2日目・夜~オールドロマン・マジックショウ

57 スタンバイ・オール・OK

 

 PM7:48

 オールドロマン・ホテル

 正面入り口




 古風な洋館を意識した正面玄関。

 ロータリーに、数多の高級車がなだれ込んでくる。


 ポルシェ、テスラ、レクサス、シボレー、ランボルギーニ。

 降りてくる人々は、ほとんどが礼装。

 中には、ホテルやショッピングモール目当ての、カジュアルな観光客もいる。


 いつもと変わらぬ喧騒のオールドロマンホテル。

 あやめの運転する、青のブルーバードは、ホテルのロータリーへ向かう車列を追い越して、道路を直進。


 その先にいた、マスタングの後ろに停車した。

 車内にいた、リオとメイコが降りてくる。


 「お待たせ」

 「準備とやらは、万全か?」 

 「オフコース」


 などと言いながら、降りてきたあやめは、先ほどまでのアクティブな感じとは打って変わった様子。

 ウエストの締まったジャンパードレスに、薄いボレロ。

 口紅を塗り、うっすらと化粧をした微笑みは、実年齢以上の大人っぽさを感じさせる。


 「なるほど、勝負服ね…似合うよ。アヤ」

 「ふふん」


 腰に手を当て、はにかんで見せたあやめ。

 ブルーバードに、腰をもたれかけて、口を開く。


 「さて、イングラム男の説明が正しければ、シチリアンマフィアのボス、ボン・ヴォリーニと、ゲイリー・アープが面会してケサランパサランを渡すのが今夜。

  そして、その片方が今、このホテルで総支配人、ジェンキンスと会食中。

  加えて、このオールドロマン・ホテルのカジノホールと、ホテルフロアを結ぶ廊下には、奇妙な空間があり、過去そこでバチカンが、ジェンキンスとボン・ヴォリーニの姿を見逃している。

  おそらく、ケサランパサランに関わる、何らかの隠し部屋がある。」


 「となると、恐らく会食を終えた2人は、このホテルの奇妙な空間へと移動するはず。

  私たちの第一目標は、この隠し部屋に進入し、そこにケサランパサランがあるかどうかを確認する。

  そのうえで第二目標。今回のミッションの本題。

  ゲイリー・アープのケサランパサラン事件への関与の確認と、保有するケサランパサランの殲滅。

  更に第三目標は、このノクターン探偵社三人の共通事項……録音器、アカシックレコードの発見と確保。そして――」


 「完全なる破壊。

  最も、この事件現場に現れてくれる保証はない。当たりか外れかは未知数だけど」


 メイコが続ける。


 「でも、どうするんですか。

  カジノは、600台以上の監視カメラと警備員が、自分たちの仲間すらもも見張り続けてる状況。

  目玉の中にいるのと同じような場所で、どうやって秘密の扉を開けようとするの?

  それに、カジノの中にはケサランパサランとは関係がない、一般客も大勢います。万が一、交戦ってなったら、大勢の人が犠牲に――」

 「言ったでしょ?

  私の妖怪の血と、駄菓子妖術を使えば問題ないって。

  私を信じなさい。メイコ」


 その時だ。


 背後から、クラクションを鳴らしながら一台の車が近づいてくる。

 黒のBMW シリーズ4。オープンタイプのカブリオレ。

 運転していたのは、エリスの情報屋であるボブ・イーゼルだった。


 「待たせたかい?」

 「いえ。グッドタイミング」


 ボブが言う。


 「ところで、姉御と連絡が取れないんだけど…何か聞いてないか?」

 「エリスちゃん? さあ…私たちも、コンタクトは取れてないわ。

  なんせ、ゲイリーにおとり捜査してるから、余計なメールや電話はできない」

 「まさか、しくじってなんてことは――」

 「彼女に関しては、それはないはず。

  いえ、絶対にない。エリスちゃんは、そういう人だって、わかるから。

  あなたこそ、何か掴んでないの? 仲間からゲイリーの居場所とか」


 あやめに聞かれて、彼は話す。


 「何人か、2人をフリーモント・ストリートで見かけたって連絡を入れてくれたが、それっきりだ」

 「何時ごろの話?」

 「最後の連絡は、一時間ほど前。通りを散策しているようだってさ。

  今現在も、いるかどうかすら不明さね。

  それに、ゲイリーが昼間に乗ってた、白のフェラーリは事故って、今警察署にある。他の車を用意したみたいだが、そのナンバーどころか車種すらもわからねぇんだ」

 「そう…」


 あやめの中には一抹の不安がよぎったが、今すべきことは、その先だ。

 敵の拠点で騒ぎを起こせば、元バチカンの諜報員だったエリスの事だ、帳尻合わせしてくれるに違いない。

 そう、自分に言い聞かせ、彼女はボブのBMWに乗り込んだ。

 助手席から、2人に話しかけて。


 「リオ、メイコ。ここから暫くは、私の独壇場になる。何かあった時には、援護をお願いするわ」

 「オッケー、アヤ」

 「わっかりましたぁ!」


 あ、それから。

 付け足して、あやめは続けた。


 「私が車を降りて、ホテルの入り口をくぐったら、ダットサンのトランクに入ってるものを、道路に置いてほしいの。ゆっくり、慎重に」

 「あの車のトランク?」

 

 リオは停車する、青いブルーバードをみた。

 角ばったトランクに、種も仕掛けもないと見たが…。


 「それが、私のささやかな援軍よ。急ごしらえだけど」

 「いいけど…その後はどうするんだ?

  合図も何も、できないだろ」

 

 すると、あやめは髪をかき分けて


 「リオ。私はカジノに入るなり、ブラックジャックに興じるわ。

  それから暫くして、客が次々にホテルから出てくるはず。それも、1人残らず全員ね。

  それが、突入準備の合図よ。ロータリー前まで来て」

 「ホテルから客が、全員出るだと!?」


 リオは首をかしげるが、当然だ。

 カジノのキャパからして、数百人はいるであろう利用客を、暴力や武力を使わず一斉に退出させるなど、果たしてできるのか。


 「ええ。そうよ。お帰りになるの。

  誰もいなくなれば、犠牲者なんて、ほとんどいなくなるわ」

 「本当にできるのか?

  フーディーニですら、匙を投げそうな、このマジックを」


 念を押すリオ。

 あやめは変わらない。

 

 「理論上と、経験則によれば、ね。

  後は、“気まぐれな風味スパイス”が味方してくれるかよ。

  敵が手の平で自在に操ってる、ひと匙の幸運スパイスが」


 微笑んだあやめの笑みに緊張も恐怖もない。

 雪女の血のせいか、それとも化粧の心理効果か。

 シナモンのように、ただ甘く、そしてアダルトな風味を醸していた。

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