47 鉄の処女と禁断の口づけを
「じゃあ、もう一度確認させてもらうわね?」
四方八方に血が飛び散った部屋で、メイド服姿の彼女は、そう男に話しかけた。
彼もまた血だらけで、革製のオフィスチェアーに座らされていた。
身体をワイヤーでぐるぐる巻きにされて。
「アンタのご主人様、ボン・ヴォリーニは今夜、大きな取引をする。
場所はフェニックス・インペリアルホテルで、相手は経営者のゲイリー・アープ…そうね?」
男の膝の上にまたがるメイド少女。
セミロングの整った金髪と、紅の瞳。
それは間違いなく、ネオ・メイスン構成員、シュバルツ・バートリーだった。
ダガーナイフを片手に、ちょうど尋問の真っ最中。
柄にミツバチと木の、金色のレリーフが入ったソレが、男に向けられる。
「さあ、どうだか?」
男は、この状況が遊びだと思ったのか、しらばっくれる。
すると――
「ギャオオオ!」
ダナーナイフが、何の躊躇もなく右耳を削ぎ落した。
その痛みに、足をばたつかせ喚く。
「こっちは、知りたいこと、全部知ってるのよ。しらばっくれても無駄。
ボスがいない間に、ショーガールを連れ込んで、メイドプレイなんてしようとしたのが、運の尽き…でしょ?
ボン・ヴォリーニファミリー、北米支部のナンバー3。
ラスベガスのドン、アントニオ・ゲイン」
「チクショウ! どこの連中だ!」
「私が、マフィアに見えると思う?」
シュバルツは失笑。
「ああ。残念だけど、助けなんて誰も来ないわよ。
アンタの
血まみれの、下着姿でね……可愛い子だったわよ。まだ10代だったのかしら?
アンタみたいな下心の塊が好きそうな、金髪、爆乳のね。
とっても可愛かったからね、殺して血を全部飲んであげたわ。
顔も、おしりも、オッパイも……ぜーんぶ切り刻んでからね。フフッ」
その笑みは、怖いもの知らずのマフィアのボスを震え上がらせる。
ナイフが首筋に立てられると、開かれた股の間から、水がこぼれる。
いつ止まるのか、というほどに。
「ハハッ! 漏らしたの? 百戦錬磨のシチリアン・マフィアのボスが?
お笑いねっ!」
シュバルツ、今度はナイフを振り上げ、左腕の肉を削ぎ落した。
ゴリっという骨を削ぐ音すら聞こえず、言うなれば“削いだ”、というより“外れた”という表現が正しいぐらい、静かに、綺麗に。
「そろそろ、吐いてくれる?」
彼女は一転、不機嫌になり吐き出す。
「正直、気持ち悪いんだよ。
尋問してんのに、ずっと下半身は元気ときてる。
分かってんのか? テメエの先っぽがずっと、私のソコにあたってるのよ!
その上、ビビッて、レディの服にオシッコひっかけるとは…マジでサイテーな男。
よく、マフィアのボスなんてやれたもんね!」
一気にまくしたてると、シュバルツは深呼吸を1つ。
「いいわ。最後に聞くわ。
正直に言えば、これ以上痛くしないから」
肉を削がれ、苦悶の表情を浮かべていたアントニオに、シュバルツは聞く。
「ボン・ヴォリーニが引き取ろうとしてるブツは、ケサランパサラン」
「どうしてそれを…っ!」
「黙れ。しゃべるな。
で、何で、そんなものが欲しいの?」
アントニオは言う。
「お、親父が言うには、幸運のアイテムだそうだ。
どんな災厄も跳ね返してくれる、究極のラッキーアイテム。
親父はそれを後ろ盾に、抗争を東海岸中で起こして、この国を手中に収めようとしているんだ」
「ゲイリー・アープの目的は?」
「そんなのは知らねぇ。
