39 アトリビュート、村雨


 AM11:54

 ラスベガス駅から北に5キロ 

 貨物操車場



 喧騒渦巻く繁華街から抜け出すと、その町が砂漠の中に生み出された奇跡であることがうかがえるだろう。

 住宅街を更に抜けた先。時折風で砂が舞い上がるそこには、工場や倉庫群が集中し物流を支える貨物列車の大きな操車場が横たわる。


 あやめの運転するカローラもまた、そこへとたどり着いた。

 猛スピードで隣接する駐車場のフェンスを破ると、そのまま線路上へダイブ。

 バンパーが外れてもお構いなし、というより、それ以上に懸念する事があるし、もう時間も残されていない。


 「メイコ!」

 「分かってる!」


 車を捨てて飛び出し、全速力で離れていくその時!


 「!!」


 2人は、ここでようやく後ろを振り向いた。

 怖かったからだ。何が起きるのか、予想がつかない。

 いまさっきまで運転していた車が、轟音を上げて、もうもうと、煙を雲のない青空へと上げ続けている。

 吹き飛んだ屋根が、ゴロンと落ちてきた。


 「死んだの?」

 「……」


 メイコの問いに、あやめは無言だった。

 とにかく離れよう。

 ゆっくりと、視線を車に向けながら後ずさりを始める。

 一歩…二歩……三歩…。


 ゴウン!


 サスペンションが壊れ、車体が深く沈む。

 と同時に、ドアがたわみながら、ゆっくりと零れ落ちるではないか。

 

 なにかいる。


 傍に停まっていた機関車の陰から、様子を見守るあやめとリオ。

 表情が凍り付いた。

 煙が薄れると、大破した車から触手を伸ばし、立ち上がる白い塊が、そこに現れたからだ。

 

 その綿毛から、ケサランパサランで間違いない。

 しかし、大きさが桁違いだ。

 車からあふれんばかり。2メートル近くはあるだろうか。


 目玉一つが現れ、裂けた口が歪んだ時、それがバスルームでエリスを攻撃したのと、同じ個体であることが分かったのだ。


 「あれが、ケサランパサラン? …まるで、バックベアードじゃない」

 「どういうことなの? 出発前にKITEKIをふりかけたし、それに瓶の底にまだ、おしろいが…」


 メイコの言葉に、あやめは眉をしかめる。


 「恐らく、おしろいは奴にとって、幸運を生み出すだけのツールでしかない。

  それとは関係なく、何らかのスイッチが入った瞬間、細胞レベルでの暴走が始まる妖怪なのよ」 

 「そんなバカな!」

 「運なんていう、不可視で場当たり的なものをコントロールする妖怪よ。そのバランスが崩れれば、破滅的な被害をもたらしても不思議じゃないわ。

  そう…言うなれば、非科学的な反物質。それがケサランパサラン正体なんだわ!」


 ワンワン!


 貨車の陰から野良犬が飛び出し、ケサランパサランへ向けて吠え出した。

 威嚇の声が、一瞬で怯え声へと変わると思いきや、伸ばした触手が犬を絡めとる。

 人を簡単に襲えそうな大柄で、鋭い牙を持つ獣は、瞬きをする余裕も見せずにしぼんでいくではないか。


 声を出すこともできずに、一瞬で目を見開いたミイラと化す。

 水気すら吸い取られ、その姿はサンドペーパー。

 絶命した死体を、放り投げるとコンテナに当たって四散する。


 「なんてこと…」

 メイコが口に手を当てて驚く中、あやめは口角を上げて平然を保とうとしていた。

  

 「へぇ。あれが、ケサランパサランの能力? 全く…ガメラ3じゃないっての!」

 「でも、あんな一瞬に」

 「私たちの立てていた仮説は、これで証明できたって訳ね。恐らく、韓国やロンドンの犠牲者も、こうやって命を吸い取られたのよ。

  飛行機で死んだ奴の死体が、アベコベだったのも恐らく」


 すると、ケサランパサランの眼球がボコッと起き上がり、2つ目に。

 正常位になると、今度は触手で、大破したカローラを絡めあげると、真っ二つに引きちぎり、邪魔と言わんばかりに放り投げる。

 留め置かれた貨車の中に消える塊。

 轟音を立てて、残骸が命中した、二階建てコンテナ車が勢いよく横転。引っ張られながら連結した貨車数台も脱線していく。


 「このまま市街に戻ったら、大変な事になっちゃいますよ!」

 「そんなことさせないわ。奴は、ここで……倒す!」


 あやめはゆっくりと、機関車の陰から出ると、右手を前につきだして、エリスの時と同じ、あの呪文を唱えだした。


 「水よ、地よ、脈よ、たたらに集められしつるぎたちよ。燃え盛る篝火かがりびを薙ぎ払い、その力を我に示せ!」


 瞬間、あやめの右手甲に紋章が現れると、その手の平の先に、日本刀が現れ始める。

 光から実態へ。その小太刀をしっかりと握った時、刃先から水が滴り、合わさるかのように刃文がザバンっと大きく波打った。


 そう、あやめの持つ宝具。正体は実在するはずのない、伝説の宝刀。


 「アトリビュート、村雨むらさめ!」


 滝沢馬琴の小説、南総里見八犬伝に登場する、鎌倉公方足利家の名刀 村雨丸。

 鞘から抜けば滴る水気は、業火をも両断できるという。

 しかし――この刀は、創作上のソレと、何かが違った!


