43 アトリビュート、オルクス・デュ・ルチーア

  

 ヘリの風に髪をなびかせながら、彼女は立っていた。

 あやめたちの前に。


 「アンナ…なぜ、お前がここに」


 リオの問いに、何故? と復唱して、こう言い放った。


 「アカシックレコード争奪戦も、怪奇事件の捜査も、ノクターンの独壇場じゃないってことよ。

  欲しいものを手にするためには、ソイツを解決しなきゃいけない。

  だったら、やるべきことはあなた達と同じ。だから、ここにいるの」


 凛とした、その姿の前にケサランパサランが立ちはだかる。

 お決まりの触手攻撃。

 白い綿毛の鞭が、矢を射る速さで向かってきた!


 「どきなさい!」


 その言葉と共に、右手を光らせた!

 次の瞬間には、触手は切り落とされ、血を帯びて頭上から落ちてきた。

 迫りくる触手を一瞬で薙ぎ払ったその手には、金色に輝く古い剣。


 長くまっすぐな剣身と円柱型のグリップ。

 帝政ローマ時代の歩兵用刀剣、スパタを思い起こさせる武器だ。

 

 そう、これこそ彼女のアトリビュート。


 「アトリビュート! オルクス・デュ・ルチーア!」

 

 それは、サロメ同様、聖職者の血を吸った呪具。


 「なるほどね」


 いつの間にか、村雨を手に横に立つあやめ。

 彼女のアトリビュートを見ながら呟いた。


 「その口調は、もう知ってるって感じか」

 「エリスちゃんから聞いてるもんでね…。

  “ルチアの瞳”…迫害され拷問されてもなお、その信仰を貫いた少女、聖ルチア。

  彼女の両目をえぐり、体を貫いた剣が、貴女のアトリビュートの正体」


 すると、アンナは笑って、目をゆっくり閉じながら言う。


 「だったら、これは知ってるかしら?

  このアトリビュートを解き放つと、持ち主にも変化がでるって話。

  聖ルチアは目を失ってもなお、物事を見ることができ、そして埋葬されるときには、空っぽの両目が見事に復活していたという」


 瞬間、かっと見開かれた目。

 光彩には、いくつもの亀裂が走っている。

 剣と同様、金色に。


 「そう…この宝具の真の力は、持ち主に憑依する“瞳の力”にあるの。

  剣を握る間、私の瞳は、どんなものでも見通せる。

  大地の鼓動も、見えない敵も、なにもかも」

 「能書きはいいよ。要は、あなたなら奴の弱点を探れるって訳でしょ?」


 チャキンっと、村雨を鳴らして臨戦態勢を取るあやめに、アンナもまた、剣を構えた。


 「だったらどうする?

  こうして同じ獲物を前にしているけど、基本あなたと私は敵同士。

  闘いながら、口で何かを伝えるほど、優しいお姉さんじゃないわよ」


 その言葉に


 「構わない。

  私の眼が、後ろから追い越せばいいだけ。

  あなたとケサランパサラン。両方を追いかけて、全てを探る。

  私は…そうやって生きてきたから」


 そう呟いたあやめの瞳は暗かった。

 アンナはそんな彼女に、同情や衝撃の言葉を出さない。

 それが、まったく無意味と知ってるから。


 「なるほど。流石、エリスが認めた、最初で最後の異教徒…か」


 ならば―― と、2人は同時に走り出した。


 ケサランパサラン向けて。



 『やああああああああああっ!!』



 5メートルはある相手が、触手を大地に叩きつけると、火だるまになった大型トレーラーが突然走り出し、ハンドルを切り正面から全力疾走で迫ってくる。


 だが――



 『邪魔だぁーーーーっ!』


 

 叫びながら、向かってくる炎の塊を真っ二つ。

 車軸と車体が泣き別れ、大爆発。

 熱しながら揺さぶられる空気。

 衝撃波で黒煙から飛び出してきた2人の刃が、それぞれ5メートル級ケサランパサランの眼を貫いた。

 

 紫色の体液をまき散らしながら悲鳴を上げるケサランパサラン。

 着地した2人に、容赦なく触手の鞭が飛んでくる。

 そのたびに地面が揺れ、車から木箱まで、あらゆるものが宙に浮かんだ。

 

 「くっ…これじゃあ、アンナの攻撃を見るどころか、下手な長縄を飛び続けるので精いっぱい――っ!!」


 村雨片手に、触手を切り倒しながら、烏天狗直伝の飛翔術で、高く飛び上がりながら俊敏に避けていくあやめ。

 それが精一杯。


 一方のアンナは、貨物列車の上にいた。

 より高い場所に、より同じ目線で、と。


 触手で、足場となる車両を次々に押しつぶされながらも、彼女はケサランパサランの周囲を飛び回る。


 「触手を切っても再生する、目をつぶしても止まらない…どうすればいい!」


 刹那!


 「ハッ!」


 アンナの視界がセピアからモノクロに。

 その中に浮かぶ綿毛の中身が浮かびだす。

 体内を巡る血管や神経。それらが緑色になって頭頂部に向けて走り、一筋の光となって飛び出す。

 

 頭のてっぺん。

 光の柱は、そこから出ていた。


 (あそこが、ウィークポイント!)

 

 一気呵成!


 アンナは飛び上がり、触手の上を走り抜ける。


 「うおおおおっ!」

 

 巨大なケサランパサランの頭頂部。

 振り上げたその鋭い刃をまた、綿毛の身体に突き刺そうと、アンナは自分の剣を振り上げた!

 人間のつむじのように、白い毛が渦を巻く、その中心に――!


 「危ない!」


 メイコの叫びに、ハッとした瞬間!


 「アンナっ!」


 あやめもまた叫ぶ!


 赤髪美女の光彩に映ったのは、翼の折れた白い鳥。


 テールローターを破壊されたコブラが、彼女めがけて突っ込んできたのだった!

 避ける時間すらないままに――



 

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