親父はコトが済んだら、全てをFBIにゲロして、ケサランパサランを全部頂く。そう言ってた。
……なあ、いいだろ。そろそろ」
シュバルツは、ナイフを天井に向けて投げ捨てた―― が。
「消えた!?」
ナイフは空中でスッ、と。
擬音の通り一瞬で消えた。
「このナイフはね、ウォルマートなんかで売ってる安物とおんなじじゃないのよ。
私の先祖、エリザベート・バートリーは、若返りと永遠の美しさを求めて、数えきれないほどのメイドたちを殺した。
そう……今の私のように、若くて幼いメイドたちを。
その数は、本によると、600人以上とも言われているらしいわ。
柔らかい体に流れる、穢れを知らない血を求めて、先祖は殺し、血を絞り、温もりと命を浴び続けた」
「な、何を言って……」
「だけど、先祖は若さを求めすぎた。
殺しすぎたの。
あまりにも多く。
たくさん、たくさん。
そして、幾人の血を絞り出し続けた凶器は、いつしか少女たちの魂を食らい、呪いの道具へと変わっていった」
シュバルツは、開いた手のひらに、先ほどのと同じダガーナイフを出して見せる。
光に包まれ、5本のダガーナイフが。
「このナイフはね、先祖がメイドの血を絞り出すために使った拷問器具、鉄の処女を溶かして、イチから練り上げた特別製なの。
刃先にこもるのは、ただ血を求め続ける欲望と、罪なき少女の無念。
扱えるのは、先祖の血を受け継ぐ私だけ……。
ブラッディ・バージン。それが、このナイフ…いえ、アトリビュートの正体」
そう説明すると、彼女はまた、ダガーナイフを消してみせる。
アントニオは、殺されずに済んだと、内心、安堵を見せるが、シュバルツには見え見え。
「まだ終わってないわよ。
言ったでしょ? 痛くはしない、って」
「ん、だと…」
「先祖が使った鉄の処女には、大きな特徴があったのよ。
大きな宝石で装飾された聖母マリアの顔。その唇にメイドがキスをすると、突然、処女の腹部が開き、哀れな生贄を針地獄の世界に引きずり込む。
心臓を貫かないように設計されたそれは、少女に耐えがたい苦痛と悲鳴を与え続けながら、血を絞り出し、ゆっくりと殺す」
そう言うと、今度はシュバルツが不意に――キス。
チュッ、と音を立てて軽く、アントニオの唇を湿らせる。
「何しやがる!」
「私のアトリビュートの、もう一つの特徴。
それはね、体内に取り入れている状態でも、鉄の処女の魔力を発揮できること。
簡単に言えば、私、キスで人を殺せるの」
「何をふざけ……ははっ…あ…がはっ…」
突然、アントニオの様子が変わった。
体中を痙攣させ、口から涎を垂らし始めたではないか。
しかし、その目はとろけんばかりに、焦点が定まらない。
苦しいというより、むしろ気持ちいい、に近い感覚。
「ほら、来た。
私にキスされると、体の中心がブルブル震え出して、とっても気持ちよくなる。
心臓のあたりから、手足、頭、下半身…すべてが快感に包まれる」
猫なで声で説明する口調は最早、自慰のための催眠音声のよう。
だが、アントニオには聞こえない。
今、死へと向かう真っ最中。
「そう……体の中をかき回されている感覚。
女の子なら分かる、そう、初夜に経験する、あの気持ちのいい恐怖。
怖くて痛いけど、なぜかとろけて、おかしくなりそうな感覚。
でも、ここから身体を、瞬時に恐怖と苦痛が走り抜ける」
カッ、と見開かれたアントニオの瞳。
「マグマのように吹き上がる苦痛。3…2…1…バーイ」
ボンッ!
