46 尋問から始まる村雨の正体


 男が目を覚ますと、そこはホテルの一室で、体は椅子に縛り付けられていた。

 あの、イングラム男。

 手を後ろに回され、身動きもろくに取れない。


 「おい! なんだよこれ!」

 「ようやく気が付いたようだな…」


 アッシュブロンドの女性― リオが、もたれかかっていた窓から、こちらに歩み寄る。


 「社員ナンバー、000020…ケント・ニーム。

  悪いけど、あんたの社員証とイングラムは、こっちで預からせてもらうわよ」


 両手に持つ、カードと銃を見せると、男は縛り付ける紐を解こうともがく。


 「やめなさいな。それ、ちょっとやそっとのやり方じゃ、ほどけないから」

 「チクショウ、ノクターン探偵社……そういうことかよ」

 「その口ぶりじゃあ、私たちのこと、いろいろと知ってるみたいね。

  だったら、今更私たちが、何を狙ってるか、言う必要はないな」


 リオは、ライティング・デスクにもたれかかりながら、尋問を始めようとした。

 が――


 「言っておくが、俺は何にも喋らないぜ」

 「おやおや…」

 「お前らも、さっき見ただろ? 俺の部下たちを。

  連中は言わば“軍隊”で、俺は“曹長”だ。

  何をされようと、飼い主の不利になることを喋りはしない!」


 ケントこと、イングラム男はリオを睨みながら言い放つ。


 「ふ~ん。もし、命を失うことになるかも…ってなっても?」

 「当然だ。それが軍隊であり、それが俺だ!

  言っておくが、これでもアフガン帰りなんだよ。お嬢さん。

  電気椅子に掛けられても、俺は何もしゃべることなく、悪魔の元に行ってやる」


 その言葉を聞くと


 「アヤ~。そうだって~」

 

 ガチャ…


 リオの声を合図に、あやめがバスルームから出てきた。

 真っ白なバスローブ姿。

 まだ湿った髪を、くしゅくしゅと拭きながら。

 

 「さいでっかぁ…」


 関西弁を無意識に出して、ご機嫌斜めな彼女。


 「どう?」

 「ようやく取れたわ。ようやく。

  やっぱり、妖怪の血ね。ひどいもんよ。

  シャンプーリンス五回もしないと、臭いまで拭えないなんだから」


 ふわりと、シャンプーから香る、パフュームの甘い香りを漂わせながら、男の元へ。


 「で、やっぱり話してた通り?」

 

 リオは肩をすくめて


 「その刀が、一番の鎮痛薬かもね」

 「仕方ない」

 

 だが、イングラム男は言う。


 「おいおい、あの綿毛を斬った刀で、俺をスシにでもしちまうってか?

