2日目・昼~リオ、再開
36 古巣の仲間たち―スピードウェイ
AM10:18
ラスベガス・ミュールスピードウェイ
グランドキャニオンにも程近い、中規模のハイウェイ。
ここでは、一般のレースのほか、観光客向けに高級車試乗体験なども行っている。
パーキングにはポルシェ、ランボルギーニ、ブガッティなどのマシンがずらり。
牽引車付きのピックアップトラックも、ちらほら。
リオが到着すると、既にサーキットコースへの搬入口は、ネバダ州警察のパトカーによって、ふさがれていた。
黒のマスタングから降りると、規制線の前に立つ警察官の方へ。
「FBIの、レイ特別捜査官を呼んでほしいのですが」
「失礼ですが、貴女は?」
と、事務的な返しが来たとき、向こうから手を振って中年の男がこちらに、歩いてくる。
白髪の混じる、ガタイのいい男だ。
FBI特別捜査官、レイ・コーマン。リオの元上司。
「久しぶりだな、リオ」
「お元気そうで」
規制線を越えて、握手を交わすと、そのまま並んで搬入口からピットへ。
「状況は?」
「ああ。十中八九、事故さ。
被害者は、クリス・リール、35歳。ゲーム制作会社 スティールメイトの元代表取締役だ」
「1年前でしたか、ニュースでも、取り上げられてたわね」
ゲームを知らないリオでも、名前だけは知っているほど。
ここ数年、VRゲームで急成長を遂げている会社で、去年には、米国最大のゲームショウ E3で、オープンワールドの月世界を舞台とする新作ソフトを発表。話題を呼んでいた。
「会社仲間と、モーターバイクのアマチュア大会を開いていたようで、事故はそのレース中に起きたんだ」
牽引車がいたのは、そのためか。
「死因は?」
「焼死さ。彼のマシンがカーブを曲がり切れず、横転。そこから漏れ出したガソリンが、クリスの身体にかかり、それが何らかの発火点をもって炎上してしまった…ようなんだ。
それに、消火にも時間がかかったようだしね」
彼女には、最後の一言が引っかかった。
レイは、何事においても慎重だが、曖昧な結果や事態の経過を嫌う人物で、それはリオも知っていた。
そんな彼でも、被害者の死の状況を推測で話す。それも、抵抗を以て。
「……つまり、その死因が、私を呼んだ理由ということですか?
死因は置いておくとしても、どうして消火に時間がかかったんです?
誰か消火器を持ち出すとか、それこそ、コースの消防隊が出動するなんてこと、なかったんですか?」
その言葉に、レイは立ち止まった。
裏口を歩いて、無人のだだっ広いピットに、サーキットコースは目の前だ。
「それは、自分の目で確かめてくれ」
コースへと入って、それがただの事故でないことが、よくわかった。
スタートラインに乗り捨てられたバイクや車。そのタイヤがすべて、パンクしていて走行不能。
更に破裂した消火器が、ピンク色の粉末をまき散らしている。
事故現場近くのカーブには、救助に向かってたであろう、サーキット場の消防車と救急車。
この2台が、段差も何もないところでひっくり返り、消防車に至っては、芝生の中に頭を突っ込み、直立しているではないか。
それを見上げる、若い男を見つけると、リオは口元を緩ませジョークを交えながら近づく。
「遊んだおもちゃは、ちゃんと片付けなさいってママに教わらなかったの?
スティーブン・ワイズ捜査官」
「随分な挨拶だねぇ」
スーティーブン・ワイズ。リオの元同僚だ。
彼はかつて存在した、FBIの未確認事件特捜課におり、リオもまた、そこに所属していたのだった。
1994年に登場し、後に11シーズンも製作された、大人気ドラマのモデルとなったセクションである。
「状況はどう?」
「ひどい有様さ…といっても、もう死体は地元警察に片付けさせたけどね。
君が来る前に」
それを聞くと、リオは微笑した。
「覚えてくれてたのね」
「まかりにも、同じバッジを持ってた仲なんだぜ?
…なあ、またこっちに戻ってくる気はないのかい? あの探偵事務所に行ったのは、例の事件のせいなんだろ?」
ワイズの言葉で、リオの瞳に影が生まれた。
混沌として、底が見えない闇。
思い出される記憶。
切り裂かれる仲間の身体。
笑う少女。
そして――命と共に奪われた、婚約者とのラスト・キス。
「全てが…そう、全てが終わったら戻るかもね。保証はないけど。
話がそれちゃったわね。で、どういう有様か教えてくれる?」
リオが目をつぶり再び開いたとき、そこには光しかなかった。
ワイズが続ける。
「オーケイ。仏さんは真っ黒こげ、完全なるウェルダンさ」
「そりゃあねぇ、焼死なんだから」
「でもな、ガソリン浴びて死んだにしては、変なんだ。
遺体の状況がおかしい」
リオは咄嗟に、韓国の飛行機事故を思い出した。
あの犠牲者も、死体がアベコベだと、マリサから報告を受けている。
「遺体の眉間にしわが確認出来たから、生きたまま焼かれたのは確かだ。
だが、首から下は高熱で40分以上焼かれたようになってる。足の筋肉は破断して、肋骨はボロボロさ」
無言になったのち、リオは聞いてみた。
「先日、韓国で起きた飛行機事故、知ってる?」
「ああ。テロの可能性ありってことで、FBIにも捜査依頼が来たからね。
俺も一瞬、件の飛行機事故を思い出したよ。
残念だけど、こいつは単なる交通事故で間違いないよ。バイクにも細工された痕跡はない」
確かに、そうみたいだ。
コース上に転がってるモーターバイクに、細工の痕跡はなく、ただオイルが漏れているだけ。
読者なら思いだすであろう、昨夜、アンナのアストンマーチンとぶつかりそうになった、黄色の1911 パニガーレ。
そう、あのライダーが犠牲者なのである。
「単なる事故なら、あの消防車は、どう説明するのよ」
「それなんだけど…いや、俺も正直、あの動画を見るまでは信じられなかったんだ。レースをしていた仲間と、運転手の証言が」
「というと?」
ワイスは、眉をひそめて、こう言った。
「突然、消防車が宙に舞い上がったんだ」
「舞い…あがった?」
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