48 ケサランパサランの利益
「なるほど…ボン・ヴォリーニとの密会は今夜、ね。
道理で彼が、愛人とスーベニアショップを巡っていた訳だ」
ところ変わって、オルコットホテル。
こちらでも、あやめ達による尋問は続いている。
イングラム男の首筋に、あやめが村雨を向けたまま。
「で、目的は何?」
「目的だと?」
復唱するイングラム男に、あやめは続ける。
「マフィアが、なんのメリット無しに、相手と契約を結ぶわけがない。
経営者である、お前の主人、ゲイリー・アープも同じ。
互いに生きる世界は違うけど、とどのつまり、求めるものは一緒。
それは“利益”。
利益あるところに契約は生まれ、それが目的となる。違いますか?」
男は一転、黙秘を始めた。
「しかも片方は、幸運を呼ぶ妖怪だなんて、およそ普通人な思考からすれば、異常で逸脱したブツを提示してきている。
シチリアと東海岸に確固たる地盤を持つマフィア相手にね。
危ない橋を渡る人間なら、それが正気か否か、一段と警戒するはず」
「……」
「それでも互いに握手を交わし、今夜が訪れようとしている。
何故?
互いに何を了承した?
ボン・ヴォリーニは、何を企んでる?」
だんまりを決め込むイングラム男に、あやめは続けた。
「黙ってても、大抵は分かるわ。
私も、昔はマフィア…いえ、マフィアもどきな組織の一員だったから。
何をすべきか、何を考えるべきか、分かるつもりよ」
「……」
リオも、横からひと言。
「ここまで話してきたのよ。
今更、仁義とか契りとか、そんなの無しよ」
すると、イングラム男は話し始めた。
「マフィアたちの目的は、抗争だ」
「抗争?」
「ボン・ヴォリーニファミリーは、西海岸にも力を広げようとしているそうだ。
そののろしとして、近々シスコで、大規模な抗争事件を起こすつもりらしい。
だが、相手はワン・パーセンターあがりの、レッド・スカルファミリー。
力も腕も、ボン・ヴォリーより凶暴だ」
「そのために、弾除けとしてケサランパサランが必要ってことか」
と、リオが頷くと、あやめが聞いてくる。
「でも、どうして今になって、抗争を?
私たちもファミリーに関して調べましたけど、気配どころか、別のグループと揉め事なんて、どこにも…」
「おそらく、西海岸の拠点が締められる前に、一気呵成に仕掛けるつもりなんだろう」
「どういうこと?」
リオは続ける。
「FBIの協力者に聞いたんだけど、今、ボン・ヴォリーニファミリーは、密造酒製造の疑いで、ATFに目をつけられているそうだ。
その拠点が、モンタナにある、ボン・ヴォリーニ所有の私有地。
ここと、ラスベガスの事務所が叩かれれば、ファミリーは大事な布石を奪われることになる」
「そうなる前に力を持とう…って魂胆か」
イングラム男は言う。
「奴らは成り上がりのゴッドファーザーに過ぎない。
荒くれもの集う西海岸じゃあ、お上品ではやっていけないからなぁ。
シスコで抗争が起きれば、大勢の人間が犠牲になる」
「ケサランパサランをばら撒いて、罪のない人まで殺す気か!」
リオが語気を荒げるが、イングラム男は冷静だ。
言い返しもしないし、目を閉じて反応すら示さない。
「ボン・ヴォリーニの利益は分かった。
で、そっちの目的は?」
「さ・あ・ね」
今度は、リオが男の頭に、銃を突きつける。
座った眼で、睨みつけながら。
「私たちを女だと思って見くびってたら、大間違いよ。
さあ、正直に唄って頂戴な。
こっちは、全部知ってるんだから」
すると、イングラム男は話し始めた。
横目で、リオを見ながら。
「目的は…お前さんの言っていた私有地さ」
「密造酒製造の拠点のことか」
「なんせ、ディズニーワールドの四分の一の広さだ。
ここを手に入れて、新しいリゾート施設を作る魂胆なのさ。ゲイリー社長はな」
リオは、銃口を上に向け、手にしていたものを頭から引き剥がした。
「確かに、ラスベガスはカジノの聖地だ。だが、今はマフィアやらホリッカーのイメージが濃すぎて、カジノ離れが進んでる。
新進気鋭なホテルこそ、尚更だ。