  女ニンジャさんよ?」

 「スシかぁ。いいわね。

  ここ最近、美味いのを食べてないし、カリフォルニアロールは、どうも舌に合わない。

  でも、あなたを三枚におろすほど、私はグルメじゃないから」


 髪を拭いていたタオルを、首にかけながら


 「さて、と……少しだけ、昔話を聞いて頂戴な」

 「昔話だと?」

 「ええ」


 そして、冷蔵庫からエビアンを取り出して、一気に飲み干すと、彼女の語り部は始まるのだった。


 「昔々ロング・ロング・ア・ゴー、って気取るほどに古くない昔話よ。

  陰陽師や妖怪たちに名のしれていた、刀鍛冶の息子の顛末。

  彼は、父親の大きな背中を超えたくて、ある刀剣を作ろうとした。

  それは、鞘から抜けば水滴が滴り、篝火も命火も一瞬で消し去る。

  何物も纏いつくことを許さない、架空の妖刀……村雨」


 あやめは、そのまま濡れた髪を揺らして、男の前に座る。

 ローブから、艶やかな脚を伸ばして。


 「三百年以上かけて、日本の名だたる職人が命を懸けて挑んだ。

  そして文字通り、命を取られた。

  村雨の誕生は、不可能に近い…いえ、最早、神のみぞ成し得る業。

  刀鍛冶の息子は、それを見事に成し得た。

  自分の通っていた大学に、我流の鍛冶場を作り、実家から6つの刀剣を盗み出してね。

  それらを溶かし、熱い鉄を打ち続けて、幾夜の月を超えて」


 彼女は顔を上げて、男の目を見る。


 「でも、その息子は父を超えた優越感と名声の大きさゆえに、誤算に気づかなかった」

 「誤算だと?」

 「そう、誤算。

  彼が溶かした刀剣の中に、絶対に人が触れてはいけない刀が一つ、紛れ込んでいたのよ」


 右手首をさすりながら、あやめはつづけた。


 「虎徹こてつ。江戸時代の名工が生み出したそれは、激しい戦場でも、折れも曲がりもせず人を討ち切ったと言われる。

  そのうえ、この虎徹はどういう訳か、人の血に飢えた呪いの刀剣。

  相手を切れば切るほど、主人に耐えがたい飢えと渇きをもたらす……鮮血という、馨しい月見酒を所望させる」


 瞬間、男に嫌な予感がよぎり、体が震えた。

 だが、まやかしと、彼は切り捨てる。

 

 「災厄は重なるもの。

  鍛冶場を設けたキャンパスは、二つの都の分水界となる丘の上に建ち、偶然か必然か、この丘の下を活断層が走っていた。

  ええ、察しの通り。

  妖刀の魔力は、自然界の持つ強大な力さえも吸収して、増幅させた」


 そう言うと、あやめは彼の前に、再度、具現化して見せた。

 光る右手から浮かび上がる怪刀。

 村雨のぎらつく刃を。


 「結果、この村雨は、世に名を轟かせたあらゆる名刀を凌駕する、凶暴な妖刀と化し、創造者たる鍛冶屋の息子を、制御不能な辻斬り魔へと豹変させた。

  妖怪たちからも忌み嫌われ、陰陽師も見捨てた村雨は、ただ本能のままに、水しぶきの中を舞い踊り続けた」


 「おい……まさか、お前も…」


 「その舞を止めた、いいえ、引き継いだのが、そう…私。

  私の身体に半分流れる雪女の血でも、こいつの衝動は完全に抑えられなくなる時がある。

  だから――」


 あやめは、刃先を男の首筋にあてた。

 斬れるか斬れないかの、寸前のところに。


 「だから…素直に吐いた方がいいわ。

  この村雨が、また血に飢える、その前に」

 「ひいっ!」


 クスッ…


 楽しそうな笑いを浮かべて、あやめはつづけた。


 「その悲鳴は、オーケイって意味ね?」

 「……」

 「私にとって沈黙は肯定と同じ意味よ。

  ……ああ、簡単に殺しはしないわ。

  言ったでしょ? この刀は血に飢えてるって」


 「血…」


 「そう、血。

  分かるでしょ?

  喉が渇いたら、水を思いっきり飲む。

  それと同じ。

  あなたの身体に、この刃をぶっ刺して、体中の血を一滴残さず、この子に飲み干させる。それだけ」


 脅し文句の数々に、完膚なきまでの恐怖を植え付けられ、今はただ震えるしかないチンピラ。


 「あなたの軍隊は、もういない。

  全員、ケサランパサランかバチカンに殺され、無様に死んだ。

  このまま家に帰っても、あなたはただの敗残兵でしかない。

  使えない駒として切り捨てられるだけ。

  黙秘して、組織を守る義理すらない。

  さあ、話してもらうわよ……」


 あやめは、村雨を男の首筋に当てたまま、リオから手渡された社員証をかざして、言うのだった。


 「フェニックス・インペリアルグループの社員。

  それも、ゴミ処理係のリーダーで、総支配人ジェンキンスの部下なら、おおよそのことは知ってるわよね?

  あの大きな綿毛の秘密と、それを飼ってる、あなたの主人について!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る