40 アトリビュート、ガーディアン


 巻きあがる砂煙に、ローハイドを気取るアジアンガール。

 生憎、大きなつば付き帽子を持ち合わせてはいない。

 手にはコルトの代わりに、水を滴らせる小太刀。

 彼女は心の中で睨み、捨て台詞の一つでも吐いてみる。

 仮面グリーンフェイスのジム・キャリーみたいに。

 

 お前ら自分に聞いてみな。明日まで生きられるかどうか…。


 奢ってでもいないと、精神が押しつぶされそうだ。

 

 「あやめ…」

 「厄介ね…これは」


 メイコが怯えるのも、あやめが唸るのも無理はない。


 2人を取り囲む黒いスーツの男たち。

 その数は、ざっと30はいるだろうか。

 逃げる隙間がないのだ。


 ならばと、そのまま気取ってみよう。


 「ふっ……メン・イン・ブラックのつもり? 仮装大会なら、もっと洒落たところでしなさいな。

  それとも、あの綿毛のお友達?」

 

 おどけて見せたあやめだが、男たちは手にした銃を、2人に向ける。

 ボスだろう。コンパクトマシンガン、イングラムM10を右手にぶら下げた男が、ガムを噛みながら一歩前に出た。

 

 「黙って武器を捨てろ」


 それだけ言って。

 あやめは逆に、刀の握りを強めた。 


 「そういうセリフは、鏡にでも向かっていいなさい」

 「もう一度言う。武器を捨てろ」

 「まだ言うか…なら、こっちもテキスト通りに聞き返してあげるわ。

  あなた達、一体何者?」


 すると、別の1人が言う。


 「答える必要はない」

 「ようやく、別の言葉が返ってきた。

  どうせ武器を捨てても、私たちをハチの巣にするつもりでしょ。ボニーとクライドも真っ青になるぐらいに。

  なら、冥土の土産に聞かせてくれないかしら?」


 返事はない。

 次の一手を考えないと。


 しかし、あやめは周囲を見回すと、不意に首を横に振った。

 見覚えのある男がいたからだ。


 「なら、質問を変えましょう。

  フェニックス・インペリアルから、いくらで雇われたの?」

 「なんだと?」


 突然の言葉に、イングラムの男は顔をしかめる。


 「私から見て、左から6人目。昨日、オールド・ロマンホテルで、ジェンキンスと一緒にボン・ヴォリーニを出迎えたホテルマンよね?

  鼻にホクロ。よく目立つわ。

  そうなると、ここにいる皆様方、全員が総支配人のジェンキンス…いや、フェニックス・インペリアルグループに関わっているって考えた方が妥当よ」


 あやめは、にらみを利かせて


 「さあ、答えて頂戴な。フェニックス・インペリアルとの関係を!」


 イングラムの男が、にやけながら言い返す。


 「だったら、こちらも台詞を変えよう。

  昨日一緒にいた、もう一人の仲間はどこだ? そこにいる娘ではない。白人の女だ」

 「さあね。なんのことか」


 男は怒鳴った。


 「とぼけるな。こっちは数多の監視カメラで、お前たちの動きを全て捉えてる。

  その上、知ってるんだぜ。お前たちが怪奇事件専門の探偵社、ノクターンのメンバーだってことをな」

 「!?」


 あやめとメイコは、狼狽するものの、平然を装う。

 もし、ここで口を滑らせたら、おとり捜査中のエリスが危ない。


 「しらばっくれても無駄だ。さあ、言え」

 「……断ったら?」

 「俺のイングラムの餌食になる。それだけだ」


 イングラムのセーフティーを解除する音が、乾いた空気によく響く。

 いくらアトリビュートとは言え、この刀に銃弾を両断するような能力はない。

 射撃が始まれば、確実に死ぬ。


 どうすれば――。

 咄嗟にメイコが耳打ちを

 

 「あやめ、来たわ」


 何を意味するのか、彼女はすぐ理解した。


 「確かに?」

 「車に関しては、貴女に教え込まれたからね。

  特に、独特なV8エンジンの音は真っ先に。

  フォードマスタング…リオの車よ!」

 

 刹那!


 チュイン――!


 それが銃声であり、コンクリートなどで跳ね返る音に、よく似ているのは、黒服たちは大体理解していた。

 問題は、誰が撃ったのか。

 眼前にいる少女たちは、銃を持っていない――。


 などと、思考が働く前に突如、背後に停車していたSUV三台が一斉に舞い上がった!

