41 ナナカの警告


 PM12:26

 ホテル コスモ・レジャー

 コロニープラネット



 フェニックス・インペリアルが経営するホテルで、一番新しいホテルが、ここである。

 その名の通り、テーマは宇宙基地。

 ロケットを意識した、三角形の近未来的なタワーホテルと、ガラスドームに覆われたレストラン街やプール等で構成されていて、フェニックス・インペリアルホテル同様、カジノは置いてない。

 

 その代わりに目玉としているのが、ドームの一つ。

 コロニープラネット。

 北米最大級の屋内遊園地で。火星の岩礁と異星人のモノリスを意識した中央タワーを取り囲むように、26のアトラクションが立ち並ぶ。

 タワーをぐるりと回りながら走るローラーコースターから、メリーゴーラウンド、フリーフォール、ゴーカートに至るまで、全てが宇宙ネタで統一されている。

 

 子供たちや家族連れの楽し気な声、黄色いそれが猛スピードで走り抜けるが、彼女もまた、その上に乗っかっていた。


 逆さ吊りコースターから降りてきたエリス。

 その顔色は、少々悪い。


 「大丈夫かい?」とゲイリーが聞くと

 「え、ええ。少しはしゃぎ過ぎたみたい…」


 彼に介抱され、傍の椅子に座ると、少し頭を抱える。


 「ごめんなさいね。吐きそうって程じゃないんだけど」

 「気にしなくていいよ。何か飲むもの、買ってくるよ」

 「ありがとう…なら、ミネラルウォーターを。できれば軟水で」


 ゲイリーが、その場から離れるのをただ見ていくと、後ろから声が

 

 「その様子じゃあ、本当に酔ったみたいですね」


 アンナじゃない。

 声が幼過ぎる。

 だとすれば……彼女の雰囲気を引き継ぐのは彼女だけ。


 「…貴女も物好きねぇ」


 ナナカだった。

 年頃に合いそうな、コーンアイスを食べながら。

 エリスは、言い返す。


 「こんな遊園地、滅多に行ったことないものでね。

  それより、また私をストーキング?」

 「貴女じゃありませんよ。自意識過剰ですか?

  ゲイリー・アープ。

  あの男を狙ってたのは、バチカンも同じ。なら、行く先は同じになるでしょ?」

 「そうだったわね」


 ドライにエリスが答えると、アンナは息を吐いて、話題を変える。


 「警察無線を傍受していた仲間からの連絡です。

  フリーウェイをラスベガス市街に向けて、巨大な綿毛が飛んでいるそうですよ。

  推定5メートル。触手のようなものも生えていると…」

 「本当なの?」


 そう答えるエリスの声色は、驚きでも変わらず。


 「20分ほど前に。

  それに、ここから少し離れた貨物駅で、正体不明の爆発も起きているらしいですから」


 それを聞いて、エリスは周囲を見回し、ポーチからiphoneを取り出す。

 だが――

 

 「貴女には悪いとは思いますけど、あの3人は最悪、死んでもらうことになるかもしれません」

 「えっ?」


 エリスは、画面をタップする指を止め、眉をひそめた。

 相変わらず、アンナはクリームを食べながら話し続ける。



 「レギオンを呼んだ。かつて牡牛にいた貴方なら、この意味わかりますよね?」

 「第五部隊! …まさか空挺部隊を召還したっていうの!?」

 「あの規模の妖怪を殺すには、そうするしかありませんから。

  幸運にも彼ら、フロリダ沖で、実弾訓練していましたしね」


 瞬間、エリスの声は暗く低いものに。

 その目に光はなく、ただ冷たい声をかけるのみ。


 「ナナカ・L・リンドグレーン。

  お前、その意味が分かってやってるのか?」

 「そのつもりですけど?」

 

 アンナもまた、喜怒哀楽を見せず、ドライに答えるだけ。


 「私、前から言ってたわよね。

  仲間に手を出す者は、例え身内でも容赦しないって。それが、私のだって」

 「それが?」


 ナナカの軽い返しに、エリスは言い放つ。


 「私の今の仲間は、あなた達じゃない。あの3人。

  ユーラシアの果てで、笑ってコーヒーをすすりあう、あの3人よ。

  今、こっちに向かっている連中にも言ってやりなさい。

  私の仲間が死んだら、バチカンにお前たち全員、一片の痕跡なく消してやる。

  例え生き抜いたとしても、ヤコブのように死ぬまで殺しつくしてやるってね」


 子供のはしゃぎ声に混じって漂ってくる、ピリッとした憎悪に、甘いクリームをなめる舌を引っ込ませたナナカ。

 でも、その喉奥にあるものは。 


 「…そうですか。忘れないよう、肝に銘じておきます。

  ですが僭越ながら、私からも言わせてもらいましょうか―― そんな甘い考えで、“到達者”になれるとでも思って?」


 ナナカの言葉に、エリスは返す言葉が見つからなかった。

 その訳は、彼女の続けざまのフレーズに、全て集約していたから。


 「何かを得るということは、何かを失うということ。

  あれもこれもと手を伸ばしすぎると、欲しかった1つでさえ、手から零れ落ちてしまう。

  そうじゃ、ありませんか?」

 「……」


 それでも―― に続く言い訳を探しても、仲間のために吐き捨てたセリフが惨めになるだけ。

 それは同時に矛盾とい言葉では片付けられない、仲間への思いすらも打ち消してしまう愚行だから。


 自分より年下の少女が言うことは正しい。

 でも同時に、自分の中の中心点が、それは間違いだと叫んでいる。


 エリスの言うように宗教…否、ある意味では“正義”と言っても申し分ないだろう。



 「エリス・コルネッタ。

  あなたが手に入れたアトリビュートの力を知ってる。だから、あなたを殺したくもないし、敵に回したくもない……そう言って、あの人は直接、戦場に向かったわ」

 「アンナが!?」


 エリスは驚く。


 「勘違いしないでくださいね。

  あくまで、敵の素性を探るため。そして、レギオンへの指示を行うため。

  出動を最終的に許可するのはバチカンですが、空挺部隊や地上部隊への指揮権限は、全て、現場にいる司教聖士に一任される。

  まあ、それくらい知ってますよね?」


 そう言うと、彼女は立ち上がり、エリスの顔を見ることなく横に立った。


 「レギオンに出撃命令が出たのは、5分前です。

  仲間を死なせたくなければ、撤退命令でも出してください… 最も、彼女たちがそんなことで死ぬような、ヤワなバディだとは、思ってませんけどね」


 捨て台詞を吐いた華奢な少女は、金髪ショートを揺らしながら、背筋をピンっと、足早に喧騒の中へと消えていくのだった。


 「いちいち、癪に障る子だこと…」


 それでも、と。

 エリスは手にしたiPhoneの画面をタップして、短い文章を送った。

 見てくれるかは分からなかったが。



 ――バチカンの空挺部隊が向かってる。

   鉢合わせたら、すぐに離れなさい。

   彼らのヘリには自爆装置キルスイッチが付いているから危険。――


 

 確認を終えて、ホーム画面の画面の時計を見ながらため息。


 「しかし…もう5分は経ってる。

  まさか彼、まで水を汲みに行ったんじゃないでしょうね」


 これだけ時間があれば、ダウンしていたエリスも、冗談の独り言を交えながら頬杖でゲイリーを待てるまでには回復していた。

 頭上を駆け抜けるローラーコースターの轟音で、そんな台詞は聞こえることはないが。

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