2日目・昼~衝突!! ケサランパサランvsノクターン

38 異変


 リオがサーキット場にいた、そのころ――



 AM10:25

 ラスベガス 

 ホテル・エクスカリバー



 フリーウェイからでも、そのメルヘンチックな空間は異色ではあるものの、ベガスというエルドラドの中では、風景に他ならない。

 茂った樹木の中に建つ、カラフルなシンデレラ城。

 その奥には、城壁の如く中層ビル数棟が立ち並ぶ。

 日本では、このような場所に建つ奇抜な建物は、大抵が、大人のための宿泊施設かおもちゃ屋― とは言うものの、個人経営店が家電量販店に淘汰されつくした現在、この比喩は如何せん通用しないだろう― と相場は決まっているが、こちらはれっきとした観光ホテル。

 

 国内外で人気のある、ホテル・エクスカリバーの入り口に、あやめの運転する、オレンジのトヨタ カローラが横付けされ、そこから、大人しいワンピース姿のエリスが降りてきた。


 「待ち合わせ5分前…なんとか間に合いましたね」

 車内の時計を見ながらメイコは言った。


 「じゃあ、行くわね」


 そう投げるエリスに、運転席から顔を突き出し、見上げながらあやめは言った。


 「気を付けてね。気を抜かないように」

 「私を誰だと思ってるの? アヤ」


 胸を張る彼女に、あやめは微笑で答えた。 

  

 「エリス・コルネッタ。完全無欠の怪奇少女…どうが、ご武運を」

 「怪奇少女はないんじやない?」


 エリスもまた微笑み返す。

 互いを信頼して。


 「後は打ち合わせ通りに、頼んだわよ」

 「オーケイ、ボス」


 バタンとドアを閉め、カローラがホテルを後にする。

 残されたエリスは、ホテル玄関前で目当ての人物を待った。

 

 そして、きっかり5分後。

 グオンっ!

 挨拶のクラクション代わりの空ぶかし。

 姫に城。そこに、王子と馬車というのが、物語では何故か常。

 ゲイリーの運転するオープンカー、フェラーリ カリフォルニア Tが、ホテルの正面口に横付けされた。

 

 「お迎えに上がりましたよ。シンデレラ」


 キザな捨て台詞と共に、真っ赤なマシンを降り、助手席を開けながら。

 その瞬間から、エリスは淑女を前面に押し出した、スパイモードへとシフトチェンジ。


 「ありがとう」

 「どこか、行きたいところは、ありますかな?」

 

 ゲイリーの問いかけに、エリスは困惑するような仕草で


 「そうねぇ…ショッピングでも。綺麗なお洋服なんかを目移りさせながら」

 「なるほどね。でしたら、フォーラム・ショップスにでも。

  ここから車ですぐの、高級ショッピングモールです」

 「いいですねぇ。じゃあ、エスコートをお願いしますね。マイ・プリンス」


 彼女の言葉に口元をにやけさせ、ゲイリーはアクセルをひと吹き。

 パステルカラーの城門をくぐる、赤い車の画は、まるで子ども部屋のよう。

 磨き上げられた車体が、ゆっくりとぎらつく太陽を浴びるながら、ベガスの街を北へと走り抜けるのだった。



 一方、エリスと別れたあやめとメイコは、一足早く北上。

 ストリップ中心部にある、大型ショッピングモールへとたどり着いていた。


 ザ・リンク・プロムナード。

 2つのカジノホテルに挟まれたアベニューには、24の店舗が立ち並ぶ。

 このモールの最大の売りは、なんといっても観覧車だろう。

 東の端に建つハイローラーは、高さ167メートルと世界最大級の大観覧車。全面ガラス張り、40人乗りのゴンドラが30分かけて周回し、夜にはきらびやかにライトアップされる。


 ここに、ボン・ヴォリーニと愛人アナが、仲良く観光にしゃれ込んでいるとの情報を得たのだ。

 知らせてくれたのは、裏帳簿を渡してくれた情報屋、ボブ・イーゼル。

 あやめとメイコは、観光客で賑わう雑踏の中から、ボブの姿を見つけると、歩み寄った。

 手にスターバックスのカップを持ち、ストリートボーイに溶け込んでいた。

 彼もまた、2人に気づきウィンク。


 「姉御の仲間だよな」

 「ええ。エリスさんから話は聞いてるわ。彼らは?」


 ボブは、カップを持つ手で向かい側の店を指してみせる。

 入口に道路標識風の看板を掲げる、大きなショップだ。


 「あそこの、ウェルカム・トゥ・ザ・ラスベガスにいるよ。

  この街じゃあ、一番デカい、ベガスの土産屋さ」

 

 すると、メイコが言う。


 「どういうことですかね? 今まで、ボン・ヴォリーニも愛人も、昼過ぎか夕方にならないと出かけなかったのに。

  それも、カジノや高級店じゃなく、単なる土産屋」

 「彼女の言う通りだな。マフィアの愛人にゃあ、ジョークTシャツより、ヴァレンティノのエレガントウェアの方が、様になる。

  なのに、どうしてこんなところにいるのか」


 ボブも加担した意見に、あやめは言った。


 「さあ。単なる観光か……それとも、帰国の準備か」

 「まさか!?」

 「今まで、ブランドやカジノにしか目を向けてなかった人間が、突然に土産を買い始めるとなれば、それは帰国前の思い出買いとしか思えないわ。

  それこそ、考えられる安直なシナリオ。

  スノードームやマグネットって、案外と荷物になるからねぇ」

 

