44 弱点!


 その瞬間を、あやめは見ていた。


 5メートル級ケサランパサランの触手を駆け上がるアンナ。

 彼女を援護しようと、レギオン― バチカン空挺部隊のコブラが、機関銃を本体に向けていた。


 しかし、この戦場に敵はもう一体いた!


 それより小さい、あやめたちが交戦していたケサランパサラン。

 触手を伸ばし、戦闘ヘリのテールローターをたたき割ったのだ!


 不覚にも後ろを取られたヘリ。

 水平飛行のためのプロペラをはぎ取られた、白い機体は回転し、安定しようと抗いながら、アンナのいるケサランパサランの頭頂部へと突っ込んできたのだ。


 (ダメっ! 避けられない!)

 

 つぶろうとした瞳が、再度モノクロの中に光を見出す。


 メインローターと機体の接続部が、激しく緑色に光った。


 (分かったわ!)


 アンナの握る剣が、ヘリに向けて振りかざされたとき――


 「そこだあああああああっ!!」


 回転するローターが、機体から切り離され、二枚羽のそれが、孤を描きながら空に吸い上げられる。

 綿毛がクッションともならず、機体は更に浮力を失い、ケサランパサランの身体に接触し、墜落。


 滑走した残骸の土煙から、プロペラが戻った刹那!


 「グオアアアアアアアア!」


 ケサランパサランの頭頂部にプロペラが突き刺さった!

 間一髪、そこから飛び降りたアンナが見たのは、断末魔を上げて地上に墜落していく綿毛の姿。


 「何が起きたの!?」


 混乱するリオに、メイコは空を指さした。


 「みてください!」


 土煙の中に、触手もろども崩れた5メートルを超える個体は、何百何千という数の綿毛になって青空の中に散っていった。


 まるで、新春のタンポポのような純粋さで。


 だが、その綿毛も文字通りに、空中で溶けて消えてしまう――。


 

 「なるほど…奴の弱点は、頭頂部」




 幻想的な光景を、味わっていなかったのがあやめだった。

 死滅する個体、そして、それをしたり顔で見るアンナの姿を見て、彼女は文字通り全てを取り込んだのだ!


 リオやメイコたちも、空を見上げている瞬間にも、もう一体のケサランパサランは生きている!



 「リオ! メイコ!」


 触手を2人に向けて伸ばしたのを見て、あやめは叫んで紙風船を飛ばした。

 瞬時に膨らんで、一列に並ぶと


 「爆ぜろ!」


 叫んで左手を横に振った瞬間、紙風船が紫色の閃光を以て爆発!

 ケサランパサランが衝撃におののく。


 「ここから逃げて!」

 「アヤっ!」

 「私のことはいいから、早くっ!!」


 ひるんだすきに、2人は傍に停車させていたマスタングに乗って、退却。

 全速後退。


 だが、あやめの攻撃は止まない。

 再び、紙風船を飛ばす。

 それも、ケサランパサランを取り囲むように10、15、20と。


 上下三段、鮮やかな紙風船の円舞。

 ゆらゆらと回りながら、しかし確実に牢獄となって取り囲み、綿毛を捉えていた。


 「駄菓子魔術! ……七段華しちだんかっ!!」

 

 あやめの声と共に、紙風船が紫色に炸裂。

 それは一斉に花を開いたアジサイの如く美麗な攻撃。


 煙が消えると、ケサランパサランの瞳が黒い。

 どうやら、両目をやられて見えなくなったようだ。

 唸り声と共に、触手を空に向けて伸ばそうとするが――


 「遅い!」


 今度は、中身が詰まった網状の袋が、空に向けて放り投げられる。

 綿毛の真上で四散したその中身は、ビー玉。

 色とりどりのガラス玉が、太陽の光を吸い込んで輝く。


 より強く、より明るく―― 


 「魔術! ……五月雨っ!!」


 その声で、指先ほどのガラス玉は、何十発という焼夷弾に豹変。

 吸収した熱量を放ちながら、ケサランパサランを焼き上げ始めた!

 じりじりと焦がしながら、頭頂部の綿毛が焼きつくされた時――


 ぎらりと睨みを利かせたあやめが、ビー玉の焼夷弾が消えた空から降ってきた!

 着地すると、一瞬の躊躇もなく、村雨を両手で握り


 「はあああああああっ!」


 頭頂部を一撃!

 更に、刃を動かして傷を深くえぐる。

 緑色の返り血を浴び、彼女の狂気の笑みを引き立たせて。


 声すら出すことも許さず、広がる傷からあふれるものが、液体から個体に代わるころ。

 彼女の倒した個体もまた、無数の綿毛に代わって姿を消した。


 ゆっくりと地上に降り立ったあやめは、村雨を自らの中に封印して深呼吸。

 返り血をまとったまま、リオとメイコの乗るオープンカーへと歩み寄った。


 「終わったのか、アヤ」


 リオの優しい言葉に、彼女はゆっくりと頷く。


 「結構、汚れちゃった…」

 「いったん、ホテルに戻ろう。

  ボン・ヴォリーニの追跡は、協力者にしてもらって」

 「そうしてもらえるのなら」


 ■


 一方のバチカンサイド。

 ケサン攻防戦の焼け跡のように、激しく燃え尽き破壊された貨物操車場を見ながら、アンナは下唇を噛んでいた。


 「まさか、ここまでの存在だったとはね。

  ケサランパサラン……」


 背後から、スーツ姿の若い男がやってきて、アンナに話しかける。


 「モルガナイト。

  負傷したレギオン、空挺部隊員2名を収容。指定病院に移送しました」

 「ご苦労、マハロ」


 その男、マハロもまた牡牛部隊の諜報員だ。

 

 「もうすぐ、州警察が来る。

  コブラのキルスイッチを入れ次第、全員速やかに撤退しろ。

  枢機卿には、私から話をつける」

 「分かりました」


 マハロが足早に、アンナの傍を離れる。

 戦場の儚い跡。

 アンナは微笑する。


 「姉ヶ崎あやめ…アトリビュートだけじゃなく、最強の邪道と言われた、駄菓子魔術の使い手でもあったとはね。

  口先だけじゃないってこと、よくわかったわ」


 向こうからパトカーのサイレンが聞こえる中、自分のアストンマーチンに乗り込んで、エンジンをふかす。

 他の諜報員に合図をするように。


 「エリス・コルネッタ、いや、ノクターン探偵社。

  いい好敵手に出会えてうれしいわ。

  ぞくぞくするぐらいにね」


 砂漠の中、ワインレッドのマシンがスピンターンを決めたと同時に、墜落したコブラの自爆装置が作動。

 巨大な火の玉を後ろに、牡牛部隊は何食わぬ顔で、現場を後にするのだった。


 「さて、熱っぽい風邪は、早く殺すに限る。

  最も…どこよりも高くつく特効薬が、手元にあればの話だけど」

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