ?」


 あやめは冷静に、エリスからの報告を思い出した。

 

 「フェニックス・インペリアルの地下には、巨大な空間があるわ。

  オペラ座並みの、巨大演劇場を作るためのスペース。

  あの大きさなら、研究所くらい置けるでしょう。化学薬品や巨大水槽を購入した形跡もあるしね。

  電気や水の莫大な使用料も――」


 「まったく……えげつない連中だぜ。オカルト探偵さんよぉ。

  どっから仕入れた? その話」


 失笑と共に沈黙を破ったイングラム男の吐露は、紛れもなく本心だろう。

 あやめは言った。


 「ということは」

 「ああ。全部正解だ。

  もはや、お前たちの前で、全てを隠し通すなんて無駄な話なんだろうなぁ」


 彼女は続けて聞いた。

 

 「証拠は?」

 「ジェンキンスから直接聞いたもんでね。俺も直接見た」

 「……」


 イングラム男は、こう話し始めた。


 「お前たちと同じく、俺もどうして、こうも無作為にケサランパサランを撒いているのかが気になってな。

  他の連中も同じだった」

 「他の連中? ケサランパサランの存在を知っているのは、上の人間だけじゃないのか?」

 「ああ。ゲイリーかジェンキンスに関わってる連中は全員そうさ。

  ディーラーやハウスメイドみたいな、接客メインの連中は仲間外れ。

  最も、それが妖怪とは、俺以外誰も知らない」

 「じゃあ、何て?」

 「ワシントン条約に抵触する珍獣。そう聞かされているのさ」


 リオは聞く。


 「フェニックス・インペリアルの内部に、ケサランパサランを保管しているのは本当なの?」

 「ああ。地下四階…VIP用のコンサートホールを建てるはずだった場所だよ。

  俺たちみたいな兵隊は入れないんだがな。

  ジェンキンスと馬が合って、そのよしみでね」

 「馬?」


 イングラム男は言う。


 「俺、元は軍人だったのさ。アメリカ海兵隊。

  2003年にアフガンに派遣されて、帰国後に除隊。そんで、ココに就職したのさ。ドアボーイとしてな」

 「ジェンキンスも軍人か」

 「ソマリアに行ったらしいが、詳しい話はしてくれなかったさ。

  とにかく俺は、軍人のよしみってやつで、ケサランパサランの量産工場に入った。

  不気味だったことしか覚えていない。

  巨大な培養ポッドに、白いフケみたいなのが、ウヨウヨ浮いていた。

  マーベルコミックの中に囚われちまったようだったなぁ」


 この様子では、工場の詳細なことは何も知らないようだ。

 やはり、こちらで踏み込むしかないのか。


 「その時、俺は聞いたのさ。

  ケサランパサランのこと、そいつの力、そしてそれを、社長のゲイリーが選んだホテルの客に与えていることを。

  客に与えている理由も、お前の言っていた通りさ。

  だが、そんな実験をしてどうするのかまでは、聞いていない……不死だか何だかって件は、俺は本当に知らない」


 確信は得られない。

 それを知っていたかのように、あやめは口を開いた。


 「一つだけ分からないことがある」

 「なんだ」

 「ケサランパサランは、おしろいによって増殖する存在。

  それは、妖怪を管理しているはずの日本側も、十二分に知っているわ。

  でも、アンタたちの育てているそれは、おしろいを吸うと巨大化し、暴走した。

  なぜ?」

 「……」

 「ゲイリーが扱っているのは、かつて日本から持ち逃げされた個体。その情報を引き継いでいるコピー。

  そして、日本では、おしろいを吸収したケサランパサランが、巨大化したなどという報告は一切残っていない。

  この妖怪が現れた、百年以上前からね」

 「……」

 「あのケサランパサランに、何をしたの?」


 

 「詳しいことは、俺も分からない。

  でも、社長はいつだったか、呟いていたよ。

  アレに、キテキを与えるんじゃなかった、ってな」

 

