42 レギオン飛来!


 

 誰も動けない。

 誰も目をそらせない。

 誰も口を開けない。


 今、空に浮かんでいるものは、紛れもなく生物だった。

 

 地上を影で覆いながら、その綿毛は2つの目でぎろっと、地上を見下ろした。


 ケサランパサランで間違いはない。

 リオの言う通り、推定5メートル。

 そして、触手をうにゅりと伸ばす。


 刹那!


 「うわあああああっ!」


 黒服の一人が、触手に絡まれて空中へ。

 そして――


 「助けてくれええ……」


 その体から水分がなくなり、一瞬でミイラ化。

 声すら掠れる隙を見せす、まるでレコードの針を抜くように。

 

 彼の死体が触手の手から離れ落ちると、先ほどの野良犬同様、パキッと音を立てて砕け散り、砂漠の砂と同化するのだった。


 「う、うわあああああっ! 撃て撃てぇーっ!」


 脳内が、視覚の捉えた状況を理解し、反射を起こすまでには時間がかかり過ぎた。

 我に返り、イングラムを持ったボスの男が、そう叫びながらサブマシンガンを撃ちまくると、手下たちもくわえて、手持ちの銃を撃ちまくる。


 だが、敵は眼前とは限らない。


 貨物車を乗り越えた、もう一匹のケサランパサランも、捕食に加わった。


 黒服たちを触手で捕えては、そのすべてを吸い取ってミイラに。

 駐車場はパニックと化した。

 

 逃げる黒服もいたが…そのうちの1人が、ケサランパサランの触れた車に乗ると。

 

 「うわっ!」 


 あやめたちの目の前で、突如火を噴いたのだ。

 車体も浮かび上がるほどの爆発。乗った男は即死だろう。


 しかし、最も驚いたのがケサランパサランの変化だ。

 絡めとった人間たちが死ぬ度に、その毛並みが高級羽毛のようにフサフサとなった。 

 それだけじゃない。

 奇形だった、先ほどの個体は、徐々にその姿を整え始めた。

 目はぱっちりと、体液を垂れ流す口も消えていた。


 「これで、エリスちゃんの推測は間違いじゃないってわかったわね。

  ケサランパサランには、人間の寿命をコントロールする機能があるんだわ」

 「サーキットといい、今といい……人間に向かって、触手を伸ばしているのはそのためか」とリオ

 「精力を吸い取って、老化を早めている。

  だからミイラになったのよ。

  そして、それを体内に蓄えているがために、彼らの姿が、どんどん綺麗になる」


 するとメイコが言う。


 「命の生き死に、運という不確定要素が絡んでいるかも、ってエリスさん言ってましたよね?

  じゃあ、さっきのも!?」

 「車が爆発したのも、それが理由だと思うわ。

  触ったモノ、しかも、それを使った人間の運命すらコントロールする。

  ただ接触しただけの車を吹き飛ばせるのなら……ロンドンの被害者のように、車そのものを操作不能にすることだって、できるはず」


 しかし、問題があった。


 「だとしたら、そんな連中をどう倒すんだ?

  奴らが私たちに触れただけで、死んじゃう可能性だってあるはずじゃないか」

 「ええ。だから私が、村雨で切り倒すのはリスクが高い」


 それに、今度のケサランパサランは5メートル。

 刀で容易く斬れる相手ではない。


 「リオのガーディアンは?」

 「そう胸を張りたいところだけど――」


 続きを代弁するように、1人の男が後ろにのけ反りながら倒れる。

 自分の撃った銃弾が、ケサランパサランの綿毛に跳ね返り、そのまま自分の眉間を打ち抜いたからだ。


 「普通の弾丸でも、このザマだ。

  この魔弾が、私の意志を汲み取って、あの化け物を仕留めてくれるか……」

 「確かに。

  でも、こんな危険な生き物が、ラスベガスに向かったりしたら」


 互いが、アトリビュートを見ながら困惑する。

 その時だった。


 ババババっと、やかましいローター音を奏でて、2機のヘリコプターが現れた。

 

 「コブラ!?」


 リオが叫んだのも無理はない。

 既視感のあるヘリコプターだからだ。

 

 AH-1 コブラ。

 現在西側諸国の多くの軍で採用されている、世界初の本格的な攻撃ヘリコプター。

 無論、米軍も同様の機体を保有している…が。


 全身、真っ白。

 巻き上げられた砂埃で、茶色く濁りかけているが。

 そう。真っ白な戦闘ヘリなど聞いたことがなかった。


 「でも、アメリカ軍じゃないわ」

 

 その時、あやめは気づいた。

 ヘリの横っ腹に、でかでかと貼られた金色のマーク。

 交差した2本の鍵。


 「バチカンだ!」


 その叫びが、言い終えるとともに、ヘリ前方部の20ミリ機関砲が火を噴いた!