現にウチも、改装したフェニックス・インペリアルと、新しいコスモ・レジャーには、カジノを置いてない。
だが、客の入りはカジノを置いてるオールド・ロマンが圧倒的だ」
スロット一つでも、カネになるということか。
イングラム男の演説は進む。
「ラスベガスは、お上品になりすぎた。これ以上、ホテルを増やしても展望がない。
だから、新しくカジノを中心とした、リゾートシティを作ろうって、奴は考えている。
そのためには、広大な土地が必要だ。そこに――」
「ATFから目をつけられた、ボン・ヴォリーニ登場って訳か」とリオ
「その通りさ。
偶然にも、奴は抗争をけしかけようと考えていた。
奴にケサランパサランを渡し、扱い方を誤ってくれれば、連中はまとめて不幸で死ぬ。
どさくさに紛れて、私有地を手に入れようって寸法よ」
「上手くやっても、州警察やFBIは黙ってないと思うけど」
「そんなもの、ケサランパサランを使えばどうにかなる。
なんせ、幸運を呼ぶお守りなんだからな。
俺たちは、そうやって、メリットのある所にケサランパサランを使って、効率よく――」
「
あやめが、唐突に放ったフレーズ。
言葉のナイフは小さくても、致命傷を負わせられる。
「んだとぉ?」
「あなたは今、矛盾したことを言ったわ」
「はあ?」
「メリットのある所にケサランパサランを使う。
確かに、今の説明を聞けば多少なりとも、フェニックス・インペリアル…いえ、ゲイリーに、ケサランパサランを撒く動機は見受けられる。
だったら、それまでの犠牲者は、どう説明するの?」
「犠牲者?」
イングラム男は知らぬ存ぜぬ、といった感じだったが、あやめは顔色を変えない。
「元々、私たちが最初にケサランパサランの姿を探り当てたのは、ロンドンで死んだ会計士のケースから。
その次は、韓国で死んだ経営者。
どちらも、ゲイリーのホテルに滞在し、彼に接触している。
それ以外にも、数多の人間に。
でもね、いくら探しても見えないのよ。
彼らにケサランパサランをばら撒いて得られる、アンタたちの利益ってやつが」
「また、利益か…」
「そうよ。
ケサランパサランを与えられる前の被害者は、肩書も大金もない、“大富豪”で言えば、平民か貧民ばかり。
端的に言えば、経営者が無利益と切り捨てる者たちに、破格の投資をしている。
並みの思考を持った人間なら、そんな博打を打とうなんて考えるわけがない」
「だが、犠牲者の中には――」
あやめが、言葉を遮る。
「ラッパーの4REAЯや、9.11のテロリストもいる、って言いたいの?
確かに、接触すれば、何らかの利益を与えてくれる人たちではあるわ。
でもね、こちらが調べるに、そんなもの、何一つないのよ……ああ、言い忘れてたけど、私たちの情報力は一国の諜報機関にも匹敵するわよ。
なんせ、喋ってくれる相手はチンピラから人外まで。世界中に協力者がいる」
「!!」
イングラム男の口が止まった。
「4REAЯと親しくなっても、ギャングたちと親しくなったわけでもない。
テロリストと接触したところで、結果FBIから目をつけられた」
「……」
「デタラメすぎるのよ。何もかも。
完全に、やり方が素人の博打。一歩間違えば、ハイリスク・ノーリターン。
ここまでデタラメならば、私有地の確保も、こじつけから生み出された動機――」
今度は、イングラム男があやめの声を遮った。
大きく激しく、目を見開いて怒鳴る。
「だったら言ってみろ!
私有地を奪う理由が、ウソって言うなら、ゲイリーがケサランパサランをばら撒く理由は何なんだ!
ボン・ヴォリーニだけじゃなくて、その会計士や経営者にも渡した理由をよぉ!
言ってみろよ!」
あやめは、頬に飛んだ男のつばを、片手で拭いながら、冷たい目で睨む。
彼女が導き出した、答えとは――
「理由は恐らく……実験」
「!!」
「違わないわよね?」
あやめには確信があった。
否、今確信に変わった。
男の瞳が揺れた。動揺しているのだ!
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