37 3Dスキャン

 半信半疑のリオに、ワイズはタブレットを差し出しながら言った。 


 「昔の血が、久しぶりに騒いだよ。これは、目撃者が撮影した映像だ」


 そこにはピット上の観覧席から撮った映像が。

 事故現場であるカーブは、ピットコースを抜けて最初のコーナー。

 いくつかの建物が影になっているものの、辛うじて見えるほどの場所だ。

 

 映像は黄色のマシンが転倒して、管制塔ビルの向こう側から黒煙が上がるところから始まっている。

 不思議なのは、ここから。

 動揺して揺れ動くカメラは、大きな音と共に左に振れる。


 人々が手にしていた消火器が突然爆発し、大急ぎで向かおうとした、バイクやセーフティーカーのタイヤが、その場で炸裂したのだ。

 

 更にここからだ。

 災難を逃れ、サイレンを鳴らして向かう消防車と救急車。

 

 「どうなってるのよ…」


 リオも言葉を失った。

 まず、前方を走っていた救急車が、何の前触れもなく横に押し倒された。

 急ブレーキで回避した後続の消防車。その黄色い車体が突然、空へと吸い込まれていく。

 傍に建つ管制塔ビルの3階部分― 屋上から姿を表すと、車体はそのまま、ボンネットを地上にして真っ逆さまに消えた。


 声にならない悲鳴が連鎖しながら、動画はここで終わっていた。


 「…このテープ、合成とかじゃないでしょうね」

 彼女の問いに、ワイズは失笑で答えて見せた。

 「んなことする暇が、あるとおもうか?」

 「よねぇ…突風とかの線は?」

 「気象センターに確認したよ。あの時間、スピードウェイ周辺で竜巻や突風は観測されていない」

 

 すると、リオはタブレットをワイズに手渡しながら


 「現場周辺から、なにか瓶のようなもの、見つかってない?」

 「そういえば…」


 と、前置きし、レイが話す。


 「彼の荷物の中に、奇妙なカラの瓶が入っていたよ。蓋らしきものはなかったがね」


 と、彼がスーツのポケットから差し出したのは、紛れもない。

 ケサランパサランに巻き込まれて、怪死した被害者が全員持っていた、あの瓶だ。

 袋から出して嗅いでみると、ほのかにおしろいの香り。


 リオは急いで言った。


 「この被害者が、フェニックス・インペリアルホテルに宿泊した経歴がないか調べて。

  彼、私たちが追ってる事件の、新しい犠牲者で、まず間違いないわ」

 「それって、まさか…9.11の!」


 リオは黙って頷いた。 


 「ようやく、尻尾が見えてきたってわけ。

  それと、私が乗ってきたコンバーチブルから、ジェラルミンケースを取ってきてほしいの」


 すると、ワイズが立ち上がって、駆けだした。

 「分かった」

 そう言って、携帯電話をかけながら。


 見送った後、レイ捜査官がリオに話しかけた。


 「そういえば、君んとこのボス、ボン・ヴォリーニを追ってるって聞いたが」

 「ええ。それがどうしたの?」

 「気を付けた方がいい。今、ATFが総力を挙げて、ファミリーを捜査中だ」


 ATFとは、正式にはアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局。

 米国司法省に属する法執行機関で、違法銃器の使用や所持や、密造されたタバコやアルコールの取り締まりを行い、犯罪を未然に防ぐことを捜査目的とする。


 「というと、爆発物か何か?」

 「いや。連中が関与しているのは、密造酒製造の組織的な関与だ。

  ここ数年、西海岸の大都市を中心に、違法な密造酒、ヒナマティーニが流れているのは知ってるな?

  度数88。一瓶30ドルで売買されている、粗悪な蒸留酒だ。

  その製造販売に、ボン・ヴォリーニファミリーの下部組織が絡んでいることを、ようやく突き止めたのさ。

  西海岸に流れる全てのヒナマティーニが、モンタナの山中にある巨大な私有地から生み出されることもね」 

 「私有地?」


 リオが聞き返すと、レイは


 「ボン・ヴォリーニが10年前に買った土地で、ディズニーワールドの四分の一程度の広さらしいが…果たして、どこまでが本当か。

  ただ、そこがヒナマティーニの巨大生産拠点であることは、間違いないそうだ」

 

 確かに自然豊かな山中なら、蒸留酒を作るのに必要不可欠な水を、容易に確保できる。

 彼女は、ゲイリーがマフィアに近づいた理由の、おそらく一つに気づいた。


 (ゲイリー・アープが、マフィアに手を出したのは、そういうことか。

  ケサランパサランを配り、死んだあと、混乱に乗じて、その私有地を奪うため。

  それだけの土地があれば、リゾート施設が建設できるだけじゃない。新しいケサランパサランの保管基地も併せて生み出せる!)