 そうなると…。

 メイコも、同じ考えだった。


 「そうなると、あの2人はもう、ケサランパサランを受け取った、ということなの?」

 「いや、私の勘では、まだ受け取ってないわね。

  幸運を操る妖怪よ。その効果を試すために、まずカジノに向かうはず。

  危険な取引を潜り抜けているマフィアなら、尚更慎重になるわ」


 すかさず、ボブが言う。


 「俺の仲間が、ずっと見張っていたが、アイツらは朝から、カジノに行ったような感じはなかったぜ」

 「となると、これから、ケサランパサランを受け取るか、もしくはゲイリー達と接触するってことかしら」


 などと話し合っていると、2人が店を出てきた。

 ブルース・ブラザーズよろしく、互いに同じレイバンの大きなサングラスをかけ、手にはポリビニールの袋。

 単なる買い物だったようだ。

 

 3人が、そろって後を追いかける。

 ボン・ヴォリーニとアナが向かうのは、モール東端。

 段々と、純白の観覧車が大きく見えてきた。


 「ハイローラーに乗る気か」

 と呟きながら、その観覧車を見上げるボブの横で、あやめはメイコに指示を出した。


 「メイコ、貴女の力を借りるわ」

 「オッケーっすよ! あやめ」

 「2人の後を追って、観覧車乗り場を見てきてほしいの」

 「なるほど。あやめは、この観覧車でホテル関係者が接触すると」


 あやめは頷いた。


 「ただ、このハイローラーの定員は40名。不特定多数が乗り合わせる可能性はあるから、接触は望み薄だと思うけど…。

  もし、怪しい人物が、彼らと乗り合わせたら、盗聴器をゴンドラ内に投げ入れて」

 「了解!」


 メイコは、あやめからボタン型の小型盗聴器を受け取ると、その素早い脚で、雑踏へと消えていった。


 「足の速いお嬢さんで」

 「当然よ。ああ見えて彼女、ヤマネコ妖怪ですから。尾行能力もピカイチよ」



 「――結局、ただの観光だったってわけか」

 「ゴンドラに乗り合わせたのは、老夫婦と家族連れ。どう見ても、ホテルの関係者じゃないですよ」


 あれから5分後。

 メイコはすぐ、戻ってきた。

 ボン・ヴォリーニたちは、ただチケットを買い、そのまま観覧車へ。

 楽しい空中散歩へご案内。


 その虚しさから、3人はゴンドラを見上げながらアイスクリームをペロリ。

 独特の色素で、舌を真っ青にしながら。


 「はぁ…あと30分も、こうしなきゃいけないのかよ」

 「憂鬱ですね」


 ボブとメイコに、あやめは溜息。


 「尾行調査で不発が多いのは、探偵稼業の抗えぬ宿命。文句言わないの」

 「はーい。ところで、リオさんからの連絡は?」


 メイコが聞くと


 「ぜんぜん。向こうも不発で終わってるかもしれないわね」


 その時だった。

 あやめの第六感が、何かを感知した。

 筋肉痛にも似た、神経のピリリとした信号。


 それは警告。彼女の中に流れる、もう一つの血が呼び起こす。


 「あやめ!」

 「メイコも気づいた?」


 表情を険しくするメイコもまた、あやめの顔を見て頷いた。

 2人はボブに、引き続きボン・ヴォリーニを追ってもらうことを指示。傍のゴミ箱に食べかけのアイスクリームを捨てると、そのまま一目散にモールを走り去った。


 「妖気?」とメイコが聞くと

 「ええ。それも今朝、ケサランパサランを感じたときに似た感触」

 「私も同感。モールを出たすぐのところから、ビリビリと――」


 しかし、その正体に関しては、2人は想定外だった。

 モールを出て、更に大きくなる感触。

 そこにあったのは、路肩に駐車された一台の車。

 今さっきまで、あやめがハンドルを握っていた、オレンジのトヨタ カローラではないか。


 「まさか…っ!」


 あやめは最悪の事態を想定した。

 そう。この車には、今朝捕獲したケサランパサランがいるのだ。

 件のおしろい、KITEKIと共に。


 「あやめ!」

 メイコが指さしながら叫び、彼女が同時にそちらを向くと。


 「!!」


 固まった。

 後部座席、その足元。

 ケサランパサランが封印されている瓶が転がっている。

 それが大きく揺れ、中にいる綿毛がどんどん大きくなっているのだ!


 「…なんて…こと!」 


 動揺しているあやめは、すぐに我に返った。

 ここでケサランパサランが暴走すれば、大惨事になる!

 2人はすぐさま、車に乗り込むとエンジンをかけ、急発進でショッピングモールを後にした。

 

 「どうするのよ!」とメイコが聞くと

 「エリスの話を聞いたでしょ? ケサランパサランが巨大化すれば、なにが起こるか私でも想像がつかない。

  ベガスのど真ん中で、予測不能の相手が暴れでもしたら――」

 「じゃあ、どうするのよ!」

 「人のいない場所に、この車ごと運ぶしかないわ……ダッシュボードにロードマップが入ってるわ。

  メイコ! ここから5分以内で迎える、無人地帯を見つけて!」


 叫ぶあやめにせかされ、助手席のダッシュボードから、かき分けるように地図を取り出して広げる。

 そんなこと言っても、と愚痴を吐いたメイコだったが、すぐ目に入った場所に、思わず声が。


 「あった! ここ!」


 必死にさした指を、ハンドルを握りながら横目で確認。

 そこは、ラスベガス中心部から離れた場所にある、貨物列車の操車場だった。

 周辺には倉庫と線路しかない。


 「よし…つかまってなさい!」


 アクセルを思いきり吹き込むと、AT車のカローラは自動的に、グンと加速。

 大交差点、フォーコーナーを、荒れ狂いながらオーバーに曲がると、メインストリートを北へ急ぐ!


 あと5分。否、1分でも信頼できないタイムリミットが、2人に迫っていた!

 

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