 あやめは、両手で刀を握ると、ケサランパサランをにらみつける。

 相手も、こちらを見た。

 睨みを聞かせながらも凛とした構えのあやめは、両手でしっかりと握り――


 「さあ、来なさい。今宵も村雨は、血に飢えてるわよ!」


 瞬間、その刀は赤黒い光を帯びたように見えた。

 

 咆哮一声!

 堰を切り、あやめが走り出すと、飛んでくる数多の触手。

 ものともせずに、鮮やかに切り裂いていく。

 刀が振られる度に、水滴が滴り、それが乾いた大地を飛び散り、潤す。

 まるで、見えない血糊の如く。


 幸か不幸か、こういう手合いの弱点はいたってシンプル。

 図体が大きく、ちょこざいに動けないということだ。

 あやめはそのまま、横に停車するコンテナ車を垂直に走り抜けて、ケサランパサランの背後へ!


 (もらった!)


 横一文字の一振りで、綿毛が上下に泣き別れる――はずが、再生。


 「くっ、不死身と来たか!」

 

 その時!

 ピイーと、音を立てて奥の倉庫群から、ディーゼル機関車がやってきた。

 相手は貨車が影になって、ケサランパサランが見えていない。いや、そもそも妖力を使い、この綿毛がステルスを仕掛けているのなら、完全に気付いていなくてもおかしくない。

 だが、このままでは運転手の命が危ない。一瞬で殺された、あの犬のように。

 

 スピードを出して迫りくる車両。

 ケサランパサランもそれに気づいたのか、触手を機関車に向けて伸ばし始めた。


 「いけないっ!」


 あやめは咄嗟にポケットから、楕円形のカラフルな紙を取り出し、それを上空に投げた。

 瞬時に膨らんだそれは、古き日本の玩具、紙風船。

 9つのそれが、一列に並びながらバリアとなって、通過線の前に立ちはだかった。

 落下することもなく、ましてや風に流されることもなく、その場にとどまって。


 浮かんでいた一つに、ケサランパサランが触手を伸ばすと――紫色の電流が、相手の身体を流れ、動きをマヒさせる。

 機関車が何事もなく、眼前を通過すると、今度は思いきり触手を紙風船に叩きつけた。

 刹那!


 「うわああっ!」

 遠く離れたメイコすら、目をつぶる閃光と爆発。

 これまた紫色の電流と煙を発しながら、紙風船が一気に破裂!

 足元に敷かれた線路すら、地面もろども破砕する衝撃が操車場を揺らす!


 咆哮をあげて動揺する巨体。

 その隙をついて、再度リベンジ。

 左後方。

 貨車の上を走りながらジャンプ、脳天から一気に刃を振り下ろす!


 「やあああああっ!」


 しかし!

 

 「あぶないっ!」

 「うぐっ!」


 メイコの叫びむなしく、別の触手が、彼女の身体を絡め、動きを封じた。

 あやめもまた、命を吸い取られ――!


 グオワアアアアア!


 ケサランパサランの断末魔が、こだまするや否や、その触手がするりとほどけて、あやめは地上に着地。


 何が起きたのか!


 その答えは、あやめの左手に握られていたもの。

 彼女のボストンバッグにぶら下がっていた、あのハッカパイプ。

 自らのポケットに、その場所を変えていたのだ。

 紐を握りながら、笛の中身をケサランパサランに向けて振り撒いた!

 途端に、硝酸を浴びたように身体から煙を上げながら、付着した部位が傷跡として焼けただれていく。


 あやめは、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。


 「痛かろうよ。そりゃあ、そうさ。

  七瀬霊儀式上白糖ななせれいぎしきじょうはくとう。陰陽師によって護符の力を込められたシュガー。

  このハッカパイプには、それがふんだんに詰め込まれている。

  その威力は、カトリックが使う聖水と同等。

  悪しき魔力を封じ、妖怪相手でも致命傷を負わせられる、八咫鞍馬直伝、最強のパワーアイテムよ!

  それを、直に浴びちまったんだからねぇ!」


 それでも触手を伸ばして、攻撃してくるケサランパサラン。

 今度の先端は、鋭利に尖ってる。

 

 あやめは悠然とした構えで、触手を村雨で真っ二つに切り裂くと、更にそれを根元から両断。

 水滴を帯びながら、次々に肉片が地上に落下。

 だが、いくら切っても再生する触手に、あやめにも若干の焦りが浮かぶ。

 その時だった。別の触手がメイコ向けて迫る。


 「メイコっ!」


 心配ご無用。

 ヤマネコ由来、敏捷な動きで、それを回避。

 瞬きも許さない速さで、あやめの背後に逃げた時、触手は全て、彼女の隠れていたディーゼル機関車を貫通。

 オイルの漏れ出すそれを、軽々と持ち上げて、2人に向けて落としてきたのだ!


 「!!」


 メイコは咄嗟に、あやめをお姫様抱っこ。

 瞬間移動で、隣の駐車場へと逃げると、背後から熱い火柱が。

 それでも、奴はしつこかった。

 2人との間には、線路が3本。すべて貨車で埋まっている。

 それを空中高く放り投げながら、迫ってくるのだ。


 「全く…しつこい奴って、嫌いなのよね」


 村雨を握る手に力が入った時だった。


 「あやめ!」


 メイコの言葉に、後ろを振り向いた。

 駐車場に続々と、土煙をあげながら車が入ってきた。

 クライスラー製のSUV。

 ホワイトカラー、ワンメイク。


 10台程いるか。あやめたちを取り囲む。

 中から背広の男たちが降車、手にしていた銃を、突き付けた。


 前門の虎、後門の狼とは、正にこのことか。


 「ったく、厄介なのが増えたわね」

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