破裂音を響かせ、アントニオの身体の穴という穴から、一斉に血が噴き出した。
またがっていたシュバルツも、それを被る。
口だけじゃない。鼻、耳、涙腺。
尻から間欠泉のように噴出した血の勢いは、縛られていた屈強な男の身体を、椅子から浮き上がらせたほど。
何をどう羅列しても、結果は一つ。
アントニオは体内を、目に見えぬ凶器でかき回され、血を吐き出して即死した。
キスをされて、僅か十秒の快楽。
口と目を見開き、血だらけで息絶えたアントニオ。
シュバルツは手に付いた血を舐めるも、すぐに吐き捨てた。
「不味い…脂だらけで、ネトネトする」
顔をゆがめている彼女の横に、事務所の死体を飛び越えながら、同じくメイド姿の少女が現れた。
レベッカ・パゾリーニだ。
「終わったよ、シュバルツ。
ここの事務所の連中、全員殺したよ」
「そう…」
アントニオの死体から降りたシュバルツを、レベッカは見回す。
「血まみれ…変な臭いのする血…」
「例のキスで、殺したからね。
それに、コイツ尋問中に、私の服に漏らしたから」
「じゃあ――」
すると、レベッカは彼女の前に来ると、跪いて見上げる。
「私が綺麗にしてあげる」
そう言うと彼女は、シュバルツの足に両手を添え、くるぶしから、ふくらはぎへと、滑らかな舌を這わせる。
「んっ…」
柔らかく撫でる感触に、シュバルツはよろめき、背後のデスクに手をついて、体を支える。
音を立てて、体に付いた血を舐めずるレベッカ。
顔を紅潮させていた。
「ダメよっ……レベッカ…その血……きたない…っ!」
両手でレベッカの頭を押さえて、これ以上、彼女の舌が昇ってくるのを止めようとするシュバルツだったが、無駄だった。
レベッカは優しく
「ううん。シュバルツの肌についた血だから、全然汚くないよ。
大好きなシュバルツ。
私だけのフロイライン。
あなたの足に付いたものは、例え毒であっても、舐めて綺麗にしてあげる」
「レベッカ…っ!」
右足の次は左足。
その快感に、息が荒くなり、口角から垂れた涎が、糸を引きながら肩に落ちた。
もう、両手で支えていないと、立っていられない。
「ひうっ!」
不意に、レベッカの手がシュバルツのおしりに回された。
アントニオの失禁がかかった、タイトなスカート。
どうやら、下着まで濡れていた。
「おもらし、しちゃったの? 私の舌が気持ちよくて」
「違うっ…それっ……あの男のっ!」
ツンとした口調に変わった反論。
もう、シュバルツも今は、愛する人と逢瀬を重ねる、1人の恋人。
パシャ。
水気を帯びて床に転がったスカート。
ソレがなくなると、シュバルツの身体は上半分が血まみれの状態。
「ごめんね、レベッカ…キスができない体になっちゃって……ごめんね」
口を両手で抑え、大粒の涙がシュバルツの目からあふれる。
紫のショートヘアーに受け止めながら、レベッカは彼女の臀部を、ぎゅっと抱きしめた。
「ううん。こんな形でしか、シュバルツを愛してるって言えないけど…それでも、愛してるって気持ちには、変わりはないから。
だから、泣かないで」
「レベッカ…レベッカ…」
名前を連呼するシュバルツ。
その下着にも、レベッカは両手をかけた。
愛する人の前に、全てをさらけ出される。
今の2人に抵抗はない。
「じゃあ、こっちもキレイにするね」
ゆっくり頷いた表情を合図に、両手は足元へ向けて――。
だが、この様子を外から見ていた者がいたのだ。
その人物は、顔をゆがませ、不快さをにじませながら、一線を越えた2人の姿、その声を眺めている。
マフィアの死体が転がる、狭い事務所の廊下にもたれて。
「チッ!」
舌打ちを1つ。
声が聞こえるたびに、手にした斧で、既に息絶えた男の死体を、何度も何度も殴りつけ、骨を砕いても止まらない。
そう、マーガレット・アンドリュー・ボーデン。
彼女もまた、2人と同じ部隊に属していたのだ。
「クソッ、イライラする!
何が血の伯爵夫人だ! 何が世紀末の殺人鬼だ!
あんなの、獲物を狩って毛づくろいをするだけの、野獣じゃないか」
男の死体。それが真っ二つに割れると、更に彼女は、それを足で何度も何度も踏みつけながら、フラストレーションを解こうと必死になった。
「私はマザーグースを受け継ぐ者っ!
伝統と格式高い、崇高な血を引く人間なのよっ!
なんで、あんなハイエナと一緒に、仕事なんて……っ!」
真っ赤な世界で広がる2つの音。
それぞれが、違うハーモニーを奏でながら、太陽は沈んでいく。
「いつか、殺してやる!
シュバルツもレベッカも、ふんぞり返ってるだけの、円卓会議の連中もっ!」
だが、一方の音に耐えられないマーガレットは、取り出したセルフォンで、外にいる仲間に指示を出すのだった。
音を消すために、ヒステリックに。
「何をグズグズしてるの!
ここにいるのは、もう私と死体だけ!
さっさと、建物を燃やす準備をし!」
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