 大きな火の玉を吐き出しながら。


 車体が地面に叩きつけられ、右往左往する黒服たち。

 一体何があったのか。

 燃え盛る車をジャンプ台に、その犯人が現れる。


 炎を切り裂いて現れた、黒のフォードマスタング コンバーチブル。


 男たちの頭上をかすめ、砂の煙幕を刻みながら転回。

 あやめとメイコの前に停車した。

 

 「リオ!」



 その手には、時代錯誤のアンティークライフル。

 リオのアトリビュートだ。



 「早く乗って!ケサランパサランが来るわ」

 「来る…って、今後方に」


 あやめが言うと


 「そっちじゃない! 別のケサランパサランが、こっちに向かってるわ!

  推定5メートル。この街の入り口で見失ったところに、アヤの紙風船を見つけたってこと」


 5メートル。

 その言葉に、2人は血が逆流する気持ち悪さに襲われた。

 

 「冗談じゃないわよ!」


 叫びながら、あやめはアトリビュートを解除し、腰にぶら下げていたベレッタ 85Fを取り出すと、こちらに射撃しようとする相手向けて発砲。

 次いでメイコが、小型オートマチック拳銃 KAHR PM9で援護。

 すかさず、リオもアトリビュートで追随する。


 男たちも、それぞれの銃のリミッターを解除。火を噴き始める。

 典型的。絵に描いた銃と銃のやり取り。

 その中で格が全く違っていたのが、リオだった。



 彼女のアトリビュート、ガーディアン。

 正体は年季とループレバーが入った、旧式のウィンチェスター・ライフル。


 

 撃つたびに、メリケンサック状の大きな装填レバーを、手を入れたまま一回転させ、目にもとまらぬ速さで引き金を引く。

 また銃を一回転させ、射撃。

 これの繰り返し。

 リボルバーを撃つのと、まったく変わらない早さ。


 スピンコックと呼ばれるガンプレイ。その華麗なるさばきで、撃ち続けるライフルだが、何発撃とうが銃弾が減らない。

 それどころか、このウィンチェスターから発射される銃弾は、時にカーブし、時に垂直降下しながら、標的を貫いていく。

 

 隣り合う2人のマシンガンを、一発の弾で打ち抜くなど、造作もない。

 先ほど見せた、車の三大同時爆破も、彼女の仕業。


 「なんなんだ! あの銃は!」

 SUVの影に隠れた若者が、イングラムの男に問うと、彼は脂汗をかきながら言った。


 「聞いたことがある。オペラのそれと同じように、魔弾を撃つことができる銃が、このアメリカに一丁だけあるって話を。

  その銃は、あの呪われたウィンチェスター・ハウスの壁から出てきたものだそうだ」

 「呪いから逃げるために、何十年と増改築され続けたっていう、あの――」


 イングラムの男は頷いた。


 「そうだ。1906年のサンフランシスコ地震の際、がれきに埋もれた女主人の命を守り続けたのが、その銃。

  彼女を内外から支えた、霊媒師のまじないが込められていたとかないとか。

  ともかく、怨念の数が多すぎて、救助されるまでにすべてを殺しきれず、銃に全ての怨念が乗り移った挙句、そいつは魔弾を撃つ呪われたライフルになったらしい。

  そして、この銃は守護者を意味する言葉で、女主人からこう呼ばれていたらしい―― ガーディアン、と!」


 呪いを呼び寄せたか。

 背後にあった車が今、垂直に落ちてきた銃弾で爆発。

 舞い上がった炎と鉄の塊に、2人は伏せてやりぬこうとした――が。


 「あれ?」


 何も起こらない。

 気づけば、銃声も止んでる。

 否、もっと気づかなければいけないこと。


 雲一つない青空に、突然の影が。


 「な…なんだこれは…っ!」


 彼だけでなくとも、リオもあやめも、メイコも…そこにいた全員が思った事だ。

 それ以外の語彙が浮かばない。

 

 熱気球と見間違えるほどに大きい綿毛が、ゆっくりと頭上を漂っているのだ。

 そこから延びる太い触手に、火だるまになった車が引っかかっていた。

 まん丸く、グロテスクな血管が張り巡る眼を、ぎろりと睨ませて――。



 「あれが…ケサランパサラン?」

 スケールのおかしさからか、果ては常識をオーバードーズした反動か。

 あやめから失笑がこぼれるのだった。


 「もう……完全にギャグじゃん」

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