 ダダダと、ローター音すら切り裂く銃声が、文字通り砲弾の雨を浴びせていく。

 

 3人はすぐに、ヘリの死角へと、足を走らせるが、残っていた黒服たちは砲撃を浴び倒れていく。

 倉庫の壁に穴が開き、周囲に停まっている車も爆発四散。


 3人は何とか、ヘリの斜め後ろに停まる、トレーラーの陰に隠れた。

 

 「バチカンだと…バカな! まかりにも国であるとしても、中身は単なる宗教組織じゃないか!」


 リオの叫びに、あやめは冷静だった。


 「エリスちゃんから、聞いたことがある。

  パチュリー第5部隊。通称レギオン。

  バチカンが有する武力の一つで、回転翼機ヘリコプターによって構成された空挺部隊」

 「なんだって、そんな連中がアメリカに…」


 あやめはつづけて


 「実際に観たわけじゃないから、これも彼女の押し売りだけど、レギオンの拠点は船だそうよ。

  それも、貨物船に偽装した空母というね。

  連中は、その手を使って、米軍の監視網をすり抜けたのよ。きっと」 


 すると、メイコが心配そうに


 「だったら、逃げた方がいいんじゃ…。

  バチカンってことは、私たちもハチの巣にされちゃうよ!」

 「それはないと思うわ。メイコ」

 「ああ。同感だ。

  奴の眼中には今…あの綿毛しかいない!」


 確かにそうだ。

 このヘリの本命はケサランパサラン。

 数多の銃弾が、貨車もろども、綿毛を貫いていく。

 

 それでも――


 「…っ! 再生するのか!」


 びくともしないケサランパサラン。

 それどころか、砲弾が次々に跳ね返され、見当違いの場所に着弾していく。


 全弾を撃ち尽くした2機は、そのまま上空へと退散していった。


 「終わったの?」とメイコは聞くが、リオは目を細める。

 「いや。ひどく統率の取れてる連中だし、こんな少人数でやってくるわけがない」

 「つまり?」

 「後続機がいるはずだ。教科書通りにな」


 彼女の言葉通りだった。

 別のコブラ2機が接近し、新たに機関銃攻撃を浴びせる。

 それでも効果はない。


 再度2機が引き上げる――かと思いきや


 「どうしたんだ?」


 急にコブラ2機が旋回し、元の場所に戻って来るや否や、距離を取り始めた。

 水平を保ちながら、機体を上下させる。


 その瞬間、リオは叫ぶ。


 「早く車に!」

 「え?」

 状況の分からないあやめとメイコに彼女は言った。


 「連中、TOWを使う気だ!」

 「対戦車ミサイル!?」

 

 パシュッ!


 機体側面から、線上の痕跡を残して、ミサイルがケサランパサランめがけて発射された!

 被弾したミサイルが火柱と共に煙で、白い塊を包んだ。

 3人は急いでマスタングに飛び乗った。


 「こりゃあ、バツが悪すぎるわね」


 あやめの捨て台詞も、爆発音で聞こえないぐらいの状況。

 リオが車をフルスピードで後退させた時だった!


 「!?」


 入れ替えるように、1台の車が戦場に向かって突っ込んできた。

 上空に3機のコブラを従えて。


 太陽光を乱反射する、そのワインレッドの車体こそ。


 「まさか!」


 滑らせたタイヤに砂埃をなじませて、止まったマシン。

 アストンマーチン ラピードS


 「探偵さん達は、こういう鉄火場はお嫌いで?」


 運転席から出てきた、ダークレッドのポニーテールと、しなやかな脚。

 彼女の名は、叫ばなくともわかるというもの。

 

 「アンナ・ニーデンベルグ!」

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