 あやめの顔は、その瞬間に曇った。

 しかし、彼女は戦闘で忘却しかけた、もう一つの事実を思い出す。


 ケサランパサランの入っていた瓶からは、日本のメーカーが生産したKITEKIというおしろいが検出されている。

 各国の被害者全てに共通していること。

 裏を返せば、このケサランパサランは、KITEKI以外のおしろいでは増えることがない。


 あやめは、自分のデータベースをひっくり返した。

 日本の伝承において、特定のおしろいを使用し、ケサランパサランを増殖させたという逸話は皆無。

 ケサランパサランが突然増発し、なおかつ多数の有力な情報が集まった、高度経済成長期ですら、増やすのに使用されたおしろいは、バラバラだった。


 そう、ありえないのだ。

 特定のおしろいだけに反応する妖怪など。


 「KITEKI…つまるところが、アンタたちのケサランパサランは、このおしろいにだけ反応するってことよね?

  韓国の飛行機事故で死んだ経営者は、KITEKIではないおしろいを、ケサランパサランに与えたが、何も起きなかった」

 「その通りだ。ジェンキンスも同じことを言っていた。

  何故かはわからない」


 やはり。


 「KITEKIを与えない限り増えないし、その上、同じ商品を、フェニックス・インペリアルホテルの商店に置いてる」

 「その通りだ。

  最も、ショップに置いてるのは、仕入れたKITEKIの5パーセントほど。

  後は全部、実験室のバケモノどものゴハンさ。輸入食材名義で、領収書を通してな」


 すると、あやめはつぶやき始めた


 「この妖怪は、ただそこに、おしろいがあれば増える存在。

  生物学的には単細胞生物のそれに、他ならない。

  どうして、この個体だけ、おしろいを選らぶの?」

 

 わずかな沈黙の後、あやめはリオの顔を見上げた。


 「もしかしたら、KITEKIの力は、ケサランパサランを増やすだけじゃないのかもしれないわ!」

 「つまり、巨大化もさせるってことか? そんなまさか…」

 「人間の使う薬と同じよ。

  例えば、バイアグラ。

  アレだって、元は狭心症治療薬の開発中に、偶然生まれた、勃起不全治療薬。

  作用メカニズムも、ほぼ同じ。

  これと、同じように、KITEKIがケサランパサランに、異なる作用を促したというなら、説明というか、ある程度信用できる仮説になるわ」

 「増殖と巨大化が同じメカニズムで、KITEKIに入っている、何らかの成分が、それを引き起こす」


 リオの言葉に、あやめは頷いた。 

 だが、自分の言った仮説が、最悪の事態を引き起こす可能性があることを、彼女自身は、すぐに気付いた。


 「ちょっとまってよ…おしろいで増殖も巨大化もするなら、ゲイリーが育ててるケサランパサランも!」

 「ええ。その研究所にいるのなら、巨大化する危険があるってこと。

  むしろ、今まで事故が起きなかった事こそ、ある意味だったのよ。

  貨物駅に出たような個体が、もしストリップのど真ん中にでも現れたら……」


 その時だった。

 リオの携帯電話が甲高く鳴り響く。


 相手は、FBIのレイ捜査官からだった。


 「アヤ」


 短い通話を終えて、リオはあやめの方を向いた。


 「今朝、サーキットで死んだ男」

 「巨大ケサランパサランの主人ね」

 「彼もまた、フェニックス・インペリアルホテルに宿泊していたことが分かったよ。昨日までね」


 あやめは聞いた。


 「ケサランパサランに関しては?」

 「サーキットまで乗ってきたトラックからも、大量のおしろいが見つかったそうだ。それもKITEKIが。

  それだけじゃない。友人数名が、瓶の中で浮かぶ綿毛を見せてもらったと証言している。

  目玉のついた、白い綿毛。

  被害者はそれを、貿易商をしている知人から貰った珍獣…と説明たんだと」


 アヤの仮説が、にわかに現実味を帯びてきた。

 その上、当事者以外からケサランパサランの目撃情報、証言を得ることができた。


 したり顔で、あやめとリオは、蒼白なイングラム男を見るのだが――


 「あやめ?」


 それも、ドアをノックするメイコの声に、一旦の小休止を余儀なくされるのだった。

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