 「なるほどね…」

 相槌を打った時、ワイズ捜査官が帰ってきた。

 手にしていた薄型のジェラルミンケースを貰うとリオは、傍に停車している、パトカーのボンネットに、それを開いてみせる。

 中には、薄型の商用ノートパソコンと、五本のフラッシュメモリー。

 そのうちの一本を、パソコン側面に差し込み、中に保存されたZIPファイルを溶かした。

 

 「そいつは何だね?」とレイ

 「私の仲間、つまりノクターン探偵社の、サイバー担当係が作った特殊なソフトです… ワイズ捜査官先ほどの映像を」

 「ああ」


 彼はタブレットから、マイクロUSBカードを取り出して、彼女に渡す。

 それをパソコンの、反対側に差し込むと動画をロード。

 キーボードをたたきながら、彼女は口を動かす。


 「これは映像内に記録された、微弱な妖気や妖術を検出し、それを映像化、もしくは3DCG化することが可能なソフト。私たちはミーゴと呼んでいます」


 その間に、様々なウィンドウがモニターに現れ、それが同時に処理を開始。

 全てが揃うのに、5分とかからなかった。


 「できました。これが、見えない者の正体です」



 消防車が宙に浮いていた映像。

 それが3Dスキャンされ、映像には見えなかった、あるものが浮かんできた。


 無数の触手を伸ばす、大きな球状の物体。

 その触手の一本が消防車に、もう一本が、火だるまになっていた被害者に絡まっていたのだ。



 「な、なんだこいつは…」


 困惑するレイに、リオは息を吐いて断言するのだ。


 「これこそ、FBIが追っていた2つの事件の犯人…ケサランパサランですよ」

 「なんだって!?」

 「見ると、かなりの大きさですね。

  傍の管制塔ビルと比較すれば、大きさは大体わかります。

  球体の頭頂部が、ビルの屋上付近にある…。

  一般的に、オフィスなどの商用ビルは、高さが2.5メートル前後で設計されますから、この個体のサイズは、ざっと見積もっても、5メートル程」

  

 正体は見えたが、彼女は納得がいかない。


 「しかし…大きさが違い過ぎる。今朝、エリスを襲ったのは、これよりもっと小さいはず。現に、保管している個体も、サイズは指先ほど。

  もし、ロンドンや仁川で、持ち主を殺したのが、サーキットに現れたのと、同様の大きさの個体だとしたら…。

  一体、どういうことなの?」


 顎に手を置いて、その意味を考えるリオだが、その暇もなくワイズの携帯電話が鳴った。


 「リオ、カリフォルニア支局からの回答だ。

  彼は昨日、フェニックス・インペリアルホテルに宿泊している。パソコンに予約記録もあったそうだ。

  その上、前日には、どこに滞在していたと思う? オールド・ロマンホテルさ」

 「どっちも、ゲイリーが経営するホテル。

  宿は違えど、同じ系列ホテルを予約するなんて、何か妙よね」

 「それだけじゃない。家族の証言から、彼は頻繁にラスベガスに出かけていたらしい。それも、会社が軌道に乗り始めた3年前から。

  それまで国内メーカーの下請けで、業績も芳しくなかった会社が、ベガス通いを始めてから突然に、一流企業入り」


 リオは聞く。


 「それに関して、被害者は家族に何と?」

 「幸運の女神が、微笑んでくれている…そう、言ってたそうだ」

 「正しいこと、言ってたわけか」


 その時、他のFBI捜査官が、彼らの元に駆け寄ってきた。


 「レイ捜査課!」

 「どうした?」

 「先ほど、警ら中のハイウェイパトロールから連絡があり、こちらのサーキットのある方角から、白く巨大な綿毛が飛んできたとのことです!

  推定5メートル。幾本の触手が生えた、生物のようだと…」


 綿毛の言葉に、正体を見抜いたレイとワイズが反応する。

 映像で消防車をひっくり返した個体と、大きさは一致。


 「やはり、ここにケサランパサランがいたという訳か」


 ワイズの納得を遮って、リオは問うた。


 「その綿毛は、どっちに?」

 「それが、ハイウェイを南下しながら、ラスベガス市街の方へと飛んで行った…と」


 「なん…だって!!」

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